風ノ旅人

東 村長

風の国・編

第1話 日常

「フンっ」


 茶髪の少年は両手で斧を持ち、上から下へ振り落とす。

 少年の一撃は木の中心を捉え、木を真っ二つに裂いた。


「よしっ」

 

 白い上着に茶色のズボン。

 それに少し古い茶色のコート。

 地味な格好をしている少年の額は汗ばんでおり、なかなかの重労働をこなしていた様子だ。

 少年は割った薪を一つに纏め、村の薪置き場まで運んだ。


「ふぅ〜疲れたぁ」

 

 やっと終わった・・・・・・去年の倍は用意したし、無くなるなんてことはないはず。

 それにしても、頑張ったなー僕。

 目の前には大量の薪の山。

 薪割りを頼まれて、三日かけて用意した僕の努力の結晶だ。

 ヒョロヒョロの僕がこれを一人でやったと知れば、みんな驚くはず。

 ・・・・・・まあ頼まれたからやっただけだし、期待は少しだけにしておこう。


「さて、爺ちゃん達に終わったって言っとかないと」

  

 薪置き場から歩いて村長の家に向かう。

 薪置き場は、村から東にある森の手前にある。

 そこから西へ移動すると、僕が住んでいる村が見えてくる。

 村は丘のように隆起していて、その丘の天辺——村の中心——に村長の家、というか僕の祖父の家がある。

 坂になっている、土で舗装された道を進む。 

 渦を巻くように道ができているので、近いようで少し遠い。

 前に道を無視して花畑を通ったら爺ちゃんから、すごーく怒られた。

 あの時初めて”拳骨”を食らったんだっけ。

 思い出すと頭頂部に幻痛が・・・・・・。


「ソラちゃん! ソラちゃん!」

「——? サチおばさん? どうしたの?」


 急に声をかけてきたのは、近所に住むサチおばさん。

 なんでも爺ちゃんの奥さんの妹らしい。

 つまり僕の親戚に当たる人だ。 

 そのサチおばさんのところへ向かうと、ニコニコしながら手に持っていた包紙を広げた。


「あ、クッキー」

「ふふふ、いっぱい作ったからお裾分けに来たのよ」

「ありがとう、サチおばさん。爺ちゃんも喜ぶよ」

 

 僕の祖父、バレル爺ちゃんはその姿に見合わず超甘党だ。

 お菓子があると、いつの間にか全部食べるくらい。

 だから僕がいつも食べれてないんだけど・・・・・・。

 まあ祖父の嬉しそうな顔を見ると、どうでも良くなる。

 

「違う違う、バレル兄さんの分じゃないわよ。これ全部ソラちゃんの分よ」

「ええっ、これ全部⁉︎」

 

 その問いにサチおばさんは、うんうんと頷く。

 チラッと見るだけでも六枚以上ある・・・・・・。

 はー、口を開けながら、クッキーをまじまじと見ると、クッキーには小さいドライフルーツが沢山埋まっており、すごく甘そうだった。

 正直、甘いものはそこまで好きじゃない・・・・・・。

 爺ちゃんと違って僕は香辛料の効いたものの方が好きだ。 

 多分これを受け取ったら、全部食べるまで帰してくれなそう・・・・・・。

 だがしかし、そんなことで悩むはずはない。

 このクッキーは、サチおばさんが僕のために作ってくれたものだ。

 ニコニコしながら僕を見るサチおばさんの優しさを、甘いものは・・・・・・と断るなんて不可能だ。


「い、いただきます・・・・・・——うっ⁉︎」

 

 口に入れた瞬間、広がる”強烈”な甘味。

 ドライフルーツが口の中で踊り、まぶされた大量の砂糖が僕の口内で暴力を振るう。

 

 ——それは戦いだった。

 

 幾度も広がる口内戦争・・・・・・絶対に負けられない戦い。

 もしえずきでもしたら、サチおばさんに悲しい思いをさせてしまう。 

 だから、誰も帰ってこさせない。

 強い意思で、帰りたい! と弱音を吐く食道を叱咤し、胃を無理やり押さえ付ける。

 そして、一枚、二枚、三枚。

 少しづつ減っていくクッキーに、感じる希望の光。

 どんどん食べなさい。と言うサチおばさんに戦々恐々しつつも、僕はクッキーを完食した。


「ご・・・・・・ごちそう、さまです」

「あらぁーよく食べたわねー! そうよそうよソラちゃん成長期だものね! また沢山作ってあげるわね!」


 マジすか・・・・・・。

 これ以上用意されたら、僕は負ける・・・・・・確実に。

 恐れ慄く僕を他所に、サチおばさんはニコニコしながら帰っていった・・・・・・。


「うっ、ぷ・・・・・・帰ろう・・・・・・」

 

 そうだ、爺ちゃんに薪割り終わったって言わなきゃ。 

 腹を摩りながら、家に向かう。

 

「遅くなちゃったな」

 

 気付けばもう夕方だ。

 空がオレンジ色に染まろうとしている。

 薪割りに集中しすぎて時間を忘れていたようだ・・・・・・。

 今何時だろ・・・・・・? 冬は陽が沈むのが早いんだっけ。

 夕焼けを眺めながら、家に帰るために丘を登る。

 

 道を進むと、村の中で一番大きな家に着いた。

 ここは僕と爺ちゃんと・・・・・・母さん。

 三人で暮らしていた場所。

 今は僕と爺ちゃんの二人だけなのだけれど・・・・・・。

 ハッとし、いかんいかんと頭を横に振る。

 気を取り直し、玄関の扉に手を掛ける。


「ただいまー」

「おかえり、ソラ。遅かったな」 

「そこでサチおばさんと会ってさ、クッキーをもらったんだよ」 

「むっ! クッキーか。で、どこにあるんだ?」

「・・・・・・全部食べたよ」


 その言葉に愕然としているのは、祖父のバレル爺ちゃん。

 年で染まった白髪に、母さんそっくりの薄緑の目。

 僕の目は濃い緑色で似てないし、爺ちゃんは僕と違って偉丈夫だ。

 もう七十は過ぎてるはずなのに、僕より断然力が強い。

 何にも似てない祖父だけど、僕の今はたった一人の家族だ。

 

「そうか・・・・・・全部か・・・・・・」

「サチおばさんが全部食べろって言ったから・・・・・・」


 そんなこと言ってない気がするが、ここは力になってもらおう。

 しょんぼりしてキッチンに向かう祖父を尻目に、僕はコートを脱ぎ、自分の部屋に戻る。 


「ああああああーー・・・・・・」

 

 部屋に入ると、ドッと疲れが襲ってきた。

 たまらずベットに身を投げ、目を閉じる。

 ダメだダメだ。

 このまま目を閉じたら、そのまま寝てしまう。

 パンっと両頬を叩き、眠気を飛ばした。

 部屋を見回し、向かいにある本棚に近づく。

 本棚には沢山の絵本があり、それの一冊に手を伸ばす。   


《火巫女の伝説》

 ずーっと昔、空に開いた穴のせいで国が滅んだって話。

 獣人のお姫様が空の穴を閉じに向かったけど、それに失敗して、国もお姫様も空の穴に飲み込まれた。


 これを初めて見た時は、なんとも言えない気持ちになったな・・・・・・。

 取り出した絵本を棚に戻し、他の本を眺める。

 読み飽きるくらい熟読したものばかりが並ぶ本棚。

 しかも、あるのは子ども向けの絵本だけ。

 今更読もうと思えないものばかり。


「この本をくれたのって・・・・・・」 


 ふぅ、と息づき、ベットに突っ伏す。

 そのまま目を閉じる。

 一瞬気を抜いてしまったせいか、僕は眠りに落ちた。

 深い深い眠りに——・・・・・・。

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