聖なる青2
二人が玄関を出ると、丁度新聞配達の青年がバルト邸の門をくぐろうとしていた。二人に気が付いた青年は、笑顔で挨拶する。
「おはようございます、バルト伯爵。それと、ガブリエラ様」
彼はラウル・ベネッティ。アンジェリカの事件が解決した時期に顔なじみになった。ウェーブがかった金髪を後ろで束ねている。この世界でも、灯里がいた世界と同じで、新聞が各家庭に配られる仕組みがあるらしい。
「今日は、いつにも増して来る時間が遅いな。トラブルか?」
「申し訳ございません。皆の注目を浴びていた偽聖女が脱獄したとの事で、新聞を求める人がいつもより多いんです。なので、配達員の人手が不足していて……」
「そうか、大変だな」
マティアスに新聞を手渡すと、ラウルは去って行った。新聞には、『脱獄した偽聖女、未だ見つからず』の文字が躍っていた。
「ガブリエラ、久しぶり」
ロマーナが営む薬屋『ジーリオ』を訪れると、ロマーナが笑顔で迎えてくれた。
「お久しぶりです、ロマーナさん。明日から、こちらで修業をさせて頂きます。よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくね。師匠の修業はどうだった?」
ガブリエラ達は、しばらく修業の話をしていたが、ふとロマーナが真剣な顔になった。
「そう言えば、偽聖女が脱獄した件、聞いた?」
「はい……アンジェリカが今どうしているのか、気になりますね」
「そうね。……しかし、最近は物騒ね。この辺りに住む人が、次々と行方不明になる事件も起こっているし」
「そうなんですか?」
「ええ……いなくなったのが、不良とか借金で首が回らなくなった人ばかりだから、最初はただの家出だろうと思われていたんだけど、既に八人が行方不明になっているからね。流石に何かの事件だろうという話になって。騎士団も動き出しているみたいよ。そろそろ新聞にも載ると思う」
「心配ですね……」
「人の心配するのもいいけど、偽聖女の動向がわからないんだから、自分の事を心配しなさい。……マティアス、あなたも、この子の事、しっかり守ってあげてね」
「言われなくても、そのつもりだ。何があっても守る」
マティアスは、真剣な顔で答えた。
ロマーナにプランタス王国で買った手土産を渡し、二人は店を出た。マティアスの後ろを歩いていたガブリエラは、ふと視線を感じて振り返り、道の向こう側を見た。
すると、木の陰にいた一人の女性がこちらの視線に気づき、慌ててその場を去って行った。遠いので顔は見えなかったが、茶色いロングヘアが風に靡いていた。
戻って来たマティアスが「どうした?」と聞いてきたが、ガブリエラは「いえ、何でもありません」と答えた。
『ジーリオ』を出た後、ガブリエラ達はベルナルドの居る騎士団の訓練所に向かった。
「久しぶりだな、ガブリエラ」
ベルナルドも、再会を喜んでくれた。手土産を渡しながらガブリエラが辺りを見回すと、他の騎士達は訓練場で剣を交えながら汗を流しているが、どことなくピリピリした雰囲気が漂っている。建物の中では、慌ただしく駆け回っている様子の騎士もいる。
「どうしたんですか?……もしかして、アンジェリカの件か、行方不明になっている人達の件で?」
「うん、行方不明の人達の件だ。……まだ公表はされていないが、行方不明になった者の内、四名の遺体が発見されている。……それで、その遺体の状態だが……身体の血が、ほとんど抜けていたらしい。しかも、首筋に、何かに噛まれたような痕があったとの事だ」
「それって……」
「ああ、まるで、ヴァンパイアに血を吸いつくされたみたいだ。……私は調査の担当じゃないから詳しくはわからないが、厄介な事になりそうな予感がする」
マティアスは、無言で顔を顰めていた。
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