第27話 レッツメイクヤツギリソフト ③

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い調術師です。しかし引き続き今日は調術師ではなく、一人の普通の女の子です。


 憧れの人アマリさんとデートの予定が、何故かジャスくんとジーン先生も加わり、緩いいつもの空気感となっていた──ところに、ジーン先生が異常行動をぶっ込みました。

 突然アマリさんを掻っ攫う気です。

 休憩で腰掛けていたベンチががたりと揺れ、その場が静寂に包まれます。聞こえるのはガヤガヤとした人混みの賑やかな声と無害な一般通過小鳥系魔物の鳴き声のみ。ワイワイガヤガヤデデポッポクエーいやわりとうるさい。静寂だったのは驚きすぎて言葉を失った私の心だけだったようです。それだけ意味不明で理解不能な行動だったということです。

「ジーン先生? 変なもの食べました?」

「お師匠? 魔道具で状態異常? ヤバめの人格改変された? 良いなぁ?」

 ジャスくんにまで心配されています。信頼の厚いジーン先生です。何かあったとしか思えません。

「頼む。付き合ってくれ」

 絶対に何か変なものでも食べたのでしょう。女の子の手を強引に取って自らのもとに引き寄せるなんて、この人が正常の状態でやる所業ではありません。

 よく知るであろうアマリさんも同意見のようで、偽物の魔物でも見るかのような目でジーン先生を見上げています。

「ジーンくん、変なパン食べた?」

「変なパンは常日頃食べているが直近で精神干渉系は食べてない」

「そんな激ヤバパン作ったら俺を呼んでよ?」

「どうしてこっちを見るんですか?」

 あらぬ疑惑をかけられている気がしますが冤罪です。最近ジーン先生に試食させたパンといえばちょっと数分間暗闇状態になる暗黒パンくらいです。

「あー……、うん……」

 アマリさんは落ち着いたご様子です。これぞ大人の落ち着きです。

 そして眉を少し下げて苦笑。可愛らしい微笑です。

「ジーンくん、多分言葉が足りてなくて色々誤解を招いているよ? もう少し詳しく話してくれる?」

 さすがはアマリさん、実はジーン先生よりひとつお兄さん、もとい、お姉さんで、大人の余裕があります。俗にバブみがあると言うのでしょうか、良いですよね。

 促されたジーン先生は数十秒ほど考え、補足説明を開始しました。

「欲しい調術の素材がある。完全に俺の趣味全開の買い出しになるからエミリアたちを巻き込むのは自重する。けど魔物関連の素材を仕入れたいから、その分野に明るいアマリの目利きがあると助かる」

「よく分かったよ」

 落ち着いて聞けば、この上なくいつも通りのジーン先生でした。こういう人ですよね。

 話の顛末を笑うように一般通過小鳥系魔物がクルックーと鳴きました。

「いやでも、だとしてもダメですよ!?」

 ついうっかり残念系安全安心判定をし送り出しそうになったところで、我に帰ります。結果アマリさんと別行動になるならダメに決まっています。お昼にとっておきのお洒落なパン屋さんのオープンテラス席でアマリさんに「もう、ほっぺにジャムが付いてるよ」をしてもらうのは譲れません。

 全力阻止です。

 しかし何故かジーン先生が引き下がりません。ジャスくんに何かを言いかけます。

「その、ジャスパー、立場上気を遣っているのかもしれないが、それで気を悪くするような性格じゃないのは知ってるだろ。仕事ではしっかりしてるように見えるかもしれないが、色恋沙汰に凄まじく鈍いんだこいつは。こういうことは遠慮せず言うべきで……」

「お師匠? ツッコミ待ち?」

 ジャスくんもポカンとしたお顔。

 本日のジーン先生はやはりいつもに増して挙動不審で、歯切れが悪く言葉に詰まっています。

 続いて再びアマリさんにアタックしています。

「アマリ、偶然会ったか何かでお前に悪気がないのは分かるんだが、ここは二人きりにさせてやるべきで……」

「え?」

「要するにだな……」

 何やら非常に困った様子で唸り、言葉を選んでいるようでしたが、途中で言語化を諦めた様子で、今度は「俺に回りくどい言い方は無理だ」と申し訳なさそうに私を見てこう言い放ちました。

「デートなんだろ。残りの要補充素材の買い出しは俺とアマリでやるから、気にせずジャスパーと二人で好きな店を回ってこい」

 ここは俺に任せて先に行けと。

「……は?」

 は?

「……は? 何言ってるんですかねこの人は?」

「そんなゴミを見るような形相で師を睨むなと言いたいところだが俺が何か盛大に間違えたことは分かる」

「最新の調術では残飯から作れる合成パンもあるそうですよ。もう鈍ちん王者決定戦世界大会不動の第一位って呼んで良いですか?」

「俺は気にしないが長いだろ」

「すげえ、天然で怒られの才能マジパネエ、お師匠って呼んで良き?」

「もう呼んでるだろ」

「ジーンくん」

「うん。何も分からないけど便乗して呼んだな。俺も何も分からない」

 人の心の機微に疎すぎる鈍ちん王者決定戦世界大会不動の第一位に本日の事の成り行きを説明すると、鈍ちん王者決定戦世界大会不動の第一位の目が珍しく見開きます。

 誤解が解けたようです。

「…………え!? ジャスパーとデートじゃないのか!?」

「ジーン先生……。普段の私を身近で見ていてそう思うなら、さぞや人間関係事故りまくりでしょうね」

「反論できない」

 人間関係しくじり先生が淡々とそう答えます。少しの反論くらいしてほしい。

「何それ羨ま?」

「代わってやりたい……」

 がっくりと項垂れているので、本当に本人も困っている性分なのでしょう。

 しかし、その舌の根も乾かぬうちに先生は顔を上げ、反論を開始しました。

「……いやでもアマリは男じゃないだろ」

 首を傾げ心底不思議そうにそう言います。反論をしないでいただきたいですね、それも乙女にぐうの音も出ないデリカシーのなさすぎる正論で。

「男装女子は乙女の浪漫なんです!」

「俺に乙女心は一生分かりそうにない」

 本当に乙女心の分からない人です。別に私だってまるきりアマリさんを男性扱いしているわけではないのです。女性だと分かったうえで憧れの人として推しているのです。そんな複雑な乙女心があっても良いじゃないですか。

「そもそもアマリはそういう系統の、疑似恋愛対象に向いた王道の男装女子ではなくないか? そういうのは騎士団の薔薇の騎士エリザとかの方が……」

「相当に解像度高いじゃないですか」

「アマリは中身は小動物というか……。男装の理由も、幼少期に不在がちだった父親への憧憬と愛情を拗らせた結果で、父親の服装と口調を真似ているだけだろ? そしてやめ時を見失っているだけで」

「何それ初耳ですが!? 可愛い!」

「わーー! わーー!」

 師弟喧嘩を前に困っていたアマリさんでしたが、慌てて真っ赤になってジーン先生の口を塞ぎます。大変可愛らしい。

 思わぬタイミングでアマリさんの男装の理由を知ることになりました。

「え? 話してないのか?」

「君ってほんとさ……」

 ぷるぷると力なく震える姿も可愛らしい。

 可愛らしい。

 改めて胸に手を当てて考えてみると、自分でも説明が難しい感情ではあります。別にアマリさんと、例えばキスをしたり恋人になりたいわけではないのです。でも、アマリさんが大好きな気持ちやちょっと独り占めしたい気持ちは本当なのです。

 そしてあわよくば一緒に調合をしてパンをあーんしあーんされたい人ナンバーワンなのです。

「あのですね、女の子同士でも、恋愛感情でなくても、それがデートだと思えばデートって言って良いんですよ」

「そうか。なるほど。アマリとのデート(?)だったか。そうだったか……。若者言葉は難しいな……」

 深々と頭を下げられると、申し訳ない気持ちになります。すごい良い人ではあるんですよね。

「要するに私と二人でお出かけがしたかったんだね……。ごめん、普通に買い出しだとばかり……」

 こちらにも深々と頭を下げられます。全力で贔屓しますが可愛い。

「……理解した。が、それはそれとして」

「して?」

 しかし逆説の言葉を口にしたのち、ジーン先生は頷きます。嫌な予感がします。

「方便でなく本当にアマリの手は借りたい。締切の近い依頼がある。少しの時間良いか?」

「君ってほんとにさ……」

「この!! 人間関係超絶しくじり先生!! 乙女心の分からない王者決定戦世界大会不動の第一位!!」

「やっぱ才能溢れてんな〜」

 やっぱりジーン先生はジーン先生でした。蚊帳の外を満喫していたジャスくんも羨望の眼差しです。

 結局こうなるのですか。

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