碌の塔

ゆか太郎

丸い鏡と四角い鏡

「まだ、起きてる?」

隣に感じる体温に、静かな声で話しかける。

「どうしたの?眠れない?」

案の定、隣から同じような静かな声が返ってくる。灯火を落とした部屋の中、狭いベッドに二人詰めて並んでいる。声のする方を向かずとも、どんな顔をしているかは想像がついた。

「眠れないわけじゃないけど、寝たくない」

私がそう呟くと、どうして?と声がした。

「寝たら明日が来ちゃうから」

なんとなく声に出すと恥ずかしくて、少しじる上げた布団で顔を隠した。そうした後で、すでに自分の手すら見えない暗闇でこんなことをしても無駄だと気づいて、さらに顔を覆いたくなった。

「でも、寝なくたって明日はくるよ。それに、」

そう声がして、布団の中で手と手が触れた。

「寝ないと夢は見れないでしょ?」

触れた手からじんわりと体温が伝わってくる。お互い冷たいわけではないのに、段々と温もりが指先から体の中心に侵食していく感覚。硬くて狭いベッドの上でも、狭くて薄い布団の中でも、互いの熱を強く感じる。その熱はやがて、私に微睡をもたらしていく。

「幸せな夢、見たいね」

私に言い聞かせるように囁くその声に、ぼんやりと返す。

「起きてても覚えているくらい、幸せな夢がいいな」

どうせ夢を見るのなら、とびきりに幸せで楽しい夢がいい。そして起きてもその夢を覚えていられたら、きっとその記憶で幸せになれるだろう。でも本当は、夢の中でもあなたが隣にいてくれるだけでいいと思っている。どんなに辛くて悲しい日々でも、あなたがいるこの毎日は幸せなのだから。

まだ見ぬ夢に思いを馳せながら、熱の奥に沈んでいく。閉じた瞼にぼんやりと映っていた光が、段々と遠ざかっていった。


「ほら、起きて、朝だよ〜遅刻するよ」

誰かに揺さぶられる振動でゆっくりと目が覚める。瞼を開けばベッドの端に腰掛けた彼女が私の肩を掴んでいた。

「まだ寝ぼけてる?」

その声にゆっくりと首を振って返事をする。本当はまだ少し眠いが、残念なことに時間的に起きなければ仕事に間に合わないのだ。

「なら良し。朝ごはんできてるよ」

彼女は起きるのが早い。寝起きの悪い私と違って、毎朝早起きして朝食の準備をしてくれている。流石に申し訳ないので、代わりに夕食は私の担当だ。

「あ、そういえば」

部屋の扉に手をかけたまま、彼女は振り向いた。

「さっき、寝言すごかったよ。よく聞き取れなかったけど、まるで誰かとお話ししてるみたいだった」

そう言って笑いながら、彼女は部屋を出ていく。寝ている間のことなのでもちろん自覚はないが、彼女が言うならそうなのだろう。

夢の中でも何か喋っていたのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながらベッドから這い出る。一人分のベッドには、私の分の温もりしかない。いつも通りのはずなのにそれが少し寂しくて、そそくさと自分の部屋から出た。

これからご飯を食べて、仕事に行かなければならない。それが毎日の生活。どれだけ眠くても、憂鬱でも、そうに決まっているからそうしなければならないのだ。


でも、そんな生活ゆめも幸せだと思える。

夢の中げんじつでも、あなたが隣にいるのだから。

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