第6話 オークション

 カジノビルに着いたわたしたちが裏口に回ると、そこには流星マークのバッヂを付けた集団が多数待ち構えていた。

 案の定、皆、不貞腐ふてくされた顔でタバコを吸っている。


 アーサーは馬からわたしを降ろすと、いかにも自分がとららえたかのように、わたしの手首を縛ったロープを引っ張った。


「例の女を捕まえた。このまま会場に連れて行く」

「お手柄だったな、アーサー。行く前にちょっと見せてくれよ、極上品ってやつのつらを」


 皆、意外と興味深々だったようで、わたしはあっという間に保安官に囲まれ、乱暴にベールをはぎ取られた。

 ところが、そこに現れた超絶美少女を見て保安官たちが息を飲む。

 沈黙の中、わたしは彼らの前で声を震わせ、涙を一筋流してみせた。 


「どうしてこんな酷いことをするんですか!? わたしはただ旅をしていただけだったというのに!」


 天は二物を与えずと言うが、百万人に一人の美少女たるわたしは別枠だ。

 あらゆる方面に対し溢れんばかりの才を持つわたしにとって、お芝居など児戯じぎに等しい。


 美少女の涙をの当たりにした保安官たちは、罪悪感に耐えられずに一斉に目をそらした。


「あ、いや、その……」

「そりゃそうなんだが……うん……」

「だよな、分かっちゃいるんだ俺たちも……」


 わたしは手首を縛るロープをそっと引っ張った。

 意図を悟ったアーサーが微かにうなずく。


「さぁ、道を開けてくれ。目玉商品だってのにオークションに間に合わなくなる」

「お嬢ちゃん、ごめんな……」

「せめていいお客がつくことを祈ってる……」

「達者でな……」


 罪悪感でひどく落ち込んでしまった保安官たちを後にし、裏のロビーに入ったわたしとアーサーは、そこに幾つも浮いている石板の一つに乗った。

 石板が音も立てずに上昇をし始める。


「当時まだ地上には浮遊板なんて無かったのに、まさに隔世かくせいの感ね。確かに五百年という年月を感じるわ。まるでリーブル=ファン=ダムになった気分よ」

「リーブル=ファン=ダム? 迷宮を出たら千年経っていたっていうおとぎ話の主人公のことかい? 君は面白いことを言うんだな」

「冗談だったらどれだけ良かったことか……」


 ホテルはガラス張りなので、夜景がバッチリ見える。

 わたしは外の景色を眺めながら、過ぎ去った年月を思い、そっとため息をついた。


 ◇◆◇◆◇  

 

「エリンちゃん!」

「アデーレさん! ブリギッテさんもコルネリアさんも! 無事で良かった!」


 ステージ横の別室で再会したわたしたちは、安堵のため息をつきながら抱き合った。

 部屋には他にも二十人近い若い女性たちが集められている。


 女性たちは全員もれなく革の首輪を装着させられているが、アデーレ含めて何名か、首輪に小さな木板が付いている者がいる。

 よく見ると、木板には何やら文字が書いてあるようだ。

 わたしの視線に気付いたようで、アデーレが教えてくれた。


「これね、鑑札かんさつなの。落札者の印が入っているのよ」

「何てことを……」


 人を牛馬か奴隷のように扱う様に、怒りが込み上げる。


「私たちは揃って夜の店に買われたの。頑張れば二十年で年期が明けるらしいから、何とか耐えてみせるわ」


 気丈に微笑んでみせるも、これから待ち受ける運命を想像したか、三人の頬を涙が伝う。


「エリンさん、そろそろスタンバイの時間だ。行こう」


 ちょうど呼びにきたアーサーにうなずくと、わたしは再度、アデーレたちの方に振り返った。


「絶対に助けてあげますから、もうちょっとだけ我慢して下さい」


 それだけ言うと、わたしは黒いレースのベールを被り、アーサーに連れられて別室を出た。

 ベールがあって今日ほどありがたいと思ったことはない。お陰で怒りを隠せる。


 緞帳どんちょうの陰から客席を覗き込むと、目玉品の出番を前に休憩に入っていたようで、客席はざわめきに包まれていた。

 トイレかタバコか、席を離れている人も多い。

 打ち合わせに行ってくると言い残して消えたアーサーを目の端で見送ると、わたしはこれ幸いと、一人ベールを被ったままポツリとつぶやいた。


「アル、いるわよね。どう? 悪魔の書の反応はあった?」


 足元で、わたしにしか見えない白い猫がチョロチョロ動き回る気配がする。


「あるね。しかもかなり近い。この会場内だ。間違いなくボクの写しだよ。忌々いまいましいったら!」

「心配しなくてもわたしが灰にしてあげるわよ。血の盟約にかけてね」


 白猫がそれを聞いてニヤリと笑う気配がする。

 やがて気配は空気に溶けるように薄れて消えた。


「さぁそれでは本日一番の目玉、極上品の出番です!」


 静寂が支配するオークション会場に、司会者の声が響いた。

 再び客席を覗くと、先ほどまで空いていた席が全て埋まっている。

 皆、身なりも一流で、一目で金待ちと分かる。


「性別・女性。年齢・十六歳。神の寵愛ちょうあいを一身に受けた超絶の美少女にして、二物も三物も与えられた天才少女! ……おい、何だよこの紹介文。これ本当に続けちゃっていいのか?」

「本人の希望なんだよ。いいから頼む」


 ステージの端で渡されたメモを読んでいた進行役に、アーサーが小声で指示を出す。


「頭脳明晰、武芸百般、魔法の腕も超一流。向かうところ敵なし、究極の美少女! その名も、エリン=イーシュファルト嬢です!!」


 腕のロープを解かれたわたしが客の値踏みの視線を一身に浴びながらステージの中央まで進むと、ついてきたアーサーが勢いよくベールをはぎ取った。

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