第10話『希望の始まりは、絶望の始まり』

ミラとセオドラーの関係が正式に国王から認められ、二人は婚約者となった。


無論、この決定に喜んでいた者はそれほど多くはなく、反対派の方が多いくらいであった。


ミラの両親は表立ってこそ喜ばしいと言っていたが、内心では早すぎると怒りに震えており、兄と姉に至っては、ミラの居ない所でセオドラーと会う時には舌打ちをするくらいの不敬っぷりだったのだが、ミラとの関係が正式に認められたセオドラーは無敵であり、何らダメージにはなっていなかった。


また二大侯爵の長は、ミラに何度も脅されていないか、とか何か困っている事は無いか、薬物はどうだと不敬を極めた様な行動をしていたが、自慢の息子が完全勝利した国王は無敵であり、敗北者をただニヤニヤと眺めるだけであった。


だからこそ、その反対派しか居ない様な空気の中で一番最初にミラへ祝福を贈ったのがアイラであったのは、意外と言えば意外であった。


「フン。やっぱり勝ったのは貴女だったわね。ミラ」


「……アイラさん」


「勝者がそんな泣きそうな顔してんじゃないわよ。誇りなさい。それは貴女が手にした栄光なのだから」


「はい!」


「……っ」


「アイラさん」


「……ごめん。少しだけ」


「はい」


それからアイラはミラに縋りつきながら、泣いて、泣いて。ひとしきり泣いた後、涙で腫れてしまった顔で笑う。


強がっているだけの笑顔はミラの心を締め付けたが、かつてアイラが言っていた様に親友として、笑顔を返した。


「ミラ」


「はい」


「本音を言うね」


「はい」


「私、ミラに憧れてたの」


「……え?」


もしかしたら叩かれるかもしれないと覚悟していたミラは、アイラの言葉に目を見開いた。


自己評価があまり高くないミラにとって、自分に憧れている人がいるなど信じられる様な事では無かったからだ。


「最初にミラを見た時、私は負けたって思ったわ。見た目もそうだけど、何より、貴女の周りには多くの人が居たから。みんながミラを想ってて、ミラを大切にしてた。セオドラー殿下もそう」


「……」


「だから意地悪してやろうって思ってたのに。貴女は全然関係ない所に飛びついて、気が付いたら、私の近くに来てて、兄さんの事も救ってくれた。どれだけ感謝しても、足りない。足りないわ。あの日から。貴女は私の目標だった。癒しの魔術だけじゃない。貴女のその日の光みたいな明るさが、人の心を照らしていく。私もそんな人間になりたいって思ったの!」


「アイラさん……」


「だからね。セオドラー殿下と結ばれなかった事が私の人生の終わりじゃないわ。私、冒険者になるの」


「え!? でも」


「ふふ。貴族の娘が冒険者なんて! って思うかもしれないけどね。私は、あの日貴女を見た時からそう決めたわ。まぁ、婚期は遅れるかもしれないけど、父さんも母さんも認めてくれたから。私、冒険者になって、世界中を旅するの。貴女が教えてくれた沢山のワクワクする事を探しに行くわ」


アイラは、目を伏せてから大きく息を吐いて、フッと笑い、目を開いてミラを見据える。


「ミラ。いつか一緒に冒険しましょう。貴女が私に教えてくれた夢を。一緒に見るために。まぁ、王妃になるミラは難しいかもしれないけどさ。セオドラー殿下はミラに心の底から惚れこんでるからさ。きっと少しの我儘くらいなら聞いてくれるよ。まぁ、護衛の騎士はいっぱい来るかもしれないけど」


「……」


「だからさ。ミラ。これで終わりになんてならないで。ずっと、ずっと友達でいよう?」


「……はい! 私こそ! アイラさんとずっとずっとお友達で居たいです!」


「じゃあ、約束」


「はい。約束です!」


アイラだけでなく、ゆっくりとではあるが、現実を受け入れた者たちに祝福され、ミラは幸せの中で日々を過ごしていた。




そして月日は流れ、二年の歳月が流れた。


ミラは十三歳となり、セオドラーの婚約者として立派に日々の務めを果たしていた。


今日は、ミラの大好きな親友が、華々しい活躍をしたという事で、冒険者組合からの報酬とは別に勲章と、報奨金を贈る為に冒険者組合の建物に来ているのであった。


「えー。アイラ殿。貴殿がこの度、国難級の魔物を討伐した事は、ヴェルクモント王国の歴史に残る偉業であり、その偉業への勲章と褒章を送らせていただきたい。ヴェルクモント王国国王レギー・アラヴァクア・ヴェルクモント!」


「ありがたく、頂戴いたします」


「おめでとうございます。アイラさん」


「ありがとう! ミラ!」


勲章を服に付け、ミラは微笑みながらアイラに抱き着いた。


そしてそれにアイラも応える。


組合でアイラと共に大型の魔物を討伐したチームは皆、二人に拍手を送っており、組合の中は温かい空気で満たされていた。


この瞬間までは。


いったいいつから紛れ込んでいたのか。


笑顔で溢れている場において、その男は異様であった。


人を祝福する様な笑顔ではない。


ニヤニヤと、人が嫌悪の感情を抱く様な笑顔を浮かべながら歩き、不意に勲章の為に作られた台の上で抱き合う二人に向かって魔術を放ったのである。


その凶行に気づいたアイラの兄は急ぎアイラの名を叫んだが、攻撃に気づいたアイラが取った行動はミラを突き飛ばすというモノであり、台から落ちたミラは護衛の騎士が受け止めたが、土の魔術で出来た矢に射抜かれたアイラは誰が見ても重症であった。


膝を付きながら、横向きに倒れる。


「アイラ! 貴様……!!」


「ふひっ、ひひひ」


「なんだ、コイツ! 何を笑ってやがる! ふざけやがって!!」


男は周囲の冒険者に殴られ、取り押さえられながらも笑っていた。


狂ったように。


ミラは急いでアイラの元へ走ると、その状態を見て、思わず声を失った。


しかし、自分には癒しの魔術があると、それを使おうとする。


だが、それを止めたのは他でもない。アイラ自身であった。


「だ……め。つかっちゃ」


「アイラさん! でも!!」


「あいつの、もくてきは、あなたに、ちからをつかわせる……こと、だから!」


アイラは血を吐きながら、必死に訴える。


アイラを攻撃した者の目的。


聖女の疑いがある少女に癒しの魔術を使わせて、それを大勢の人間の前で見せる。


これで、何の良い訳も出来ず、聖女を世界の表舞台に引きずり出す事が出来る。


最低最悪ではあるが、ミラにとって……いや、聖女と呼ばれるほど善性の強い人間にとってとても有効な手であった。


だから、そう。


いくらアイラの頼みであったとしても、これがミラを聖女という世界を平和にする為の生贄にする行為なのだとしても、ミラは迷わない。悩まない。


ただ、目の前にある己の道を進むだけなのだ。


「……光よ」


「っ! だめっ」


ミラの言葉を合図として、周囲に光が満ちる。


光の精霊たちが建物のあらゆる場所から現れて、ミラの周囲で踊った。


その幻想的な光景は、冒険者組合の奥から現れたセオドラーも目撃する事となる。


この世界に新たなる聖女が生まれたという奇跡の、希望の始まりを。


そして、ミラを愛する者にとって、ミラが世界に奪われるという絶望の光景を。


「光の精霊さん。力を貸してください」


「ふはっ! ハハハ!! やはり! ミラ・ジェリン・メイラーは聖女であった!! おぉ、世界よ!! 新たな聖女の誕生に祝福をぉぉぉおおおお!! ハハハハ!!」


男の狂気じみた叫びに、皆が唇を噛み締め悔しさを感じながらも、ミラがアイラを救ったという事に関しては、感謝を心の中で告げるのであった。

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