第35話 帰らずの森
言うだけ言ってさっさと店から出ようとするわたしの背中に向かって、署長が慌てた様子で声をかけてきた。
「待った、待った。俺にも準備が必要だ。三十分で済ませるからここで少し待っててくれないか!」
「なんで署長さんの準備がいるのよ。まさか付いてくる気? オジサンの出番なんかないから大人しく留守番していなさい」
「しかしお嬢さん、敵は強大だ。吸血鬼に人狼に魔女。一人一人がちょっとした軍隊レベルの力を持っている上に、
「かえって邪魔よ。一人の方が動きやすいわ」
「しかし……」
カランコローン!
「んじゃ、オレが同行するぜ」
「あんた、あのときのイケメン?」
「ユートじゃないか。お前、無事だったのか!」
「あぁ、ちょっと凍傷を負ったがもう治っちまったよ。お嬢さん、オレは冒険者のユート=アルムスターだ。最初の大失踪事件のとき、連れが
ユートが右手の親指を立て、ポーズを決めた。
多分そこら辺の頭の軽そうなお姉ちゃんなら黄色い悲鳴を上げるだろうが、目の肥えたわたしにはよくいるチャラいお兄ちゃんにしか見えない。イケメンではあるが。
だが、わたしはちょっと考えて了承した。
気になることがあったからだ。
「ついてきてもいいけど、わたしの指示にはちゃんと従ってね」
「了解! 署長、オレに任せときな! 行ってくる!!」
実働はほぼわたしのはずなのになぜか張り切っている。でもまぁいいわ、いざってときは、肉の盾になってもらうから。
こうしてわたしは、冒険者ユートと共に吸血鬼のアジトに向かうことになったのであった。
◇◆◇◆◇
ここから数時間、わたしはパルフェに、ユートは葦毛の馬に乗っての行軍となった。
その間、ユートのまぁしゃべることしゃべること。
十秒黙ったら死ぬんじゃないかってくらいの勢いで、ずっとしゃべり続けていた。
アルも最初こそミーティアの背中でふんぞり返って話を聞いていたが、あっという間に飽きて引っ込んだ。
「オレの相方……というか妹なんだが、イルマは僧侶なんだ。頭がいいからさ。対して、オレは頭があんまりよくない代わりに運動神経だけは良くってさ。だから剣士やってんだ」
「あんた幾つ?」
「二十三」
「妹さんは?」
「十六」
「あら、わたしと同い年だわ。なんでそんな歳で冒険者なんてやってるのよ」
ユートが馬に乗りながら空を見上げた。
夕焼けで、空はすでに赤く染まりつつある。
これから先は貴族――吸血鬼の時間だ。本来であれば絶対避ける時間帯だが、相手がまさに吸血鬼で、そのアジトが目的地である以上、夜だろうが気にせず突っ込むしかない。
「オレの出身はジパルグなんだ。ジパルグ、知ってる?」
「東の島国だってことぐらいは。あんたそんな遠いところの出なのね」
「イルマは寄宿舎つきの神学校に入っていたんだが、イルマが十四歳、オレが二十一歳のときに親が流行り病で相次いで亡くなってさ。二人っきりになっちまった。そのときオレはすでに冒険者をやっていたんだが、葬儀の席で久々に会ったイルマに連れてってくれって頼まれたんだ」
「まぁ、あんたみたいな無謀なタイプ、一人にしたら危ないもんね。その歳でお兄さんまで失うのは怖かったでしょうし」
「オレには先祖代々受け継いできた凄い
足だけで馬を操作しながら、ユートは首から提げたネックレスを無造作に外してわたしに見せた。
瞬時にそれを奪い取る。
「ちょ! おいエリン! あげないぞ、家宝なんだから!!」
「ちょっと調べたいだけよ。ってーか、呼び捨てにするな。馴れ馴れしいぞ、ユート!」
「自分だって一回りも二回りも年上のオレを呼び捨てじゃないか、まったく!」
馬上でプリプリするユートを放っておいて、わたしは護符をまじまじと見た。
やっぱり興味があったようで、アルが再び姿を現す。
「……これ、どこで手に入れた?」
「あー、聞いたところによるとうちのご先祖さまが作ったものらしい。災いを跳ね除けてくれるってな。代々党首が受け継いできたのが、親父が死んでオレに回ってきたってだけさ。それがどうかしたか?」
ミーティアの背に乗って一緒に護符を見ていた白猫のアルと無言で目を合わせる。
言いたいことは分かってるよ、アル。この生体反応は嫌ってほど覚えがある。
「そのご先祖さま、地元の人? それともどこか別の土地から来た人?」
「変なことを気にするんだな。うん、旅人だったって聞いた気がする。確か五百年前、アルムスター家の娘が村の近くで行き倒れていた金髪イケメンを助けたんだと。そこで恋仲になって婿に入ったらしいんだが、一人息子を生んだのと引き換えに奥さんが命を落としたらしいんだな」
「……それで?」
「それっきり。滞在期間はせいぜい二年ってとこで、赤子用にこの護符を残して姿を消したらしい。幸いにも祖父母が存命だったお陰で息子はすくすく育ったってんだが、生まれてすぐの赤子を捨てて出ていくなんざ人間じゃねぇわな。ただ、この護符は良く効いたらしい。以来、うちの家宝になったって寸法さ。……こんな話、何かの参考になるのか?」
わたしはまじまじと護符を見た。
ずいぶんと面白い術式をしている。
「これは人の意思に反応する護符よ。悪意を持った魔法は通さないけれど、善意で放たれた魔法はスルーしてくれる。攻撃魔法は弾くけど回復魔法は通すって感じでね。ずいぶんと都合のいい護符よ。あんたが氷像にならなかったのはこれのお陰。ご先祖さまに感謝するのね」
「へぇ。ガセかと思っていたが、一応効果はあったんだな」
ネックレスを返すと、ユートは丁寧に首にかけた。
わたしという魔法専門家の解説を聞いて値打ち物だとでも思ったのかもしれない。
取り出すときと打って変わって、うやうやしく扱っている。
「……いいのか? エリン」
アルがわたしを見る。
わたしはそんなアルに軽くうなずいてみせた。
「いいも何も、ご先祖はご先祖、ユートはユートでしょ? それでこの話はおしまいよ。それよりアル、気づいてる?」
「もちろん。むしろボクは、エリンが話に夢中で気づいていないと思っていたよ。感心感心」
わたしはミーティアから降りると、周囲を見回した。
道の左右を針葉樹の森が延々と続いている。
前後は代わり映えのしない、ひたすら真っ直ぐな道だ。
結構な距離を来たはずだが、景色は変わらず、どこにも行き着く様子がない。
一緒にミーティアから降りて近辺を調べていたアルが振り返った。
「完全に閉じ込められたな。ループ用の空間壁があるのは分かるが、滑らかすぎて継ぎ目がさっぱり分からない。こりゃ相当前から準備していたんだな。これを破るとなると、かなり時間をくうぞ」
「いずれわたしが来ることを予期して、数年がかりで準備したんでしょうね。スイッチを入れたときのあの女の顔が目に浮かぶわ」
そこへ、何も知らないユートが馬から降りて近寄ってきた。
この男は今、自分たちが閉じ込められていることさえ気づいていないだろう。
「なぁ、こんなところでパルフェから降りてどうしたんだ? トイレか?」
「殴るわよ!」
言いつつわたしは、ユートの腹に結構な威力のパンチをお見舞いしたのであった。
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