Dual Hunters 〜偽りの記憶〜
蒼河颯人
Prologue
Prologue 謎のコード
真っ黒な闇夜に、どこか青白い月がぼんやりと浮かんでいる。その中で、女の悲鳴が夜空を切り裂くように響き渡った。周囲の建物の壁がその声を拾い上げては、虚しく跳ね返し続けている。
「誰か……誰か助けて!」
パンプスの音を周囲に響かせながら、女が一人、息を切らせながら走っていた。ベージュ色のトレンチコートを羽織った女だ。恐らく、仕事で帰りが遅くなったのだろう。顔色がすっかり青ざめているのは、慢性的な疲労からだけではなさそうだ。
その後を、五つの人影が追いかけている。揃いの真っ黒なスーツを着た、頑強な体格をした男達だった。目元を黒いサングラスで覆っている。彼らは一足挙動が、まるで軍隊のように均一だった。見るからに胡乱だ。捕まったら最後、何をされるか分からない恐怖感が、女の身体の奥底から冷え冷えと骨身に染みてきた。
と、その時──
彼女は目の前に一つの真っ黒な影が差し込まれるのを見付け、その影に隠れるかのように、急いで身を潜めた。すると、その影の主は右手で大きく空気を真横に切るような仕草をした。この場から早く逃げるようにとジェスチャーをしたようだ。それを目にした黒スーツの内の一人が舌打ちした。
「誰だお前は!? 我々の邪魔をするな!!」
それに対し返事をしたのは、女を逃がす手助けをした者だった。その声は、若くてどこか粋がっていた。
「こんな遅い時間帯に、お嬢さんと鬼ごっこか? するのは勝手だが、やるなら昼間にやれ昼間に!」
「……」
「近所迷惑だっつーの!」
その声が意外だったのか、黒装束の男達は女を追う動きを一斉に止めた。そして一同は、声の主へと意識を集中させた。
「鬼ごっこの相手なら、この特別派遣組織セーラス執行部所属の〝レオン〟様がしてやるぜ。こう見えても足は速い方なんだからな!」
青年はハーフフィンガーグローブから飛び出した親指を己の胸元に向けつつ、いたずらっぽい微笑みを口元に浮かべた。針のようにツンツンとした明るい茶髪を持ち、アーモンドアイには、
「どうした? 来ないのなら、こっちからいくぜ?」
緑色のスラックスに覆われた足が、自分の目の前にいる男の側頭部、腹部へと叩き込まれた。
「がはっ!」
反撃をする余力もなかったのか、相手はもんどり打って、どうとその場に崩れ落ちる。
衝撃で内部に破損箇所が出たのか、口から真っ黒な飛沫が飛び散り、周囲の道路を闇色に汚染してゆく。
靴先に出していたフットクローを瞬時に納めた青年は、四人に向かって言い放った。
「お前らが人間じゃなくて、悪質な
その声に誘われるかのように、残りの四体が茶髪の青年に向かって、一斉に飛び掛かった。
唸ってきた短髪のアンストロンの右拳を、彼は避けつつも右手で受け止め、自分の方に引き寄せつつ左肘でその後頭部を狙った。
そして、体勢を崩したその鳩尾に右膝を叩き込む。
吹き飛んだアンストロンは、背後にいた二体のそれらを巻き添えにして一気に道路へと倒れ込んだ。
一気に三体のアンストロン達を叩きのめした針頭の青年に対し、一人のアンストロンが拳銃を構え、狙いを定めた。
その瞬間である。
二発の銃声が鳴り響き、一体のアンストロンがその場へと崩れ落ちた。
銃弾に撃ち抜かれた腹と両膝の膝関節の辺りから、真っ黒い循環剤が噴水のように噴き上がっている。
千切れたコードが丸見えだ。
銃口から真っ白な硝煙が二本、ゆらりゆらりと立ち上ってゆくのが見えた。
真っ黒なボディーであるS&W M二九の六・五インチ四四マグナムタイプに似た拳銃が、艷やかに光っている。
それを二挺手にしているのは、真っ黒なロングコートを翻した黒髪の美青年だった。
まつ毛の長い二重の切れ長の瞳は、無言のまま足元を静かに睨みつけている。
彼の足元に倒れているアンストロンは、ガクガクと痙攣を起こしており、動きたくても動けなくなっているようだ。
それを目にした赤いボックスコートの青年は、ぴゅうと口笛を吹いた。
「さんきゅー〝リーコス〟! 命拾いしたぜ!」
「……君は相変わらずだな。〝レオン〟。詰めが甘い」
その感情を感じさせない平坦な声は、彼の色白の美貌に良く似合っていた。銀色に輝く瞳を、翡翠色の瞳を持つ青年へと向けると、相手はにかりと白い歯を見せた。
「そりゃあ、とーぜん勝算があるからに決まってんだろ!? それに、俺が囮になれば、お前ぜってー来てくれるもんな。そうだろ? お・に・い・ちゃ・ん♡」
「……」
黒髪の美青年の周囲をまとう気温が、一気に氷点下へと急落する。〝レオン〟は視えない氷のトゲが肌にぶすぶすと突き刺さってくるのを敏感に感じとり、思わず身震いした。
「ちょ……ちょっとからかっただけじゃねぇか! 睨むんじゃねぇよ〝リーコス〟! イチイチ真に受けるんじゃねぇって!」
「……」
「……っと、そんなことより、コイツどうする? 冷たいお仲間さん達は、コイツを置いて逃げちまったようだが?」
茶髪の青年が言う通り、彼らの足元に倒れている一体のアンストロン以外は、いつの間にか逃走していた。〝リーコス〟は、右のこめかみに人さし指をやると、黒いアイバイザーが瞬時に彼の目元を覆った。
アイバイザーが、真っ白な幾何学模様を映し出す。くるくると回るそれが、いつの間にか起動停止したアンストロンの、(人間で言う)右の鎖骨周囲で動きを止めた。すると、オレンジ色に輝く、数字とアルファベットの羅列が浮かび上がってきた。何かのコードのようだ。
彼は指し示されたその部分を、亜空間収納から取り出したナイフで切り裂いてみると、どろりとした循環剤にまみれた、金属の塊が出て来た。それは、内径四ミリメートル位のカプセルサイズの代物だった。
「それが、今回の回収するべきブツかよ!?」
「おそらく。照合させてみたところ、調査部から聞いている番号の一つと一致した」
「今起きていることは前の時みてぇに、ヤツらの心臓部にあたる〝コア〟を抜くか破壊するような、単純な話じゃあなさそうだもんな……うっ……痛てててて……」
黒髪の青年が、うめき声の方へと即座に視線をやると、自分の相方が両手でこめかみの辺りを押さえていた。かなり痛むのか、やや前屈み状態である。
「大丈夫か?」
「……たまにある頭痛だ。大したこたぁねぇよ……」
「たまにと言うが、ここのところ頻度が上がっているだろう。一度病院で診てもらった方が……」
「大丈夫だって。多分、いつものだと思うから、放っときゃあその内治る」
「……なら良いが」
「ふーっおさまった。今日は落ち着くのは早ぇ方だ。さあ、気を取り直して早く本部に戻ろうぜ!」
〝レオン〟は明後日の方向に顔を向けると、ヘックショーイと大きなくしゃみをし、ズズッと鼻をすすった。吹き込んできた強い風に、赤いボックスコートの裾が翻る。今度は文字通り身震いして、両腕で我が身を抱くようにした。
「ふ〜ぅ! それにしても風が冷てぇな! 大分冬に近付いてきたような気がするぜ」
「ああ。そうだな」
「しっかし置き土産っつーか、一体だけを置いてきぼりにするだなんて、どういうことなんだろうな?」
「……分からない」
これではまるで、幾らでも情報をとればいいとでも言わんばかりである。手掛かりなのか、それとも罠なのか……。
「このアンストロンを連れ帰り、調査部で調べてもらおうと僕は思っている」
「そうだな。前々から思っていたんだが、やっぱりコイツラはなるべく破壊せず、徹底的に調べた方が良くねぇ?」
「……ああ。これ位の損傷なら、〝コア〟には影響していない筈だ。再稼働出来るから、その点は心配無用だ」
〝リーコス〟は右のこめかみに指をあてると、それと呼応するかのように、一台の車が彼の一メートルほど先に出現した。ボディカラーは夜空をそのまま写したようなブルーブラック。四・五人乗り用のスポーティーセダンタイプで、スマートなデザインの
(前の任務の時は仕事とは言え、アンストロンを破壊することばっかりだったから、正直心が痛かったんだよなぁ。今回はちったあマシでいて欲しいぜ……)
「どうした? タカト。乗らないのなら、置いていくぞ」
意識を現実に戻らせた〝レオン〟が、自分の名を呼ぶ声のする方向へと視線をやった。目元を黒のアイバイザーで覆った相方は、既にステアリングを握っているではないか。このままだと本当に置き去りにされてしまう。
「ちょ……! オイコラ待てよ、ディーン!!」
タカトは大慌てで、レビテート・カーの助手席へと飛び乗った。ファルコンタイプのドアが電気音をたてつつ全て閉じると、タイヤはあっという間に四輪とも車体の中へと収納された。車体が十センチメートル程浮きあがる。やがて、二人と一体を乗せたリビテート・カーは、夜道を滑るように飛び去っていった。
──ここはチキュウと似た星、ルラキス星。
これはチキュウが滅亡した後の、遠い未来で起きた小さな出来事の一つに過ぎない。
この星の平和を守るために、常に戦い続ける者達。
これは、そんな彼らが数々の試練を乗り越え、互いの絆を深めていく物語である──
当作品は「Dual Hunters〜赤と黒の牙〜」 https://kakuyomu.jp/works/16817330663112864972
の続編にあたります。前作未読でも読めるように配慮しておりますので、どうぞご安心下さい。時系列順で読まれたい方は、前作から読まれることをお勧め致します。
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