第15話 お仕事その5魔導士(2)



 ミーモが震えながら言った。


「スタンピード? もしかして昼間の調査って……」


 俺はミーモをじっと見ながら言った。


「昼間の調査で、魔石の硬度がわずかに高くなっていることがわかって……もしかしたら、スタンピードの前触れかもれないと……」


 ミーモはゴクリと息を飲みながら言った。


「それって……カトリアールパリークラール・フィエバルナラール・クレア様が言ったの?」


 魔導士のミーモもやはりクレアの存在は知っていたようだった。

 俺はゆっくりと頷くことでミーモの問いに答えた。その瞬間、俺はミーモに腕を引かれた。


「ヒューゴ、ちょっと来て……」

「え?」


 俺はミーモに腕を絡められて、ミーモの身体の柔らかさと、目のやり場のない服に困惑しながらもミーナに連れられたのだった。




 ミーモは宿に入り、一番奥の部屋の扉をノックした。


「……どうした?」


 しばらくすると扉が開いて冒険者パーティー『黒猫』のリーダーゲオルグが出て来た。ミーモがゲオルグに小さな声で言った。


「大切な話があるの。みんなを集めるわ」


 ミーモの様子にゲオルグが「わかった」と言って頷いた。


「ヒューゴは悪いけれど、ここで待ってて。私はみんなを集めて来るから」

 

 そう言って、ミーモがゲオルグの部屋を出て行った。俺がゲオルグを見ると、ゲオルグが俺を部屋に招き入れてくれた。 この部屋はかなり狭いので俺とゲオルグはベッドに座ってミーナ達を待つことにした。

 ゲオルグが俺を見ながら困ったように言った。


「あまりいい話ではなさそうだ」


 ゲオルグは真剣な顔で俺を見ながら言った。


「昼間のダンジョンでの話、本気だ。俺は、ヒューゴを『黒猫』の魔導士と招きたいと思っている。正直、ランキングを上げ過ぎた……舞い込む必須の依頼の難易度が上がって……最近ではかなり依頼をこなすのが厄介になってきている。現状では手詰まりなので我々は今、このダンジョンでレベル上げをしているんだ。頼む、ヒューゴ。『黒猫』に入って、その強化魔法で俺たちを助けてくれないか?」


 ランニング上位の冒険者には、国や冒険者ギルドから年に数回絶対に断ることができない必須の依頼が入ると聞いている。俺のような日陰魔導士には想像もできない依頼が入るのだろう。


 魔導士として『黒猫』の魔導士になるのだかなりの大出世だ。きっとみんなに羨ましいと言われるだろう。


 だが……。

 

 俺の脳裏には、ハルやクレアの顔が浮かんだ。

 するとゲオルグに両手を取られると顔がくっつきそうなほど顔を近づけられた。


「ヒューゴ……頼む……」

「待って……」


 押し倒されそうになって、俺が肘をベッドにつきそうになっていた時、扉が開いて『黒猫』のメンバーが入って来た。一番先に入って来た大剣のダンと目は合うと、ダンが「邪魔をした」と言って扉を閉めた。

 するとゲオルグが大きく息を吐くと俺の手を離し、手を差し出した。


「悪かった。だが、俺はヒューゴをあきらめるつもりはない。考えておいてくれ」


 そう言って俺をベッドから立たせると、扉を開け『黒猫』のメンバーに向かって言った。


「行くぞ」


 部屋で唖然としていると、右手をルキアに繋がれ、ミーモは俺の腕に腕を絡ませてきた。


「行きましょう?」

「行こう?」


 俺は『黒猫』のメンバーと共に、外の休憩スペースに出た。ここは普段は食事をしたりお酒を飲んだりする冒険者パーティーでにぎわっているが、今日は雨が降っているので誰もいない。

 ルキアが水魔法を使うと、テーブルとイス周辺に氷の洞窟が出現した。そして、ミーモが風魔法で濡れていた椅子を乾かした。

 どうやらミーモは魔導士の憧れ、属性魔法を二つも使えるようだった。


「話とはなんです?」


 ハリーが椅子に座ると、みんなも椅子に座った。

 雨の中、野外にでようとするのでなにごとかと思ったが、さすが高位冒険者の会合は違う。おそらく氷の壁で外部に声が漏れないという効果もあるのだろう。ちなみに宿の壁はかなり薄いので会話は筒抜けだ。


「早速だけど、ヒューゴ。さっきの話は本当なの? このダンジョンにスタンピードの可能性があるって……」


 ミーモが俺を腕に腕を絡めて逃がさないと言った様子で尋ねた。


「スタンピード?!」

「なんだって?」


 ダンとハリーが大きな声を上げた。ゲオルグは前に座って俺を見据えるように言った。


「スタンピードを予測など聞いたことがないな……どういうことだ?」


 ゲオルグの言葉に、俺はクレアから聞いたことを答えた。


「クレアの鑑定で、ここ三ヶ月の魔石の硬度が高くなっていることがわかった。つまりこれは、ダンジョン内の魔素が濃くなっている可能性があるってことなんだ」


 俺の説明だけで『黒猫』は事態の深刻さを気づいたようだった。


「スタンピード……」

 

 俺はみんなを見ながら言った。


「早くここから逃げた方がいい!!」


 俺の言葉を聞いた『黒猫』のメンバーが顔を青くして固まっていた。そして、ハリーが口を開いた。


「このダンジョンは王都に近い……もしスタンピードが起これば……我々は、確実に呼ばれますね……」


 そうか……冒険者パーティー『黒猫』はランキング上位の冒険者。ランキング上位だと国やギルドから優遇されたり、報酬が高かったり、名声など……様々な光がある。だが、それはもしスタンピードなどが起これば、前線に出ることを命じられるということでもあった。

 俺は魔導士としてしか知らないが、冒険者は前線に出されるのだ。


「そうか……何も知らずにダンジョンにいてスタンピードに遭遇していたら命はなかっただろうな……ハルやヒューゴには感謝しかない」


 ダンが俺を見ながら言った。


「どうする? レベル上げの場所を変える? スタンピードが来るなら限界までレベルを上げたいわ」


 ミーモがゲオルグも頷いた。


「そうだな……ダンジョンを変えるか……」


 みんながスタンピードが来ると聞いて沈んでいると、外から明るい声が聞こえた。


「うわ~~~氷のかまくら?! 何これ~~センスいい~~最高!! テンションあがる~~~♪ 誰かいるのかな~~」


 そしてハルが顔をのぞかせた。


「うわ!! 『黒猫』さんじゃん。雨の日に、みんなで氷のかまくらなんて風流でいいね~~。あ、この辺りでヒューゴ、見なかった?」


 俺は呼ばれてルキアの横から顔を出した。


「え~~~ルキア様と、ミーモ様に挟まれて、かまくら鑑賞とかエロい~~じゃなくて……ヒューゴ、いいこと思いついたから手伝ってよ」

「え?」


 俺は驚いた後に隣のミーモと、ルキアに向かって言った。


「ごめん、俺もう行かなきゃ」


 そう言って二人から離れて、ハルの側に行った。


「ハル!! スタンピードが来るのだろう? お前たちはどうするつもりだ?!」


 ゲオルグの言葉に、ハルは普段通りに答えた。


「ああ。もう知ってたんだ。スタンピードを抑えようと思っているよ」

「は?」

「え?」


 『黒猫』のメンバーが唖然としてハルを見ていたが、ハルは俺を見て言った。


「ヒューゴ、早く!! これ、かなり画期的だから!! ナイス俺って叫びたくなるから、すぐに来て!!」

「ああ」


 こうして俺はハルに連れられて、唖然とする『黒猫』のメンバーを置いて氷の洞窟を出たのだった。

 

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