第65話 戦の天才、再び
「随分と古い建物だね。でも本当にこの中に人がいるの? 明かりも漏れてないよ。もっと近づいて確認した方が良いんじゃない?」
「いや、待って」
建物に近づこうとする冬華を鷲が制した。
「建物の周囲には防犯カメラが起動していたんだ。それも一つじゃない。あまり近づかない方がいいよ。中に人がいるのは間違いない」
「防犯カメラなら私が壊せるけど、一斉に停止させたら、余計に怪しまれるよね」
「そうだよな。それで、俺達だけでどうやって戦うつもりなんだ? 透明人間にでもなるつもりか?」
訝しげに御堂が聞く。
「ドローンで一斉に攻撃しようと思う。いくら暴徒でも自国の施設ではないから、建物の周辺にドローンを飛ばしても探知精度はそれほど高くはない。屋上には防犯カメラはないみたいだし。音で気づくとは思うけれど、上空から複数のドローンで一気に攻撃して、敵が出てきたところを叩こう」
「おいおい、ドローンなんてどこにあるんだよ。それも一気に攻撃するなら、それなりの数がいるんじゃないのか?」
「あるよ。ここで待ち合わせたから、もうすぐ来ると思う」
あっさりと告げる鷲の言葉通り、遠くから車のエンジン音がした。白いライトバンが近づいて停車した。車から作業服姿の男が五人、降りてきた。
「え? きみの仲間ってこれだけなの?」
男の一人がそう言って、顔を見合わせる。
「もしかして、きみって学生だったのか? いや、参ったな。もっと大人を集めてきた方がいい」
別の男が困惑した顔で鷲に告げる。
「いや、大丈夫です。僕たちに任せてください。警察署も襲撃されていて大変みたいだし、助かった警察官も一般市民を守ることで精一杯でしょう。自衛隊もしばらくは来れそうもない。この人数でやりましょう」
きっぱりと答えた鷲は、冬華たちの方を見て彼らを紹介を始めた。
「この人達は役所の人。事情を説明して力を借りることにしたんだ。彼らだって何が起こっているか分かってはいるんだよ。災害に備えて独自の通信体系を持っているからね。でも、分かったところで、国や県からは何の指示がない。武器も持っていないから、なすすべもないって所でさ」
「本来なら、様々な規制でドローンを勝手に使うのは無理なんだけどね。事情が事情だし、この際できることは何でも協力しようと決めたんだ。実は役所も、数時間前に襲撃されてね。執務時間だったから多くの市民と職員がいた。たまたま彼が来てくれたおかげで助かった、とは言っても、職員の中には死傷者もいる。彼がいなかったらどうなっていたか。みんな殺されていたかもしれない」
「怪しい集団が、役所の周囲をうろついていたから、もしかしてって思って様子を伺っていたんだ。そうしたら、予想通り襲撃を始めたから、止めたと言うか、戦ったと言うか……」
鷲は言葉を濁した。
「彼が庁舎内に入って来るなり刀を振り回すから、また別のおかしな人間が乱入して来たと思って焦ったなぁ。いやぁ、それにしてもすごかった。あまりにも巧みな刀捌きだったから、武士がタイムスリップでもして現われたのかと思ったよ。それで、実際に俺も命拾いしたし。やっぱり自分たちでこの土地を守りたいよなって、助かったみんなで話していたんだ」
鷲の言葉を補うように、別の男が興奮気味に答えた。
「お前、人前で刀を振り回したのかよ。さすがにまずいだろ。ただの危ない奴になってるぞ」
咎めるように御堂が言う。
「いや、彼を責めないでくれ。本当に命拾いしたんだから。国民保護法が施行されてから、自治体だって、あらゆる機関と連携して多少は訓練をしていたんだよ。でも実際起こってしまえば、訓練のようにはいかない。とにかく住民の命を守るのが一番なんだけど、まず初めに警察署が襲撃されてね。あちこちで破壊行為が起こって、通信関係もほとんど使えない。情報収集もできないし、襲ってくる奴らの人数に対して、戦える人間が圧倒的に少ない。途方に暮れていたら、街中にいた暴徒たちは日没と同時に姿を消したんだ。彼が、近くに根城になっている場所があるはずだから、一緒に探しましょうと言われてね、ここに辿り着いたんだよ」
「でも、まさか四人とは。それに二人は女の子じゃないか。まだ高校生だろう? 家の人も心配している、帰った方がいい」
「私達は大丈夫です。彼が守ってくれるから」
ゆかりんが御堂を見て笑顔で答える。
「じゃあ早速準備に取り掛かりましょう。お願いします」
「本当に大丈夫なのかい? 時間をかければ、もっと応援を呼べると思うんだが」
「中にいる人間がいつ動き出すか分からないんです。グズグズしていたら他の施設が襲われるかもしれない。被害者も増えるでしょう。恐らく日本中にこのような場所が存在します。ここが終われば、僕は次の場所に行きたいんです」
力強く言う鷲を見て、作業服姿の人たちは顔を見合わせて頷いた。
「そうか、分かった。でも気を付けて」
準備をするからと彼らは車に戻って行く。
「お前、よくドローンなんて思いついたな」
御堂が感心したように言うと、
「菜村さんのおじいさんちの近くで、ドローンが水田に農薬散布をやっていたのを見たんだ。ここも田畑が多かったし、借りれるかどうか聞いて、みんなで少し改造してみた。あと、このあたりの地形に詳しい人を紹介してもらった。地元のことは地元の人が一番良く知っているんだよ。幼い頃からこのあたりを駆け回っているから、地図にはない道や、航空写真では分からないこともね。建物が一望できる場所も、その人に聞いたんだ。建設会社の社長さんで、トンネルの掘削工事に使う雷管も分けてくれるって。ドローンから雷管を落として爆破しようと思う。けれど、工事用の雷管だから殺傷能力は低い。目的はあくまでも敵をおびき出すこと。それで冬華、あれの形を変えられる? 御堂の武器が欲しいんだけど」
鷲が道路脇に立った、車止めになっている黄色い鉄製のポールを指さす。
「うん、やってみる」
冬華がポールに触れ目を閉じると、それは地上から離れて形を変え、みるみるうちに一本の鉄製の棒に変わった。
「御堂はこれを使え」
「お、おう」
御堂は突然渡された武器に目を丸くする。
「山側に逃げられれば、捜索が困難だ。海側は視界が開けている。もし逃げても見つけやすい。海側になる北側の出入りから逃げるように誘導してもらおう。僕は北側で待機して、出てきたところを一気に片付ける」
「おいおい、そんなに簡単にいくか? 片付けるって俺達二人でどうするんだよ。中にどれだけ人間がいるか分からないんだぞ」
「まぁ見ててよ。さっさと片付けよう」
鷲はドローンの準備を終えた人たちに近づき、声をかけた。
「すみません。建物の東西南側を一気に攻撃して中にいる人間が北から逃げるよう誘導してください。正面玄関がある南側じゃなくて、裏口がある北です。ドローンの操縦が終わればすぐに避難してください。相手は複数の武器を持っているはずです」
「何度も聞くようだが、キミたち二人で本当に大丈夫なのか?」
「僕達のことは心配無用です。それよりも、早くしないと敵に気付かれてしまう。急ぎましょう。お願いします」
「あ、ああ。分かった」
あっさりと言い切った鷲の合図で、ドローンが一斉に空に上がる。
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