第5話 卒業試験

 ヤミがトリの弟子に加わって2年が経ち、2人共修行の最終段階に入る。その卒業試験とは、魔女関係で困っている人を助けると言うもの。具体的には、魔法少女組合に持ち込まれる依頼を1人でこなすと言うものだ。


 2人共、この組合の仕事自体はそれまでにもシエラのサポート付きで何度か行っている。と、言う訳で、アサヒもヤミもどう言う感じなのか感覚は掴んでいて、だからこそ2人共余裕の表情で試験当日の朝を迎えていた。


「では、気をつけて行ってくるホ」

「ああ」

「任しといて」


 魔法少女組合の事務所に着くと、ちょうど同時期に各魔法生物からの卒業試験を迎えた魔法少女の卵達で賑わっていた。修行を開始した期間はバラバラなのに、卒業の時期だけは不思議と重なるのだとか。

 アサヒ達もすぐに組合に届けられた依頼とにらめっこ。美味しい依頼はすぐに取られてしまうため、ここではスピードが勝負となる。ここからはアサヒとヤミは別行動だ。


「俺の方が先に依頼をクリアすっかんな!」

「私より弱い癖に?」

「うっせ!」


 そう、結局アサヒとヤミの実力差はこの日になっても埋まっていなかった。ナチュラルにマウントを取られながら、彼は自分に出来そうな依頼を発見、すぐに受け付けに持っていく。


「えっと、いいですか?」

「魔獣退治ですね。承認しました。ではよろしくお願いします」


 こうして仕事の決まったアサヒは組合事務所から出ていった。仕事内容は、魔女が作った魔獣の退治。この魔獣が街で暴れて迷惑しているので駆除して欲しいと言うものだ。


 現地に飛んだ彼は依頼主の市長から具体的な話を聞く。街を荒らす魔獣は、中型犬くらいの大きさで初級の攻撃魔法一発で倒せるほど弱い。ただし、その数が多いため完全駆除が難しいのだとか。


「やってくれるかい?」

「お任せを!」


 こうしてアサヒの卒業試験は始まった。クリア条件は魔獣の完全駆除。すぐに目につく魔獣を倒すのは簡単だったものの、隠れている魔獣を見つけるのに手を焼いてしまう。倒したと思ったら別の場所に出現するので、気の休まる暇がなかった。


「よう、お疲れさん」

「あ、どうも」

「アイツらキリないだろ。どこかに親がいて、そいつが増やしてるらしいぜ」

「マジですか」


 駆除中に街の人から話しかけられ、彼は手を止める。


「その親はこの街にいるんですか?」

「いや、ここにはいないな。噂によると、この向こうの森のどこかにいるらしい。魔法が使えるやつじゃないと入れないおっかない森だよ」

「有難うございます。行ってみます」


 有益な情報を得たアサヒはすぐにその森に向かう。行ってみると、話の通りに瘴気の漂ういかにも何かありそうな森だった。よく見ると、街で悪さをする魔獣の姿も確認出来る。どうやら、この森から魔獣が各地に拡散しているのは間違いないようだ。


「まるで植物が種を拡散しているみたいだ……」


 森に入ったアサヒはすぐに気配を探る。すると、小さな魔獣達の群れの向こうに、大きな荒ぶる魔法の気配を感じた。きっとそれがこの魔獣たちの親だと感じ取った彼は、すぐにその場所へと向かう。

 段々近付いたところで、攻撃魔法の炸裂する音が聞こえてきた。どうやら先客がいたらしい。


「精霊魔法! ふう大車輪!」

「ウグオオオ!」


 それは、アサヒも聞き覚えのある声。そう、先に来て魔獣と戦っていたのはヤミだったのだ。既に彼女はこの大魔獣を倒しかけていた。

 ヤミの攻撃で大魔獣が虫の息になっているのを確認したアサヒは、タイミングを見計らって茂みから飛び出す。


「止めは俺に任せろ! 精霊魔法! 爆炎球!」

「ウグ……オォ……」


 彼の魔法は見事に大魔獣に直撃。それが致命傷になり、大魔獣は倒れた。これで街に戻って残りの魔獣を倒せば依頼は完了となる。

 ただ、面白くないのはギリギリまで魔獣にダメージを与えていた魔法少女だ。


「後一歩だったのに! 勝手に手柄を横取りとか最低!」

「へへーん。俺のためにありがとな」

「信じらんない!」

「おやおや、よくも私の子供をやってくれたね」


 アサヒがヤミと喧嘩をしていると、大魔獣の消滅を察知した魔女が現れた。そのイレギュラーな事態に、つかみ合っていた2人の動きがピタリと止まる。

 魔女は着いて早々ヤミに目をつけ、グニャリとその顔を歪ませた。


「あら。あんた、こっち側じゃないの。ふうん、いい事考えた」


 魔女は、ヤミが元々魔女側の魔法少女だと言う事を一瞬で見抜いたのだ。その上で彼女に向かって魔法をかける。その効果はすぐに現れ、ヤミの瞳が暗く沈んでいった。


「くくく、やっちまいな」

「はい、マスター……」

「え? 嘘だろ?」


 呆気なく魔女に操られた彼女は、アサヒに向かって攻撃を仕掛ける。妹弟子に本気になれないアサヒは、彼女の風魔法で致命傷を負ってしまうのだった。



「あれ? ここは?」


 次に彼が目を覚ました時、目に映ったのは見慣れた天井。アサヒは一体何が起こってしまったのかすぐには分からず、しばらく呆然としてしまう。


「お、起きたね」

「せ、先輩? もしかして先輩が?」

「もっと早くに行ければ良かったんだけど……」


 倒れた彼を助けたのはシエラだった。彼女は検査官として2人の様子を見守っていたのだ。ギリギリまで見守っていたところで無数の魔獣に襲われてしまい、助けに入るのが遅くなってしまったらしい。


「じゃ、ヤミを取り戻しに行こっか」

「え、でも……」


 アサヒは先輩の呼びかけにすぐに答えられない。本気になれずに倒された事が尾を引いていたのだ。自信をなくしてうつむいた後輩を見たシエラは、彼に小さな飾り付きの宝石を手渡した。


「これは?」

「お守り。きっと守ってくれるから。元気出して」


 先輩からの優しい気遣いに勇気をもらったアサヒは、ベッドから起き上がると早速行動を開始する。すぐに家を出ようとしたら、部屋を出たところでトリに捕まった。


「ヤミがまた闇に染まったホね。それを解く魔法を教えるホ。着いてくるホ」


 こうして師匠から洗脳を解く魔法を教えてもらい、アサヒはシエラと供に魔女の住処へ。今回も先輩がその場所を知っていたので、彼も信頼してついていった。


「あの魔女はアコスって言うの。魔獣使いね」

「色々知ってますね」

「昔私がシメたんだけど、また悪さを始めるなんて……。今度は許さい」


 そう話す先輩の顔が狂気に満ちていたため、アサヒはそれ以上何も言えなかった。魔女の家は同じ森の中にあり、絵本にも出てきそうなファンシーな作りをしている。シエラは玄関のドアを勢いよく蹴破り、ずんずんと奥へ奥へと歩いていった。その一番奥の部屋に、件の魔女とヤミはいた。

 救助対象が目に入ったところで、アサヒが声を荒げる。


「ヤミを返せ!」

「はん、嫌だねぇ。この子を起点に仲間を増やすんだ。花の種が拡散するようにね!」


 アコスは自分の野望を自信たっぷりに宣言すると、いかにも魔女っぽい木の杖を侵入者に向かって構えた。

 やる気満々の魔女に対して、傍らにいるヤミはどこか心ここにあらずのような雰囲気だ。そんな彼女を目にしたシエラは、アサヒにそっと耳打ちする。


「あの様子だとまだ洗脳は完全じゃないよ。ヤミの方は任せた」

「え? あ、はい……」


 要件を伝え終わったところで先輩魔法少女はステッキを具現化、すぐに魔女との戦闘に突入した。


「アコス、私の大事な妹弟子に何してくれちゃってるの! もう許さないからね!」

「ヤミ、アイツを倒しな!」

「させない!」


 魔女がヤミを使役しようとしたところで、そこにアサヒが割って入る。こうして、シエラ対アコス、アサヒ対ヤミの二組の戦いが同時展開する事になった。


「シエラァ~! 私の魔獣に食い殺されな! グフォス!」


 アコスの杖から出た無数の見えない魔獣がシエラを襲う。それを彼女はステッキで軽くいなすと、即座に光の矢を打ち出した。魔女もそれを紙一重で回避。実力は拮抗しているようで、戦いは簡単に終わりそうになかった。


 アサヒもヤミと向かい合うものの、同じ師に教えられただけあって、戦闘力の差が素直に戦況にリンクしてしまっていた。そう、ヤミの方が優勢だったのだ。元々の実力差に加え、洗脳されている事でさらに躊躇なくアサヒに攻撃魔法が迫る。


 彼の方も何とか避けるものの、洗脳解除魔法をかけなければならないため、どうしてもそれが足かせになってしまう。

 次々に彼女の攻撃魔法を避け続けていた彼は、回避の途中でつまづいて転んでしまった。その隙を狙ってヤミが急接近。


「死ねえ!」

「死なねえ! アークライト!」


 手を伸ばせば届く程に近付いた事で、今がチャンスだとアサヒは解除魔法を発動。この魔法の直撃を受けたヤミは動きを止める。

 次の瞬間、彼女の中に宿っていた魔女の因子が破裂してヤミは浄化された。


「あ、あれ? ここは?」

「や、やった……」


 ひと仕事を終えたアサヒはその場に倒れ込む。今までのダメージで体が動かなくなってしまったのだ。

 正気に戻ったヤミはと言うと、アコスと戦闘中のシエラの方に意識が向いていた。


「おねーさま、あぶなーい!」


 憧れの先輩魔法少女のピンチに、彼女は拘束魔法を発動。不意打ちのその魔法が直撃し、アコスは身動きが取れなくなった。


「な、何が起こったの?」

「隙ありーっ!」


 そのチャンスにシエラの暗殺魔法が魔女を貫通。断末魔の咆哮を上げてアコスは消滅した。ヤミはすぐに先輩のもとに向かい、景気良くハイタッチ。騒ぎの元凶もこうして退治され、一件落着となったのだった。



 その後、2人はそれぞれの依頼を無事にこなし、トリによって卒業試験の終了認定書を授与される。


「2人共、おめでとうホ」

「それはいいんだけど。師匠、ヤミと2人で一人前って……」

「それが条件ホ。嫌なら修行のやり直しホ」


 そう、2人はコンビで一人前と認定されたのだ。ヤミからは特に不満も出ず、こうして魔法少年と魔法少女のコンビが生まれたのだった。

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