4「……見てない……よね?」

 夕陽に照らされた、誰もいない高校の教室。達巳の目の前には、黒いブレザーとスカートの制服に身を包んだ桜乃が立っていた。


「谷地くん」


 達巳の記憶の奥底に眠っていた声で、彼女は語りかける。カチューシャで前髪を止めたその顔で、困ったように見える笑みを浮かべて、彼女は達巳へ何かを言おうとしている。


「……谷地くん、あのね……」


 彼女がまた口を開いた次の瞬間、何かを感じ取った達巳は、彼女を庇うように身を乗り出す。次の瞬間、教室の全てのガラスが割れて、破片が二人に襲いかかった。


 煌めく破片の吹雪が荒れ舞う視界の遮られた世界に、達巳を叩き起こすような呼び鈴の音が鳴り響いた。


 それは彼の部屋の呼び鈴の音であった。目を覚ましたその瞬間に、先程の残酷な夢を思い出してまた目を瞑る。久しぶりに、桜乃の声を聞いた。その顔を見てしまった。


「とんだ悪夢だな……」


 相変わらず鳴り止まない音に負けて、達巳は渋々と体を起こした。玄関ドアの覗き穴から外を伺うと、黒いパーカーに身を包んだ沢渡が立っていた。達巳は部屋着のままドアを開ける。


「よぉ、おはよう」


「お前、川澄さんのケータイ持ってる?」


 第一声で本題に入る沢渡。それは達巳の想定通りの内容であった。


「ああ。間違えちゃったみたいでよ」


「やっぱりね。伊武ちゃんから連絡あってさ」


 沢渡は小さくため息をつく。


「全く、どんだけ飲んだんだよ。酔いすぎだっつーの」


「いやお前に言われたくねーわ!」


 声を上げた達巳に、沢渡は手を差し出した。


「俺が川澄さんに返して、お前のやつ受け取っとくよ。明日、サークルの活動で会うから」


 そう言う沢渡の手を、達巳は少しの間無言で見ていたが、やがて呟くような声で尋ねた。


「例のボランティアサークルか。なあ、お前は何でそれに参加してんの?奉仕活動とかするような柄じゃねーだろ」


「失礼だな」


 そう返しつつ、沢渡は苦笑いを浮かべた。


「でも、まあ、ああ言うインカレサークルは、色々な人間が集まって面白いんだよ。観察しがいがある」


「小説のネタ探しってことか」


「そう言うこと。『小説より奇な事実』を俺は探してるからね」


 ニヤッと笑ってから、沢渡は催促するように手を動かした。


「ほら、スマホ」


「いや、待て。俺も行って良いか?明日。直接返したいんだ」


 頭を掻きながら言う。沢渡は手を下ろして、訝しげに達巳を見た。


「変なもんでも食ったか?やっちんがボランティアとか、それこそ柄じゃ無いだろ」


「うるせえ。色々思うとこがあったんだよ」


 目を逸らす達巳を、少しの間観察するように見たあと、沢渡は小さく「じゃ、明日」とだけ答えて、すぐ隣の部屋へ帰って行った。


——本当に、どういう心境の変化だい?


「別に」


 白眉の問いに、達巳は適当な返事をした。


 翌日は、雲一つない晴天であった。沢渡から聞いた今日のサークルの活動内容は公園の清掃とのことだったので、達巳は汚れても大丈夫でなるべく動きやすい服装を選び、外へ出た。暖かな日差しが辺りを照らす。ボランティア日和ってやつだな、と達巳は思った。


 沢渡は先に行ってしまっていたので、達巳は一人駅へと向かう。乗った電車は休日にしては乗客が少なく席も空いていたため、達巳は隣のいない場所を選んで腰かける。それからしばらく進み、乗客が増えてちょうど座席が全て埋まったタイミングで、杖をついた老婦人が乗ってきた。達巳は席を譲り、その駅で降りる。


——ここは目指す駅では無いだろう


 日が射す道を歩きながら、達巳は決まり悪そうに答えた。


「あのまま乗ってたら気まずいだろうが」


 そこから一駅分早足で歩いて待ち合わせの駅に着くと、改札前に沢渡と水上が待っていた。達巳は二人の元へ駆けて行って両手を合わせた。


「悪い悪い、遅れた」


「達巳遅いよ〜遅刻すんなって言っただろ〜?」


 水上がニヤニヤと笑う。その横で沢渡が不思議そうに尋ねた。


「……なに?やっちん歩いてきたの?」


 ここは達巳の家の最寄りからはいくつか先の駅で、徒歩で来るにはなかなか骨の折れる距離である。


「天気が良かったからな……」


 達巳はそう言って誤魔化した。


 公園の集合場所に着くと、すでに十数人の人の集まりができていた。思った以上の規模に驚いて周囲を見渡していると、見知った顔、川澄の姿が目に入った。何やら他のサークルメンバーと打ち合わせをしていた様子だったが、達巳達の存在に気づいて、向かってきた。


「おはよ〜、いやあ、よく来てくれたね!」


「もちろんっしょ!まあ、俺ってほら、人助けとか大好きっすから!」


 水上が調子良く言う。それから誰かを探して川澄とその周りをちらちらと見た。


「今日は明音ちゃんは?」


「ああ、ごめんね〜明音はバイトで来れなかったよ」


 申し訳なさそうに笑う川澄に、水上は苦笑いをして言った。


「なんだぁ、明音ちゃんがいたらもっと頑張れたのになー」


「お前なあ……」


 達巳は呆れ顔を浮かべた。ほんとに表裏の無い男だよ、と内心続ける彼に、川澄が近づいてきて囁いた。


「キミは来ないと思ってたけど、来てくれたんだね。私の話聞いて、ボランティアンの血が騒いだのかな?」


 ニッと笑う彼女を苦々しく見てつつ、達巳はポケットに入れていたスマホを取り出して渡す。


「これっすよ。今日はこれ返しに来ただけなんで」


「お、それはそれは。わざわざありがとね〜」


 言いながら、川澄もまたカバンから同じカバーのスマホを取り出した。達巳のスマホだ。


 互いのスマホを交換する。川澄の手にそれを乗せた時、達巳にしか聞こえない声で、彼女は言った。


「……見てない……よね?中……」


「え?……ああ、そりゃもちろん」


 達巳も同様に問う。


「川澄さんこそ、俺のケータイ見てないっすよね?」


「それはもちろん」


「本当に?」


 しつこく食い下がる達巳に、川澄は勘繰るような視線を向けた。


「本当だよ。なに?やっちんくんのケータイには何か見られたくないものでもあるんですかな?」


「別に、んなもん無いですけど」


「どうかな〜キミ、隠し事多そうだもんな〜」


 達巳のその態度が、逆に川澄の好奇心を刺激してしまったらしい。少し考え込むような動作をして、無邪気に聞いた。


「たとえば、彼女とか?彼女との会話や思い出写真が隠れてる、みたいな」


「……いませんよ」


「じゃあ、好きな人は?」


「いませんってば」


「ほんとか〜?」


 首を傾げながら、川澄は上目に達巳の顔を見つめる。その質問攻めに閉口した様子の彼の表情を見て、またニッと笑った。


「まあ、安心しなよ。キミが私のスマホを覗かない紳士であったように、私も淑女だったから。キミのプライバシーは守られてるよ」


「そうっすか」


 愛想の無い返事をする達巳に、さらに何か言おうとした川澄の後ろから背の高い青年が近づいて声をかけてきた。


「すぎな、会話中に悪いんだけど清掃場所の分担はどうする?」


 栗色のセンターパートがよく似合っている健康的な美男子だ。紳士的な所作に反して耳に開いたピアス穴が色気を醸している。さぞモテるんだろうな、と達巳は眉を曇らせた。


「人数的に、三つくらいのグループに分けるのが良いと思うんだ。それと、今日が初めての子も多いから、各グループに最低一人は運営側の人間を入れた方が良いな。俺や、すぎな、山路とか」


「そうだね。あと、初めての人は特に知り合いがいるグループが良いよね……」


 そのようなことを、二人で話し合う。やがてまとまったらしく、達巳の方を振り返って川澄はニッと笑った。


「やっちんくんと水上っちは、私のグループね!裕己くんは雄二のとこ!」


「ういっす」


 沢渡は小さく返事をすると、『雄二』と呼ばれたその青年の元へ歩み寄った。


「今日もよろしくっす。雄二さん」


「よろしく!楽しくやろうな!」


 笑顔で言った後、青年は達巳と水上に声をかける。


「君たち、すぎなの友達だよね?俺、半崎雄二。今日は来てくれてありがとな!」


 爽やかに言う彼を眩しげに見ながら、達巳は軽く会釈をした。その隣の水上が嬉々として話しかけた。


「半崎さん、体格良いっすね!なんかスポーツとかやってたんすか?」


「雄二でいいよ。高校時代にバスケやってたくらいかな。今もたまにやるけど」


「お、良いっすね!今度一緒にやりましょう!」


 こういうとこが、水上の才能だな。


 その根っからの明るさからあっという間に打ち解ける水上を横目に見ながら、達巳は思う。自分には無いものだ。少し羨ましく思うが、倣おうという気には不思議とならない。


 しばらく話してから、半崎は沢渡と共に持ち場へ向かっていった。それと共に、達巳達も川澄に連れられて移動する。


「この公園、広いからね〜。まあ、今日は天気も良いし、のんびりやろう」


 川澄が朗らかに笑う。彼女のグループに分類されたのは、達巳と水上、それといつの間にか来ていた竜胆と、あとは達巳の知らない顔ぶれが二人ほどいた。川澄曰く、SNSの活動記録を見て応募した人達だそうで、特に知り合いもいないので川澄のグループに加えられたとのことだった。


「皆、ちゃんと長袖長ズボン、肌の出ない服装で来てくれたね。感心感心」


 それは、事前にサークル全員に言い渡された服装指定である。曰く「虫に刺されないように」とのことだった。野外活動なだけに理解できる話ではあるが、必要以上に気を張っているように達巳は感じた。過去に蜂に刺された者でもいたのだろうか。


 一同は川澄から配られた緑色のビブスをつけて、軍手をはめてゴミ袋二つとトングを持ち、池に沿った道をゆっくり歩き始めた。


「ゲームっぽくやろうか。その方が楽しいし、よりやる気アップできるからね〜」


 と言う川澄の提案で、拾ったゴミの重さを競うこととなった。テンションの上がった水上が、一足先に駆けていく。


「モタモタしてると、拾うゴミが無くなるぜ!俺が全部持ってくから!」


「お手柔らかにね〜」


 走り去る水上の背に向かって川澄が言った。その後ろを達巳と竜胆が並ぶ形で着いて行く。竜胆を横目に見ると、彼女は達巳には目もくれず、ぼんやりと前だけを見て歩いている。


 知らない仲では無いのだから、何か会話でもするべきかと思うが、何を話すべきか思いつかない。彼女が桜乃のファンだとは聞いたが、前の飲み会の時みたいにまた引かせてしまうかもしれないと考え、その話題に踏み込めずにいた。


 それと気になる点がもう一つ。先程から、背後から妙な視線を感じる。達巳は後ろをそっと盗み見た。


 達巳にとっては初対面の二人組が、何やらヒソヒソと話している。


 一人はボーダー柄のtシャツを着た細身で背丈もちょうど達巳と同じくらいの、陰険そうな顔つきの青年だ。捻くれ者を自認している達巳からして、どこか親近感を持てる雰囲気が彼にはあった。もう一人は黒髪ロングの清楚系女子。学生の主催するサークルなので当然のことだが、二人とも達巳と同年代のようであった。


 一瞬、陰険な方と目が合う。陰険はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、猛禽類を思わせる目で達巳を見返すと、隣の清楚系女子に何やらヒソヒソと耳打ちして笑った。清楚系が顔を顰めて小声で言う。


「そんなこと言っちゃダメだって」


 そう言って彼女もチラリと達巳を見た。その仕草を不愉快に感じた達巳は、振り向いて噛み付くように問う。


「俺に、なんか言いたいことでもあんのか?」


「え、あ、いや……」


 驚いた様子の清楚系が、気まずそうな笑いを浮かべた。


「いや、そういうわけでは無いんですけど……」


「用は無いっすよ。ただ、田舎もんが混じってるなって思っただけ」


 陰険がニヤニヤ笑って達巳へ言った。清楚系が陰険を諌める。


「ちょっと、村上くん……」


「ほんとのこと言って何が悪い?コイツ、田舎もんだぜ。そうでしょう?俺には分かるんですからね」


 煽るように言う。達巳が言い返そうとすると、唐突に、隣の竜胆が口を挟んだ。


「田舎もんの、何が悪いとですか?」


「別に、悪かないですよ。ただウケるってだけ」


 陰険はずっとニヤニヤ笑ったまま竜胆へ挑発的な目を向けた。言い返そうと口を開いた達巳を遮るように、川澄が会話に割り込んだ。


「良いじゃん、田舎!私は憧れるな〜。私は産まれてからずっと都会の高層ビルに囲まれて生きてきたからさ、自然豊かな場所がすごく羨ましく思うよ」


 足元に落ちていた紙ゴミを拾って袋に捨てつつ、無邪気に笑う川澄。一瞬毒気を抜かれたような顔をした陰険であったが、またニヤリ笑いを戻して言葉を吐いた。


「無自覚に都会マウント取っててウケるんですけど。そういうの、田舎もんに一番効くやつっすよ」


 彼のその言葉に、達巳は顔を顰めた。奇しくもそれは、達巳が心中で呟いた一言と同義であった。この陰険男と同じ思考回路を持っているらしいことが酷く不愉快であった。まるで自分の汚い部分が実体化したような男だ。


 彼の意地悪な言葉に対し、川澄はまた純粋な笑顔で返した。


「そういうんじゃないよ。本心だし、それはお互い様じゃないかな?田舎育ちの人がさ、よく自虐風に言うじゃん「山や畑しか無い」ってさ。それって、灰色のビル街の間の、小さな公園とかで育った私からしたらめっちゃ羨ましいんだよ」


 目線を下に、落ちているものを確認しながらも、軽やかに歩く。


「人ってさ、自分に無いものを羨ましく思うんだね。そして自分の持っているものを疎ましく思ったりする。不思議だね。でもさ、だからこそ、人の持っているものを馬鹿にするのは良くないよ」


「説教のつもりですか?でも、俺は別にコイツらのことなんも馬鹿にはして無いっすよ」


 陰険は猛禽のような目で達巳と竜胆を見ながら相変わらずニヤニヤ笑って言う。


「俺はただ、事実を言っただけ。それをコイツらが勝手に悪く捉えただけで……」


「そう捉えてもおかしく無い言い方をしてたでしょ?それって結局良くないと思うな」


 川澄が優しげに、しかしはっきりと言い切った。それはまるで幼児に言い聞かせる保育士を思わせる口調であった。陰険は一瞬顔を顰めた後、小馬鹿にするような笑みをその顔に浮かべた。


「で、どうしろと?謝れとでも言うんすか?」


「二人はどう思う?」


 川澄に聞かれ、達巳と竜胆は各々本心を答えた。


「別に……謝られても」


「正味どうでも良かですね」


「じゃ、この話は終わり!」


 ぱん、と手を叩き、さっぱりとした言い方で川澄は話を締めた。そんな彼女を、しばらくの間つまらなそうな表情で見ていた陰険だったが、やがてまたニヤリと笑うと、隣の清楚系に耳打ちする。会話の全容は聞こえなかったが、一部の単語のみが達巳の耳に届いた。


「……偽善者」


「っ……おい、お前なぁ」


 また陰険へ噛みつこうとする達巳の言葉を掻き消すような大声が、前方から響いた。


「おーい!皆早く来いよ!」


 先に進み、池にかかる橋の上に立っていた水上の声だ。川澄が面白そうに笑いながら、大声で返す。


「水上くーん!行き過ぎ!こっち広いから、集中してみんなでやろ!」


「マジ⁈すぐ戻るわ!」


 水上が戻ってくるのを待ってから、川澄はそれぞれの自己紹介を提案した。


「まあ今さらかもだけどね。初めての子もいるし、せっかくだから仲良くやりたいじゃない?」


 そう言ってまずは彼女自身が口火を切った。


「私は、川澄かわずみすぎな。一応このサークルの創設メンバーかな。よろしくね」


 自身の番を終えてから、左隣にいた竜胆へと目配せする。竜胆は気怠げに息をついてから、持ち前のよく通る声で名乗った。


竜胆りんどう柚巴ゆずは。参加は今回が初めてですね。趣味は特になし。よろしく」


 そこから面々は時計回りで順番に自己紹介を続けていく。


水上みずかみ和己かずみ!上から読んでも下から読んでもミズカミカズミ!裏表の無い男!よろしく!趣味は……そうだな〜一つに絞れない!よろしくぅ!」


谷地やち達巳たつみ。趣味は別に……ねぇな」


村上むらかみ上総かずさ。つーか、なんで趣味言う流れになってんすか?誰も言わんの超ウケるんですけど」


小金井こがねいはなって言います。趣味は読書と……美味しいものを食べることかな。ボランティアとか初めてなので緊張してます。よろしくお願いします」


 それから各々道具を手に清掃活動に集中する。湖をぐるっと回る散歩道に面した、少し開けた場所であり、ベンチがいくつかあって、そこに腰掛けたり、何か食べている人もいる。それゆえか、端の方を探すとパンやおにぎり等の包装がちらほらと落ちていた。


 ベンチの下に落ちていた紙屑を拾い上げてゴミ袋に入れた後、小休止で背伸びをした達巳は、何気なく村上へと目を向けた。彼は意外にも黙々と作業に集中しており、身につけたボーダーシャツには汗が滲んでいる。


「今日、結構あったかいよね」


 いつの間にか隣に来ていた川澄が、達巳と同じ方向を見つつ言う。それから「お疲れ!」と手にしていたペットボトルの小さな麦茶を達巳へ手渡した。


「あざっす」


 言いながら達巳は、そのまま川澄を目で追う。彼女はまた二本同じ茶を持って村上と酒々井に持って行った。


「頑張ってるね〜。はい、これ飲んで!」


「あ、ありがとうございます!」


 白い肌に汗を滲ました小金井が嬉しそうに受け取った。村上は一瞬戸惑うように川澄を見てから、またニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて茶を手にする。


「どーせくれるんなら、スポドリが良かったですね」


「ちょっと村上くん!」


 小金井の非難するような声も意に返さず、村上はひひっと笑ってボトルを開けた。そんな彼らに、川澄が尋ねる。


「二人はどうして今回参加してくれたのかな?」


「それは、前からこういう活動に興味があったんです」


 そう答える小金井の横で、村上が呟く。


「かわい子ぶるな。男にモテたいからだろ?」


「村上くん!」


「結構、結構!」


 二人のやり取りを見て川澄は爽やかに笑ってから、今度は村上へと目を向ける。少し黙り込んだ後、彼は観察するような視線を川澄に返して答えた。


「なんつーか、見たら分かると思うんすけど、俺って人から嫌われやすいんすよ」


「うん、確かにそんな感じ」


 川澄に無邪気な返しに、村上は一瞬言葉を詰まらせてから苦笑いを浮かべる。


「……即答かよ。少しは否定とかしてくださいよ」


「まあまあ、あくまで一般的にはそうかもなってだけだよ。私は君みたいな子、結構好きだよ?……で、それで?」


 催促されて、村上は若干調子を崩しつつも続けた。


「とにかく、俺って嫌なやつ扱いされることが多いんすよ。まぁ、扱いっていうか実際嫌なやつなんですけど。……でも、そんな俺が奉仕活動をして、例えば誰かに感謝でもされたとする。そうしたらめちゃくちゃウケるじゃないっすか」


 段々と元の調子を取り戻し、舌が回り始める。


「『嫌なやつ』のこの俺が、真面目ちゃんや正義漢から疎まれ蔑まれるこの俺が、人を笑顔にする。俺の行動が、誰かのためになる。この俺がゴミを拾ったことで、公園が綺麗になる。堪らないじゃぁ無いですか。ただ俺の言動を非難するだけで奉仕活動なんてなんもしない偽善者よりも、俺の方がよっぽど世の役にたっている。この状態が堪らなく愉悦なんですよ」


 そう言って、抑えられないような「いひひひ」と言う笑いを口元に浮かべる村上に、流石の川澄も少し困ったような笑いを返した。


「……変わってるね〜個性的というかなんというか」


「歪んどう……」


 お茶を飲み干した竜胆が呟いた。達巳も彼女に同調し頷いた。


「でもね、どんな理由でも良いんだよ」


 川澄はそう語る。


「このサークルの参加者はみんな、それぞれの目的があって来てる。純粋に社会奉仕に興味がある人や、就活でエントリーシ―トに書くためにやる人、大学での単位のためや、友達と一緒に何かをしたいからとか、異性からモテたいから、親に言われたから、知り合いに誘われたから、特に理由はないけどなんとなくっていう人もいる。でもどんな理由でも良いんだ。そうして集まったみんなが一つの活動を通して交流して、そしてどこかの誰かのためになる。それって素晴らしいことだと思う。人助けって、意気込んでやるものじゃないよ。もっと軽いもので良いと思うんだ」


 皆、川澄の話に聞き入っていたため、少しの間作業の手が止まっていた。そのことに気づいた川澄は恥ずかしそうに笑いながら、パン、と手を叩いた。


「じゃ、続きやろっか」


 その一言をきっかけに、また一同は清掃を再開した。


 やがて時間が経ち、活動は終わる。


「見ろよ!ねえ、これ、結果は一目瞭然じゃね?俺最強じゃね?一等賞!」


 そう言ってはしゃいでいるのは水上だ。自身の集めたゴミの量を達巳や村上に自慢げに見せつける。


「おい、ゴミ袋振り回すんじゃねえよ。破けたらどうすんだ?」


「あらら、負けたか。皆から嫌われてるこの俺が一位だったら一番ウケたんですけどね」


 ニヤニヤ笑う村上を、達巳は呆れ顔で見た。


「……お前、マジで捻くれ者だな……」


「あんたに言われたくはねーっすよ」


 そう言って達巳を見返し、鼻で笑う。


「あんただって、俺のこと嫌いだろ?」


「別に。嫌っちゃいねーよ」


「ほーら、やっぱ天邪鬼だ」


 そう答えてまた「いひひ」と笑うと、半崎らと話す川澄に声をかけた。


「今日は、もう解散っすよね?」


「え?うん。そうだね、終わり!でもこの後に軽く親睦会みたいなのやりたいから、良かったら——」


「いらないっすよ。そんなの」


 ばっさりと言って、村上はその場から立ち去った。残された小金井は「村上くん!」と困ったように呼びかけてから、少し迷うような仕草を見せた後、駆け出そうとして背後にいた達巳にぶつかった。


「うおっ」


「あ、ごめんなさい!」


 そう謝ってから、小金井は村上の後を追って去って行った。


「良かったのか?」


 達巳の隣に来た沢渡が尋ねる。


「なにが?」


「いやあの二人、同じグループで掃除した仲だし、多少は親しくなったのかなと」


「ねーよ」


 達巳は顔を顰めた。水上がヘラヘラと笑う。


「達巳、なんか絡まれてたもんな〜」


 そんな会話をする三人の元へ、半崎が近づいて声をかけた。


「お疲れ!いやあ、たくさん拾ったね!一見綺麗な公園に、こんなにゴミが落ちてるなんてね」


 水上のゴミ袋にちらりと視線を向けた後、満足げに笑って続ける。


「この袋の数だけ公園が綺麗になったってことだ。皆のおかげだよ。特に水上くんはMVPだな」


「それほどでもありますよ‼︎」


 一ミリの謙遜もせず素直に喜ぶ水上。これぞ裏表のない男、そう達巳は思った。


「谷地くんもありがとうな。すぎなから聞いたよ、君の頑張りは」


「別に、大してなんもしてないんで」


 裏表のある男、谷地達巳はそう返した。川澄を「すぎな」と呼ぶ彼の馴れ馴れしさに心中引っかかりつつも、無難に会話を続ける。


「このあとなんかあるんすか?」


「うん、一応、みんなで飯でもって思ってさ。もちろん強制では無いし、何も予定とか無ければ、だけど......」


「良いっすね!」


 水上のテンションが上がった。社交的な馬鹿は良いよな、気楽で、と達巳は思う。体を動かした後で面倒くさい気持ちであったが、ここで断ったら村上と同じになってしまいそうで、それは癪だったため、仕方なく参加することとする。


「でもちょっと時間が中途半端かな……」


 そう言って腕時計を見る半崎に、川澄が提案した。


「せっかくだし、この公園でちょっと時間潰してから行こうよ」


 敷地面積が広く遊ぶ場所も多いこの場所は、まさに最適と言う川澄の意見に、一同は賛同した。


「俺、ボート乗りたいっす!」


 水上が元気良く言った。清掃活動の途中も、チラチラと水辺を羨ましそうに見ていたのを、達巳は気づいていた。


「良いね。でも……」


 川澄が若干言い淀んで、ちらりと横目に竜胆を見る。竜胆は肩をすくめて言った。


「あたしはここでアイスでも食べとりますから」


「そう?じゃあ、私も……」


「俺もここで待ってますよ」


 川澄の言葉を遮る形で、達巳は言った。


「俺、船とか苦手なんで」


「そうなの?やっちんくんも泳げないとか?」


 不思議そうに見つめる川澄。達巳は目を逸らした。水面に映りたくないから、とは言えないので適当に誤魔化す。


「……まあ、そんなとこです。気にせずに乗ってきてくださいよ」


「……ありがとう。他に、ボート無理って人はいるかな?」


 特にはいなかったので、一同はそのまま貸しボートの受付へと向かって行った。残された達巳と竜胆はしばらく無言でその場に立っていたが、やがて竜胆は何も言わずにどこかへ行ってしまった。



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