未来を見据える者 ミザ

「うわっ!だれ!うわあわぁ!」わたしは目の前にいる存在に驚いて、とっさに身体を後退させた。そこまではおかしなことはなかったが、さっきまでだんまり決め込んでいたはずの足元の書籍たちが突如、実体を持ち、わたしの足を引っ掛けて背後の本棚に激突させる。


「イタッ」と反射的に出したあと「あなたは誰――」なのと言い切る前に、その衝撃で配置がズレた品々が落ちてきて、ドタバタと音を立ててわたしを生き埋めにした。


「はあ……。こっちのセリフだ。なる者」と、やれやれと思うような呆れたその男の声が聞こえた。


 外套の男がわたしに降り注いだ品々を退けてくれたのか、浮上でいるだけの隙間を作ってくれて、その光が差す方へと身体をよじらせる。


「プッハ!死ぬかと思った!まったく突然、現れないでくださいよ!驚くじゃないですか!!」

「何度も言わせるな……。驚いたのも、誰かについてもこっちのセリフだ」


 理不尽なわたしの怒りに対して、外套男は落ち着いた口調でド正論パンチをお見舞いしてくる。その正論は理解できるが、わたしの感情はそんな相手に対し「先に話しかけてきた。あなたが先に自己紹介するべきだ!」と、不法侵入者の立場ありながら図々しくも彼の名前を請求し、威嚇する犬のごとくガルルと睨み付ける。


「てか、説得力あるわけ。机の上に乗っかって説教とか」

「まったく、めんどくさい奴だな……」


 全く持ってそうだ。犯罪を犯している自分を棚以内上げ、相手の非を指摘するのはあまりにも傲慢だ。そんなわたしを見かねてか、外套男は睥睨するような目つきに変え、当たり障りのない雰囲気を装ってとある質問をしてきた。


「てめえは、本が好きか?」


「はい、大好きです!そりゃ毎日読むくらい!あの快感と体験は読まなければ得られない栄養がいっぱい詰まってますよね。思い出すでも、ポンポンと物語が思浮かぶって――」などとまだまだ言いたいことはあったが、その刹那、出題してきた男が吹き出し、腹を抱え「アハハハハハ!!」と嘲笑い出した。


「何がおかしい!!」と歯を食いしばって怒ってみると、すぐに答えが返ってきた。


「そりゃ、可笑しいに決まっているだろ!だってさ、てめえ、それ本が好きじゃなくて、物語が好きなだけだろ」

「――は?」


 わたしはその発言を聞いて、怒りでも湧いてくるのかと準備していた。けど、湧いてくるものは何もなく、あるものは自分が信じてきた物事が、誰にも覆せない真実によって消滅するようなあの喪失感ばかりで、生気を失ったような感覚になった。


「で、もしも、てめえの言う通り、本が好きなら墨で汚れた紙切れであっても、好きですと言わねばならない。それはただの汚れた紙切れというのであれば、てめえの言った『大好きです』という本に対する無責任な発言は、まさしく本へ――いや、その本を作ってくれた者たちに対してもの冒涜だ。そんな、紙くずに用はねえ。今から帰る方法を教えてやるから、とっと帰りやがれ!!」


 彼の言う通りだ。わたしは、何でそんな事にも気づかなかったんだろう。確かに意味が通じるから本に価値があって、それとは関係ないものはただの紙くずでしかない。別に紙じゃなくとも電子書籍でものが書いてなければ、それは何の変哲もないただの白い画面でしかない。――じゃあ、本に何の価値があるの?


 頭でいくら考えてみても答えが出てこない。でも、それが真実だったとしても肯定したくない。わたしには一切の手札はない。けど、わたしの喉には何か熱い想いのようなものが湛えていて、これを出せばきっとわたしの望む道が開けると信じ、無心のままに吐いた。


「それは違います!!確かにあなたの言った通り、本は文字と通じるものがなければただのゴミです!!ですが、本がなければ物語を未来に伝えることができません!」

「そうか、じゃあ証明してみろよ!」

「―――――!」


 彼もどこか切羽詰まったよう、さらに深い睥睨と感情を見せて迫って来る。


 理性のわたしは、その思いに気圧され動揺して何の言葉も浮かばないが、わたしの潜在意識はそれに対抗できる答えを持っているようで、まだとても熱い――。


「できます。ですが、一人ではできません!わたしが本に物語を書いてきますので、それをあなたが読んでください!そうすれば、本の価値も物語の価値も証明できます!!」と、いってるわたしも腑に落ちるような論理を並べて、自分自身も驚いた。


 それを直接聞いた外套男は数秒ほどの沈黙のあと「ハ、ハハ、ハハア。ははははっははっはあ!!」と咳のような笑い方をしてからさらに大きく笑い出した。その笑い方は先ほどの相手を下に見た嘲笑ではなく、耳ざわりの良い朗らかな笑い声だった。


「はあーまた、そんな悪ふざけのような戯言を聞けるとはな――」


 外套男は昔の誰かを思い出しているのか、優しい溜め息を吐いた。外套のフードを背中におろし、白銀の髪、翡翠色の猫の瞳を何度か瞬かせて、


「俺の名前はミザ」

「ん?」

「未来を見据える者のミザだ」

「それがあなたの名前?」

「それ以外に何がある?」


 突然名前を告げられたからまごまごしつつも、わたしも自己紹介することにした。


「わたしは琴乃巻心晴。みんなからはハル系統の名前で呼ばれているから分かるように呼んで」と、テンプレな自己紹介。


 ミザと名のる男は「そうか、心晴か。素敵な名前だ。やっと識れた」などと、身に覚えのない意味深発言をして、そのことを忘れ去るように「ようこそ、観測者が集う場所、キョヲラリアへ」と挨拶し、この場所についての説明を始めた。

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