第7話『呪いと祈りは紙一重』

ヴェルクモント王国。第一王子にして、王太子であるセオドラーは中庭へと繋がる綺麗に整備された植木の隙間から、中庭を覗き見ていた。


別にこれはセオドラーが覗き趣味に目覚めたという事ではない。


ただ、中庭へ行く用事があったのだが、現地では先客がおり、その先客が争いを始めてしまった為、静かに成り行きを見守っているのだ。


「貴女はいったい殿下の何なのですか? ミラ・ジェリン・メイラー。殿下の傍に常に居座り、殿下を愛する人のお気持ちを弄んで!」


「も、申し訳ございません……!」


「あぁ。私もこの胸が張り裂けそうですわ!」


「あの、私、そんなつもりは無くて、その! 申し訳ございません!」


セオドラーは目をスッと細めながら二人の少女を見据えた。


一人はセオドラーが最近は常に傍に置いている少女。ミラである。


そして、もう一人はヴェルクモント王国二大侯爵家、グリセリア侯爵の娘イーヴァ・ルグリ・グリセリアであり、セオドラーとは幼馴染の様な関係でありながら、互いに一瞬たりとも恋愛感情などは抱いた事のない相手である。


だからこそ、彼女の物言いには疑問が残る。


イーヴァが何を望んでいるのか。それを見極めなければ、出て行く事は出来ないと、セオドラーは静かに状況を見据えるのだ。


「謝っても、この胸の痛みは消えませんわ!」


「そ、そうですよね。でも、信じてください。私、殿下とはその、何でも無くて、あ、いえ。何でもないっていうのはおかしいですよね。私、殿下とはとても良いお友達なんです」


セオドラーは思わず倒れてしまいそうな程のダメージを心に受けた。


しかし、それでも負けじと立って、見つめ続ける。


「信じられませんわ! 口では何とでも言えますもの!」


「では、どの様にすれば、ご理解いただけますか?」


瞬間、イーヴァの目がキラリと光り、それを見たセオドラーも少しだけ身を乗り出す。


「そうですわね。では、ミラさん。貴方が殿下以外の方と婚約されるという事であれば、私、ミラさんのいう事を信じますわ」


「えと、婚約、ですか」


「出来ませんの?」


「いえ、出来ると思うのですが、どの様な方が良いのか。私には分からなくてですね。お父様かお母様がいつか決めて下さると思うのですが」


「その様な事ではいけませんわよ。ミラ様。親が結婚相手を決めるなど前時代的ですわ。無論、身分もありますから、全てが全て自分の思い通りという訳にはいきませんけれど」


「そ、そうなんですね」


「はい。よろしければ私からいくつか助言をさせて下さい」


「はい! よろしくお願いします!」


先ほどまでの険悪な雰囲気など一瞬で捨て去って、令嬢らしい姿になったイーヴァはさりげなくミラの手を取ると、セオドラーが来る予定の中庭をサッと見渡してから、ミラを連れて歩き始めた。


おそらくはセオドラーが来る前に場所を変えるつもりなのだろう。


本来の待ち合わせ時間はまだ先であり、少し散歩をしていた等と言えば、お優しい事で有名なセオドラーはミラの前で何も言えぬとイーヴァは考えているのだ。


そう結論付けたセオドラーは当然の様にミラ達の行く先を追う。


そして、二人は人気のない木陰に置かれたテーブルまで来ると、それぞれ椅子に座り正面から見つめ合った。


「ではミラ様。婚約について少々お話をしましょうか」


「はい」


「今、ミラ様が気になっている方はいらっしゃいますか?」


「えと。気になっている方……は特に居ませんが、よくお話する方はいます」


「お聞きしても?」


「はい。まずは ハーヴェイ様……ハーヴェイ・クイグ・レンゲント様でしょうか。騎士団にいらっしゃる方なのですが、北方の伝承についてとても詳しい方で、よく話をするんです」


「そうですか」


酷く面白く無さそうな顔で話を聞いているイーヴァだが、ミラが自身を見ている時だけ笑顔に戻る。


生まれながらの役者であった。


「それでですね。ハーヴェイ様は、神刀についても興味があるご様子で!」


「ミラ様」


「あっ、申し訳ございません。私ばかり話をしてしまって」


「いえいえ。それは構いませんわ。楽しそうに話すミラ様を見ているのはとても楽しいですからね」


「は、恥ずかしいです……」


頬を赤らめて、小さな両手で顔を覆い隠すミラと、それを微笑みながら見つめるイーヴァ。


年齢差もあり、すっかり仲の良い姉妹の様に見える二人であるが、ほんの少し前には言い争いの様な事をしていたのだ。


いや、一方的にミラが責められていただけだが、それでもこんな風に話す様な関係では無かった。


だというのに、これだ。


セオドラーはミラを決して一人で放置するまいと心に決めた。


こんなにもすぐ他人に心を許してしまう状態では妙な連中に攫われる可能性もあると。


そして、セオドラーが警戒している事などお構いなく、二人の話は進んでゆく。


「ミラ様。一つだけご報告をさせていただきたい事項があるのです」


「あっ、はい! なんでしょうか」


悩んでますよ。という様な空気を出しながら話しかけたイーヴァに、ミラはすぐ真剣な表情をするとイーヴァを見つめた。


「実はハーヴェイ様にはこの方と心に決めた方が居るのです。しかも二人は両想い。年齢さえ許されればすぐにでも結ばれるでしょう」


「そうなのですね。想い合っている二人が結ばれるというのはとても良い事ですね。是非、今度会いましたらお祝いの言葉を」


「いけません! ミラ様!」


「ふぇ?」


「ハーヴェイ様を想っている女性はとても繊細な方なのです。しかも、ミラ様より身分が下なのです」


「えと……?」


今一つイーヴァの言葉を理解していないミラにイーヴァは微笑みながら、言葉を続ける。


「つまりですね。ミラ様。ハーヴェイ様を想っている方がミラ様と楽し気に接するハーヴェイ様を見たらどう思うでしょうか? きっととてもお辛い想いをされるでしょう。苦しいと、夜な夜な涙で枕を濡らすかもしれません。しかし、それを表立って言う勇気はない。ハーヴェイ様に伝える事も出来ないでしょう。まして、ミラ様は、あの方よりも上の立場の御方……」


「あっ! そ、そんな。私、その様な事は全然考えていなくてですね! ただ、話をするのが楽しくて、北方の伝承を聞くのが嬉しくて、それで……」


「落ち着いてください。ミラ様」


「ど、どなたなのでしょうか。私、ちゃんと説明をしないと」


「ミラ様。既にお伝えしましたが、かの御方はミラ様より下位の貴族なのです。ミラ様が直接お会いに行けば緊張してしまいますし、好いてなど居ないと嘘を吐くでしょう」


「そ……そんな。では私は、どうすれば」


「安心してください。ミラ様。とても良い方法があります」


「本当ですか!?」


「えぇ。私の兄と婚約するのです。幸い兄を好いている女性はおりません。兄ならば、何も問題はありませんよ」


「イーヴァ様の、お兄様ですか?」


「そうですね。さほど面白い人間ではありませんが、兄と結ばれれば、グリセリア家に保管されている書籍も読み放題です」


「グリセリア家の書籍が! 読み放題!!?」


ミラは驚きに目を見開き、立ち上がりながら叫ぶが、その反応にイーヴァは笑みを深めた。


恐ろしい女である。


責めるポイントを見つけたとばかりに、イーヴァは更にミラへと様々な物を提案してゆく。


「えぇ。グリセリアは古い家ですからね。昔の資料は数えきれない程にありますし。表には出せない話も数多く。しかし、これらの話は門外不出となっておりますから、グリセリア家の人間で無ければ見せられません。残念です」


「……あ、あぅ」


「しかし、それも兄と結ばれるだけで全てミラ様の物となるのです。さらにグリセリア家の財力があれば、貴重な文献を取り寄せる事も可能。ミラ様。如何でしょうか。我が兄との婚約は」


「そ、そうですね。そういう事でしたら」


「関心しないな。イーヴァ。それに、ミラ」


「っ! 殿下……! 何故ここに!?」


「時間になっても二人が居ないからね。探しに来たんだ」


「あっ、もうそんな時間だったのですね。申し訳ございません。殿下」


「いや、良いんだよ。ミラ。お友達と話をするというのも良い事さ。私は怒っている訳じゃない。まぁ、心配はしたけどね」


「あぅ」


「ただ、そうだね。今度からどこかへ行く時は一声掛けてくれると嬉しいな。そうすれば私も心配しなくて良いだろう?」


「……っ! はい! 分かりました!」


ミラの元気な声にセオドラーは笑い、そしてチラっと視線をイーヴァへ向けた。


イーヴァは悔しそうに唇を噛み締めていたが、この状況では先ほどまでの様な嘘など言えるはずもない。


「あぁ、それと。ミラ。少し話が聞こえていたが、グリセリア家の書籍を見るために婚約をしようとしていたね?」


「あ……そ、その……はい」


「いけない子だ。それでは相手が可哀想だろう? 向こうは君の事を愛して婚約をしたというのに、君はその相手を見ていないなんて」


「そう、ですよね。私、酷い事をしようとしていました」


「良いさ。学べば良い。ミラ。ちゃんと君を愛し、君が愛した人と結ばれるのが一番だ。それを忘れぬようにな」


「はい!」


「あぁ、そうそう。ちなみに私は婚約者など居ないからな。覚えておいてくれ」


「分かりました!」


椅子から立ち上がり、大きく頷きながらそう言うミラに、セオドラーは苦笑しながら、微笑んでミラの手を取った。


そして、そのままお茶会の会場である中庭へと戻るのであった。

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