『Letter』 コラムニストSの考察 【ハーフ&ハーフ4参加作品】

涼月

第一通目 異世界転生病

【お題】 部下の高野君から青木部長へ


青木部長


 拝啓


 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。突然のお手紙にて驚かれたことと思いますが、なにとぞご容赦ください。


 まずはこの度の無断欠勤と、返信が遅くなりましたこと、決算前の多忙な時期、なにより部長には大変なご迷惑をおかけしたこと、心より深くお詫び申し上げます。


 私の携帯電話に部長よりおびただしい着信があったことはもちろん承知しておりました。それに対して返信できなかったことは故意ではなく、ひとえに私のおかれている環境のせいです。


 信じられないかもしれませんが、私は今『異世界』というところに来ております。


 その日の夜、十日以上続いた深夜残業で終電を逃した私は、徒歩にて帰途についておりました。その途中、車道の真ん中で震えている子猫を見つけたのです。私はかつて猫と暮らしていたこともあり、どうしても見て見ぬふりはできませんでした。そしてその子猫を助けようとしたところを、トラックにはねられたようなのです。


 気づいたときには『異世界』にきておりました。そこは現代日本とはまるで違う、中世ヨーロッパのような世界です。


 剣と魔法の織り成す世界に、最初こそ戸惑いましたが、私には趣味のゲーム知識がありました。今では仲間も増え、魔王討伐に欠かせないメンバーの一人として、せわしなくも充実した日々を送っております。


 いつそちらの世界に戻れるのか分からないので、もうしばらくこちらの世界で頑張ってみようと思います。


 部長には大変お世話になりましたが、私の現状をご理解いただければ幸いです。無事に暮らしておりますので、これ以上の心配も御連絡も無用と存じます。


 またまことに勝手ながら、このまま会社にご迷惑をおかけするのも心苦しく、私のことは気にせず退職の手続きを進めてください。


 最後になりますが、部長と会社のますますのご発展を祈念し、お別れの御挨拶とさせていただきます。


              敬具


              高野 豊



💐【解答】返書 青木部長から高野君へ


高野 豊殿


 仔細了解しました。

 どうやら君も、近年猛威をふるい出した『異世界転生病』にかかってしまったようですね。この病は入社間もない頃にかかりやすく、ワクチンも有効な薬もまだ開発されていません。

 会社指定伝染病の対象になっていますので、五日間の出勤停止になります。ゆっくり養生してください。予後は良好ですが、稀に重症化する場合もありますので、くれぐれも無理をしないように。

 免疫が付きづらく、二回、三回と罹患する可能性もあります。かくいう私も既に二回かかっていますが、歳を重ねると発症しづらくなりますので心配しなくて大丈夫です。

 退職の話は無かったことに。これもこの病の特徴の一つということはわかっていますので安心して養生してください。

 それでは、お大事に。


         営業第一部 青木 亮介



💐★コラムニストSの考察


 これは西暦20X0年頃のある企業内の若手社員と上司のやり取りです。

『社畜』 『ブラック企業』等の言葉が流行語大賞に選ばれる一方で、社会の根底には『働かざる者食うべからず』という考え方が根強く残っていた頃です。

 また、飛躍的なテクノロジーの進化により、世界は狭くなり、物事の最速化を求められるようになったため、『早く速く、もっと多くの付加価値を』と言う強迫観念に苛まれ、膨大な仕事と向き合い続けなければならない弊害も生まれていました。


 この手紙の二人も、心の奥底では人生の大半が労働時間に費やされている現実の異常さに気づきながらも、それを批判的に指摘したり、残業放棄を声高に叫ぶことは避けています。何故なら『怠け者』『出来ない奴』と世間からみなされる危険性があるからです。


 病と労働時間の因果関係に気づきつつも、根本解決ではなく対処療法しか用意していない企業側の闇深さも伝わってくる内容でした。

 

『異世界転生病』

 それは、『こんな人生クソ喰らえ』と叫べない鬱屈感から逃れるために、人類が細胞レベルで自衛的に捻り出した『生き延びるための病』だったのかもしれません。


          S

 

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