春の感謝祭
第9話 レッツメイクヤタイノケバブ ①
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。働き盛りの十四歳。見習い調術師です。春の感謝祭が近いため、王都ブレストフォードがいつもに増して賑わいを見せています。
そんな中、師匠であるジーン先生とともに携帯用乾パンを齧り、賑わいと対極の時間を過ごしています。
「このごろ依頼が多いですね」
「繁忙期が来る」
「まだ来てなかったんですか?」
祭典に向けての準備期間は様々な物が必要になる期間。多種多様の調合依頼が舞い込み、調術所は既にパンの手も借りたいほどの忙しさです。こんな時ばかりは素材採取大好き人間のジーン先生も調術所に篭りきりです。
「さて、次の依頼は……」
馴染みのお客様などから直接口頭で持ってこられた調合依頼は急ぎの依頼。こちらは本日までの依頼分は消化しきれました。
続いて冒険者ギルド掲示板に張り出されていた依頼。こちらは誰が受けても良い依頼なので無理にこなす必要はないのですが、日に日に掲示板を埋め尽くしていく依頼の数々と日に日に目の隈が悪化していくお人好しの推し調術師様を見かねていくつか引き受けてしまったのでした。
ふわふわとした依頼が多いので、これがなかなか手強いのです。以下、例文。
『感謝祭の日に広場で出し物をします。使うだけでパッとその場が華やかになる魔道具はありますか?』
『王国祭の警備強化のため、防弾効果の魔道具を』
『感謝祭の市で石窯焼きの料理を作るんだが肝心の石窯が壊れちまった! 炎魔法対応の煉瓦を分けてくれねえか?』
『感謝祭の夜、大好きな彼に告白するの。絶対上手くいくように媚や……おまじないをください♡』
『春の感謝祭の午後三時、王室の宝を盗みに参ります。透明マントをください』
好き放題です。しかし、そんなお客様の細やかな願いをひとつずつ叶えてこそ調術所。頑張りましょう。
幻影の香水、鋼鉄ニット、耐魔煉瓦、恋のお守り、犯行予告目撃報告書を作る計画を立てます。中間素材となる原ポーション、金剛合金、魔封じの赤土、白無地のお守り、白質上質紙を作ります。この時点でへとへとですが、もう一息です。ぐるぐる、ぐるぐる、次々と素材を混ぜて呪文を唱えます。ここまででもう何日が経過したでしょうか。その間、食事は朝も昼も夜も乾パン祭り。蓋を開け、最後の一品を回収します。
「で、出来たー!」
「お前に真っ当な魔道具を作らせるの、正直もう諦めてたんだが、客からの依頼には真っ当に答えるのか」
「はぁぁ、お疲れ様です。ギルドへ配達ついでにパンキメて来てもいいですか?」
非常に頑張ったので、お叱りは言葉の選択への配慮についてのみでした。
しばらく賢者のパン開発はお預けになってしまいますかね。けれど、こういう遠回りな積み重ねもまた、すべてはそこに繋がっていると信じて。
数日ぶりの外出です。食パンを頬張りながら街を歩くと、あたりは調術所とはうってかわって陽気な空気が漂っています。小さな電灯をいくつも連ねた装飾が街を彩り、珍しい料理や物が描かれた広告がいくつも貼り出され、広場では劇を披露する予定の役者さん達がああでもないこうでもないと練習を重ねています。そして催し物広場の周りには、複数の貸し出し用の露店が設置準備中です。そうだ、あそこで出店もするんでした。わあ。
脳が容量不足を必死に訴えていたところで、ようやく王宮冒険者ギルドに到着です。受付で依頼の品を収めると、奥の部屋から見慣れた人影が。
「エマ! お疲れ様!」
「アマリさん! お疲れ様です!」
推しの顔を拝見でき、来たかいがあったと喜んでいると、途端、跪かれ、地面に頭をぶつけそうな勢いでお願いをされます。
「大っっ変申し訳ないんだけど、私からも依頼をお願いしたくてね」
流石に無理かも。時間をいただき、えいやと二斤目の食パンを食べてから再考します。流石に無理かも。
「どうか。どうか。御礼に後日なんでも好きなパンを作るから」
「やります!!」
やります。いやあ、欲望は生きる原動力ですね。
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