第10話 売布宮のモノローグ 2
「今日の財満のような人間が、いまだに多く存在するのです。彼らにとって最も大切なことは、すべての他人が彼らの思うとおりに行動し、彼ら自身が快適に過ごせることだけなのです。彼らは、自分以外の人間は感情のないロボットだとでも思っているのか、いてもいなくてもいい透明な存在であることを他人に強要し、それが上手くいかなければ『敵』として排除しようとするのです。
自分の主張こそが正しく、相手がそれを呑むまで戦うことで自分にとって都合のよい快適な状況を作ろうとする人たちが、やはり一定数は現れるのです。そんな人たちも、インターネットを経由して他人を攻撃することはできませんが、リアル世界で対面しての攻撃となると話は別です。自分の口で直接的に暴言を吐くことを止められるシステムはありませんから。
そして、そういった問題のある人物を特定して更生させるのが、我々、更生局の仕事なのです」
コーヒーを一口飲んで口を潤し、さらに続ける。
「釈迦に説法かもしれませんが、安藤さんの知らないこともあるかもしれませんので、更生方法についても念のために説明しておきましょう。
先ほどの財満を例に出せば、彼にはこれから更生が必要かどうかの鑑定が行われます。あの様子なら間違いなく更生所に送られるでしょう。更生所に送られればベーシックインカムは停止され、働いて生活費を得ることが必須になります。
とはいえ、更生中は施設からの外出が禁止されます。だから、出勤や買い物といった外出や他人と関わる行動は、すべてアバターと呼ばれるアンドロイドが本人に代わって担当することになります。更生対象者には、自分そっくりのアンドロイドが一体だけ付与されるので、そのアバターを施設の一室から遠隔操作することで部屋から一歩も出ることなく、生産活動に従事して生活費を稼ぎ、食料品や日用品を買って生活してもらうことになります。言ってみれば、アンドロイドを操作して生活を行うリアルシミュレーションゲームみたいなものでしょうか。もともとは体の不自由な人を補助して自立の手助けしたり、幻肢痛を治療したりするためのものだったそうです。
アバターは、基本的には操作者の操作に従うので、操作者が腕を上げるコマンドを送れば、アバターは腕を上げますし、マイクに音声を入力すれば、そのままアバターによって発話されます。しかし、その制御の多くはAIに監視されているため、不適切な行動は取りませんし、取れません。今日の財満のように気に入らない相手や出来事に出くわして、悪態をついたり掴みかかろうとしたりしても、そういった行動は、アバターは実行しません。操作者がマイクにどれだけ暴言を吐こうとも、アバターは当たり障りのない言葉に変換して発話します。自動車に乗るときも自動運転モードのみで、手動運転はできません。
本人がどんなことを考えようとも、よしんば悪事を考えていたとしても、アバターは模範的な行動しか実行しないので、何の問題もなく社会生活が送れるわけです」
「その点について、疑問があるのですが、いいですか」
「どうぞ」
「人間の側がどんなに悪意を持って行動したとしても、システムがそれを実行させず、模範的な行動のみ実行されるというのは、果たして正しいことなんでしょうか」
「と、言いますと」
売布宮の眉がピクリと動いた。
「もちろん、模範的な行動のみを行うこと自体は正しいと思うのですが、本人や社会にとってそれが倫理的に正しいのかどうかは――」と言いかけると、いつのまにか店員が横に立っていたので、安藤は驚いてそちらを見る。
「すみません。もう閉店時間ですので」
カフェ店員に促され、周囲を見回すと、客はもう誰もいなかった。
話は途中だったが、閉店時間なので店を出た。別れ際に売布宮は、興味があれば来月、指定した時間と場所に来るようにとだけ言い、自動運転のタクシーに乗り込んで去って行った。
安藤は、帰り道を歩き始めた。
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