禊の蒸し風呂
「なあ、少し愚痴を聞いてくれるか」
「その言い草は、愚痴じゃなくて懺悔のように聞こえるが」
「つくづくお前はイヤな奴だ」
そう言いながらも、サイモンは話を続ける。
「もう五年以上になるかな。俺はとある男をイジメていた」
「褒められた話じゃないな」
「その通りだ。だけど、当時はそれが正しいことだと思い、周りの意見にそそのかされ、そのことが高慢さだと気付かずに続けて。その男の命を奪うところまで行ってしまった……」と煽り抜きで褒められないことを懺悔する。
「それで、なんで自分にそんなことを話す気になった?あの情報屋や元召使いだった女性にも話を訊けるところを見ると、人には困ってないように思えるが」
「そういう印象か……むしろ、そういう印象を持っていると感じたから、饒舌になっているのかもな。現に人を殺した過去を話しても、興味もないし、だから何なんだと、そう思っているのが本音だろ」
「よく分かってるもので」と淡白に答えるスグ。
「やっぱりな。実は口論になっていた人間はその男の弟で、初めは兄貴を殺した俺に復讐するために忍び寄った者ではあったが、チサを見て一目惚れしたらしく、そこからアプローチを続け、彼氏であるリオンにまで突っかかれるほどの実力者になるまでに成長。それが
「やっぱり、お前のその態度嫌いだ。A地点B地点で違うだけで、落胆しているその態度が」と無神経に答える。
「そりゃ、地位も名誉もなくとも生きていける人間からしたら、どうでもいい話だろうな。だけど、幼少の頃から出世することは良いことだと育てられた人間からすれば、成長、出世しない限り失って生き続けるのが世の常だったからな。競争して勝てない者に人権なしと言わんばかりに」
「環境のせいにするのか?」
「数年前ならそう答えていただろうな。けれど、没落後カルタルにいる知り合いに引き取られて、同じ領土の人間なのにかなりの違い、差異というよりも個性というべきかそんな環境に措かれて、自身の意思となる法が必要だと思い知らされた」
「回りくどいことを言ってるが、結局、環境じゃねえか」
「生憎それを言葉にできる単語を知らない。それは高慢という罪を知らずに生きていたガキの頃と変わらないように」
「そう繋げてくるか」
わたしにも似たような経験がある。映像は浮かんでくるのに言葉は出てこないあの状態。まだ映像がでるならまだマシだが、感情だけで言葉に表せない状態は、それがたとえ悪事でも、個人としては正しいと思えてしまう。その言葉が何かわかった瞬間に自分の罪に気付き、改善に向かおうとするが、偽の高揚感には勝てないことが多い。いつも後から気付き、わたしはまあいいかと、流すがそこに苦しむ人間を多く見てきた。それが抑止の機能として発動する場合もあるが、その事情を知らない者からすると憫笑の的となりやすいものだ。
「でも、言いたいことは分かるよ。忘れては困る罪ってもんがあることを、それで改善できるものは改善するし、逆にその罪に引きずられて開き直り悪に落ちる者もいる。もっとも、それを選ぶのは自分の意思だけどな」
めずらしく好意的に肯定しつつも結局自分語りのスグ。
「フン、お前らしい回答だ。だけど俺には無理だ。自身の意思に従おうとするとよそ見していた罪がずっと目の前に生き写しのごとく、やって来た罪が湧き出るばかりで苦しくなっちまう。そうすると周りは無駄に励ましたり、気分転換だとか言って、遊びに連れ回される。実際そうされた時は、存在を肯定されてる気がして幸福な気分になる。けど、その都度思うんだ。俺の生き方で殺してきた人間を哀れんだり、泣いたりする権利はあるんだろうかってね」としんみりした口調で語るサイモン。
そんな大男にスグは「くだらねえ。お前にそんなことする権利なんてねえよ」と立ち上がり蒸し風呂の扉の前に言ったところで「ただ、そうする義務があるだけだ」と捨て台詞を吐き、そのままで扉を開けて出て行った。
唯一残された大男は「そうする義務があるだけ、か……」とさらにこうべを垂れて、落ち込んだ姿勢を取る。
権利と義務その違いはやれる、やらねばならないという程度の違いではあるが、その言葉の重みは与えられた日には重たいものだ。それは、頭の中にはあるが言われて初めて顕在化する罪の言葉のように。
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