第三十七話 演技

「それでは、ジャッジに入りたいと思います。」


ゲームマスターである河野が声高らかに宣言すると、背後に広がっている大きなモニターに文字がうつる。


勝者 亜久津成義


「今回のラウンドの勝者は亜久津成義様です。それでは、これより、2ラウンド目のファーストを行ってください。」


ゲームマスターが声高らかに宣言した。


勝利した亜久津は喜びすらせず目の前に座っている阿黒賢一をじっと見つめていた。


このラウンドを落とした阿黒賢一の表情はやや曇っており、何かに失敗したかのような雰囲気を阿久津に感じさせる。


そんな中、亜久津が唐突に口をひらく。


「演技はしなくていい。」


抑揚のない不気味な声で目の前の男に声をはなった。


「演技なんてしてないよ。」


両手を横に軽く広げながら、答える。


「俺は、君塚と君のゲームを画面越しで見ていたんだ。」


その言葉を聞いた瞬間、阿黒賢一の顔が微かに曇る。


「君は、こんな簡単に表情を見せるようなヘマはしない。」


「人間誰しもヘマはするものさ。それは、俺だって例外じゃない。」


白々しいように亜久津に向かって言葉を放つが、そんなことお構い無しに亜久津は続きを話し始める。


「君塚が負けた一番の敗因は、君に油断させられていたからだ。」


右手の人差し指を目線の先に座っている阿黒賢一に向ける。


「君は自身の実力を相手に誤認させることがとても上手い。君塚とのゲームを見ていなかったのならば、俺は君の実力を測り損ねていたであろう。」


亜久津は一息ついてから、続きの言葉を紡ぐ。


「だが、俺は君の正当な実力を知ってしまった。今の俺に油断はない。」


淡々と抑揚の無い言葉で喋りながらも、油断はないと断言する亜久津の目にはなんとも言えない力強さが宿っていた。


それは、自身の負けが見えていないかのような、いや、誰かに復讐するかのような強い信念のこもった力強さのような。


「前回のゲームを見ていたのか、知らなかったよ。まさか、そこまで俺のことを知っていたと、」


「嘘だな。」


賢一の喋りを亜久津の言葉が遮る。


「君は、知っていたはずだ。」


その言葉に阿黒賢一は少しの笑みを亜久津成義に向ける。


「どうして、そう思ったのかな?」


「この結果からわかる。」


一息ついてから、再び話しを再開する。


「俺が限界を超えると言った時、君はその言葉の意味をすぐに理解した。」


「それだけかい?それだけでは、弱くないかな?」


「君はその後、わざと入力している手を少し見せ、13を入力したと俺に見せかけた。俺が14を入力するように誘導するために。そして、俺が14を入力し、このラウンドを奪取した時、君は苦しい表情を俺に見せる。本当は入力した数字が13ではなく、1であるにも関わらずにだ。」


「それで?」


阿黒賢一は、少し嬉しそうな声色でそう言った。


「だから、俺は2を選択しようとした。」


「その通り。俺は亜久津さんを騙そうとした。だけど、それらは全て見抜かれてしまった。俺の完敗だ。だけど、それが俺が亜久津さんのことを知っていた答えにはならないよ。」


亜久津は右手の人差し指を唇の前まで持ってきた。


「話は最後まで聞いた方が良い。俺は、2を選択しようとした。と言っただけで、2を選択したとは言っていない。」


抑揚のない不気味な声でこのラウンドの真相を淡々と話し始める。

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