第10話


ーーーー


ロルドの魔法諸国は、教皇領から見て北、ホードリックの中王国を超えてさらに山嶺の奥にある北限の国である。

北の湾にいくつもある港は凍り、都市や農村も冬は家の戸を閉じる。


私が訪れたのも、2月でまだまだ冬の寒さが厳しかった。


「ロルドはこれと言って大きな都市が無い。中規模な都市がまばらにある。王様は巡察王権でな。一か所にとどまっていることが少ない。

見つけることは難しかろうが、まぁ頑張れ」


商人は凍える様子で私に手を振った。

確かに、この凍土で何のヒントもなしに王を見つけるのは困難だろう。

この地では、教会も機能しておらずあてにならない。


だが、私にはつてがあった。






「それで、俺のところに来たのか」


アッテンボローは白い息をこぼしながら、私の話をめんどくさそうに聞いた。


「エリートなんだろ?頼むよ!!」

私は手を合わせて彼に願った。


アッテンボローはこのロルドに宗教騎士としてやってきている。

彼は、リンドバーグ王の承諾を受けて極北の部族や未開地域に布教を行う任務を帯びていた。

無論、それは表の顔で本当の目的は私と同じく、リンドバーグ王の首であったのだが。


「聞け、エルマーよ。私は今2500もの兵を配下に置く騎士団の支部長なのだ。そうやすやすとは身動きがとれん」


彼はそう言って手振りで大げさにアピールした。

今、私と彼が居る砦はロルドの中でも最北の地に有って尚かつ王の警戒の元に置かれている。

2500もの兵力の中にも、補助武官という名の監視官が付けられていて簡単には動かせない。


「そうだよな・・・」

私は肩を落とし、彼の前に腰かけた。


「ふんっ、今度こそ抜け駆けはさせんぞ。俺はこの2500の兵で奴を今すぐにでも討ち取ってもいいんだ」

彼は少し得意げだった。だが、そんなことは現実的ではない。

先ほどの監察官にせよ、眼前の異教徒にせよ彼の兵たちには多くの障害が立ち並んでいた。


だからその言葉が精いっぱいの彼の強がりなのだろう。


私はそれを利用することにした。

「正直言うと、俺はもう手柄なんかいらないんだ。所領と妻が人質にとられている以上、どんな過程でも構わないから大王たちを殺さないとならない」


「では、俺の尖兵になってもよいのか?」


「ああ、かまわん。私には兵も居ないからな」


私と彼は机を挟んで向かい合った。そして互いの利害の為に一次的に協定を結ぶことにした。


彼と握手した手は少し痛かった。


ーーーー オスベルト砦


この砦は、ロルド地方の北方であるファーレズ高地の手前に置かれた前線基地だ。街道や街が栄える盆地からは程遠いこの地は、いまだ王権も貴族の統制も及んでいない未開地であった。

前述の通り、当該砦はファーレズ高地に住む異教徒に対する備えという側面を持っていた。そしてさらにその北方にあるアタリア諸島の旧貴族に対してもである。


「旧貴族?」


私はアッテンボローの説明に出て来た旧貴族という単語に疑問を持った。

我々の相手は蛮族ばかりだと聞いていたのに、急に雅な単語に当たって少々耳障りだった。


「旧貴族というのは、あのリンドバーグに滅ぼされた支配階層の事さ。今、ロルドの貴族社会に列しているのは早々に降った奴らさ。

かつて、この地で支配層に有った高位の貴族たちは殺されるか、あの寒い島に逃げ出すしかなかったんだと」


なるほど、と私は納得した。どうりで、蛮地というには文明の香りがするし、行く先々に戦跡が見当たるわけだ。


「だが、100年も前の話だ。奴らは未だにチェーンメイルを使っている知恵遅れの軍隊さ。

プレートアーマーを持った俺らのメンアットアームズ(重装歩兵)の敵じゃない」


アッテンボローは自信ありげに述べた。

私はその宣言に懐疑的であった。


彼はそんな私の様子を見てか、「証拠を見せてやる」と言って席を立った。

そして砦の外に出ると居並ぶ将校たちに出撃の下知を飛ばした。


「今稼働できる戦力は?」


「はっ。2個大隊1200名が出撃可能です」


「腰兵糧だけでいい。越境して、向こう側の村を略奪するぞ」


「・・・アッテンボロー様、王陛下の御許しを得ているのですか?」


「当然さ」

彼は伊達にマントを翻すと、軍馬に跨って闇夜の元に剣を引き抜いた。


「ついてこい」

彼は馬上でそう言うと、鐙を踏んで闇夜の中を僅かな供回りを付けて駆けて行った。



ーーー


我々の側から、河を挟んで向こう側に存在する”蛮族”の村は橋を渡らなければたどり着けなかった。

昼間なら1000を超える戦力は、遠目からでもすぐにわかってしまう。


しかし、この闇夜の中で。それも軽装であれば隠密に渡河することができる。


「俺とお前はセンスも、生まれも違うんだ。そこで指くわえて見てろ」


アッテンボローは横目で私を小ばかにしながら、そう言った。

私は、一時的に彼の従卒とはいえ流石に我慢ならず「なにを」と声が出た。


だが、彼はそれを制止して「悪意と刃を向けるべきは俺じゃない。この先の敵だ」と村の奥を指さして言った。


どうやら騒ぎを聞きつけて、敵の城から即応部隊がおっとり刀で駆けつけてきたようだ。

「騎兵を左から、薄い横隊で突撃させろ」


彼は側近に命じた。騎兵は僅か200である。それを横隊で、しかも薄い層で突入させるなど自殺行為だ。


「鉄床戦術のつもりか?こんな欺瞞なんかすぐにばれちまうぞ」

私は公然と彼に反論した。


だが彼はそんな抗命など歯牙にもかけない様子で続ける。


「リスクを恐れていて何になる。お前は、さぞかし神学校では好成績だったんだろう。でもな、ここは戦場だ。

机上演習の通りやっていては上手くいかないのさ」


「だが」


「おっと、それ以上の反抗は許さない。貴様が争うべきは、この前の敵なのだからな」


彼がにやりと不敵な笑みを見せる。どうやら戦端は開いたようだ。


「協力してほしいんだろ?王殺し。妻を助けたかったら、まずは目の前の敵を倒してこい」


アッテンボローはふははは、とせせら笑いながら甲高い声でそう言った。


こうなっては、この場を切り抜ける方法を模索するほかあるまい。

私は槍を握りしめて、馬を走らせた。



戦況は、圧倒的に優位であった。

こちらは斥候など出さず、初撃から一気に戦列の撃破を狙った。

夜襲に混乱しつつある敵部隊の隙を逃さぬためだ。


そして、その敵は未だにこちら側の主攻を読み切れていない。

軽騎兵の横に長い横隊は雪を舞わせて、遠目からは数千もの大集団に見えた。その姿が敵の指揮官の判断を鈍らせた。


私は、その逆方向からメンアットアームズ(重装備を着込んだ手練れの歩兵)と重騎兵を伴い敵戦列へ突入した。

この時、我々は敵の戦力がだいたい2000ほどだろうと見積もっていた。


しかし、戦列に突入した私が目にした敵部隊は優に4000を超す大部隊であった。

私は重装歩兵たちに、突撃の号令を出した後重騎兵を伴って自らも突撃を行った。


その後は、ひたすら混戦。槌やフレイルを持ったこちらのメンアット・アームズたちは、スケイルやチェーンメイルの軽装備の敵歩兵を次々なぎ倒していった。

この差はもちろん、装備の差だけではない。我々の部隊が、指揮官の声の届く範囲にまとまっていたのに対して、敵は広く広範囲に展開していたため指揮が麻痺していたためでもあった。


私は、短槍を馬上から投げていくらかの敵を討ち取った。そして、こちらへ向かって突撃してきた敵の騎士をすれ違いざまの一閃で仕留めた。


やがて数時間ほど経って、アッテンボローが撤退命令を出した。

まだ夜が明けぬうち。敵が大勢を立て直しつつあると見たからだ。


私は先頭で戦っていたため、自然と殿軍になった。

しかし、戦意に乏しい敵は追撃してくる部隊もおらずすんなりと撤退できた。


士官クラスの首級は10。雑兵に至っては800近くを討ち取った大勝利であった。

そして我々はそのまま、凱旋軍の様相でオストベルト砦へ帰還した。


悔しいが、彼には将才がある。そう認めざるを得なかった。

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