ep6.白猫は雷の化身
アレクシスへ視点が戻ります。
『ep5.末裔は白猫と再会する』からの続きです。
――――――――――
■後神暦 2650年 / 春の月 / 星の日 am 11:00
――ヨウキョウ
「なぁ、アレってヨウキョウの山なんだよな?」
「そうだよぉ~、割と有名な山で、『霊峰』、なんて呼ばれてるんだぁ」
ティスタニアが何でもないように答える。
激しく光る筒で目を潰され、担がれたオレが聴いたのは、
悪戯に笑う彼女の声、
街中のような喧騒、
金属が擦れる音、
もの凄い速さで風を切る音、
ようやく目が開けられるようになった時には周りは広い平原。
遠目には街道らしき道が見える場所だった。
そうして、1時間くらい歩き、山頂に雲がかかるほど大きな山の麓に辿り着いたワケだけど……
「ここって地理的にはどの辺り?」
「ん~……ワスレナグサから真~っ直ぐ馬を走らせて5~6日くらいの場所だね」
ってことは普通に移動したら半月はかかるんじゃないか?
一瞬で長距離を移動する魔法なんて聞いたこともないけど、物流の常識がひっくり返るだろ。上手くやれば商会だって興せるぞ……
「とんでもない魔法だな……」
「魔法……じゃないんだけど、まぁそれはいっか。
それより! そろそろ着くけど、ちょっといい?」
「うん?」
「ツークでレンのこと助けてくれたよね、ありがとう。
アレクはさ、レンを大事に想ってくれてるってことで良いんだよね?」
「もちろん」
「良かった。あのね、あの子は普通より、ずっと長生きなんだ。
いつかあの子を独り残してしまう覚悟はできてる?」
「
寿命はどうにもできなくて悔しいけど……だったら、命ある限りレンと一緒に思い出を作りたいな。もしレンが寂しくなった時、埋め尽くした思い出が救いになるように。
それが答えじゃダメか?」
「ううん、満点」
短く応えて、ティスタニアはふわりと笑った。
自分より見た目が幼い彼女に適当な表現かは分からないけれど、いつもの悪戯な笑顔ではなく、母親が我が子を見守るような、そんな微笑みだった。
「キミをレンに会わせて良かったよ。
もう一つ、これは謝らないといけないことなんだけど……僕ね、分かっててキミを宿に行かせたんだ」
「分かってて?」
「アレクはさ、レンが近くに居ても、本能的な恐怖を感じることがないでしょ? それってね、聖女の血のお陰なんだ」
彼女が言うには、聖女の家系は『三大忌避』に対する嫌悪や恐怖を感じない。
それは赤子から老人まで一切の例外がないそうだ。
曰く、世界のルールから逸脱した存在、らしい。
「つまり聖女の力ってこと?」
「いや、聖女の力……治癒魔法とは関係ないよ。
大事なのは
彼女ってちょっと生まれが特殊なんだ」
「なぁ、ティスタニアって何者なんだ?
聖女の出生を知ってるみたいだし、実はレンよりずっと年上なんだろ?」
「何者か……か。分かんない。
ごめんね、はぐらかしてるワケじゃないんだ、本当に分からないんだ。
僕って何なんだろうね、アハハ」
困ったように頬を搔くティスタニアに、オレも言葉に詰まっていると、空が陰り出す。真昼を徐々に浸食する暗闇……星喰いだ。
「始まったな」
「そうだね、光が戻ったら……――!!?」
ティスタニアが言いかけて止まり、
「走ってッ!!」
急に叫んだ。
「おい! どうしたんだよ!?」
「魔物だよ…………あんのクソ女神……ッ!!」
魔物なんて見当たらない、でも、確かにいるらしい。
今年の星喰いの厄は『魔物の氾濫』、どうして判るのは教えてもらえなかったけれど、彼女には判るんだとか。
オレたちはレンがいるかもしれない、麓の岩穴まで一気に駆け抜けた。
…
……
………
――
「
木々の奥から、ずっと探していた声と、岩を割るような轟音が響く。
「ティスタニア!! レンの声だ!!」
「うん。急ごう、戦ってるね」
枝を避けて走り、大岩を迂回すると、巨大なカニのバケモノ相手に金棒を振り回すレンの姿があった。良かった、ようやく見つけた……!!
「レンっ!!」
「――……!? アレク!? それに姐様、どうして……」
「ふふ、レンも大人なんだから家出なんてダメだよ~?」
ティスタニアもいつもの緩い口調に戻っている。
レンを見つけて安心しているのかもしれない。
そして悠然と歩き、オレたちの前に出てカニのバケモノに対峙した。
「さて、ここは僕が引き受けるから、二人は宿に帰りな、ね?」
次に『レギナ……――』と、後半が聞き取れないほど小さく彼女が呟くと、たちまち辺りに稲妻が走った。空気は爆ぜ、雷撃がかすった木の表面は焦げている。
「アレク……ゆくぞ、姐様の言う通りにするんじゃ」
「でも一人で大丈夫なのかよ?」
「心配ない。ワエも話でしか聞いたことがないが、ああなった姐様は雷の化身……お前さんも巻き添えで黒焦げになりたくないじゃろ?」
そうレンに諭され、立ち去ろうすると、バチバチと稲妻を纏ったティスタニアが
振り返り言った。
「宿まで送ってあげられなくて、ごめんね。
帰り道で二人とも、しっかり話し合うんだよ? 仲良くしなきゃダメだからね?」
言い終わると稲妻は勢いを増し、もう近くに寄ることさえ出来ない。
オレたちは踵を返し、麓を抜ける為、走り出した。
最後にティスタニアを見たオレは「猫姫~!!」と、キャーキャー言っているご先祖様の声が聞こえた気がした。猫姫ってアルコヴァンの英雄のことか?
【雷を纏うティスタニア イメージ】
https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093081991677477
「レギナ……――」
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