セルロイドの窓から覗く景色
翌朝まだジュリアンが眠りについていた頃、アリサは一人寝室を抜け出し外套だけ羽織って姉のいる家に走って向かった
朝の寒さも走って身体を温めれば感じなかった
姉の部屋に着くと入る前にノックをした
事を急いでいてもマナーを守るのがアリサという人間だ
中から「どうぞ」と声がするや否や、アリサは扉を開けた
ルイゼは帰宅の準備をしていた
鞄に洋服などを敷き詰めてほぼ終わりかけているところであった
「あら、あなただったのでアリサ……そんなに急いでこんな朝早くからどうしたの?」
アリサは多少距離があるソレル家とレーナル家までの道のりを間に合うように走ってきていた
「お姉さま……やっぱり!」
ルイゼが準備中なのもお構いなしに、外套も吹っ飛ぶほどにアリサは姉に抱き着いた
「私たちに黙って、先に行ってしまおうとしてたのね!」
アリサは姉の下にうずくまって泣きじゃくった
「私、ちゃんと分かっていましたのよ。お姉さまが私たちの結婚を取り計らってくれたことも。私たちが結婚の約束をしたときも……私に勇気がなくて告白を躊躇していたとき、お姉さまは私に本当にジュリアンが好きかと聞きました。もし本当に好きならジュリアンのところへ行けとおっしゃって後押ししてくださいました。彼はあなたを一番愛しているから大丈夫だって……でも今は……やっぱりお姉さまが気の毒でなりません」
「どうしてそう思って?」
アリサは「だって……だって……」と言ってその先が出ないようであった
「お義兄さまは優しい人でなくて?」と逆に聞いた
ルイゼは一瞬言葉に詰まった それでも何とか言葉を紡いだ
「何も心配することはないわ。大丈夫よ、私はあの人と暮らして幸福だから。あなたが幸運ならそれでいいの……」
アリサは顔を上げて言った
「じゃあお姉さまは……お姉さまはなぜ昨夜……」
「……!あなた、あの時……」
人は見かけによらないところがある
アリサは本当は酒に強いのである
「私、ジュリアンがどこかよそよそしいことに隣で飲んでいて気がつきましたの。それで彼が事を起こす頃を見計らって……」
ルイゼはアリサを抱き返した
「もうそれ以上言わなくていいわ。悪かったわ、謝るから。私があなたに黙っていたこと。ただあなたと……ジュリアンが幸福なら本当にそれでいいの。あなたがジュリアンを愛しているなら……」
アリサはまた烈しく泣き始めた
しばらく過ぎた後、ルイゼは準備を終え鞄をもって部屋を後にした
玄関の前には既に帰宅用の馬車が待っていた
ルイゼはそれに乗り込んだ
「……やっぱりもうジュリアンには会われないの?」
「ええ……もういいの……」
ジュリアンはまだ寝ている
「あの人は昔から朝に弱いから。全くあなたも困りものね。そんな夫を持ってしまって」
アリサはもう泣きはしなかった 姉の前ではもう泣かないと心に決めていた
「でもやっぱり……それがあの人だから……」
ルイゼは聞こえないようにそう呟いた
姉妹は別れの言葉を告げ、馬車は町のを目指して発車した
冷ややかな秋の朝であった
馬車はあの大木の近くを過ぎて行った
三人で遊んだ思い出も頭を駆け巡った
だがもうこれで他人になってしまったという心持ちがあった
やがてジュリアンの家の近くを通った
馬車を止めて会いにいきたい気持ちもあったがもう彼女の心は決まっていた
秋の寒空、村の家々、禿げた木々が彼女を見送っていった
「寂しい秋ね……」
そう思わずにはいられなかった
ジュリアンが目を覚ましたとき、隣にアリサの姿がないのに気づいた
寒い空の下、そのままの姿で外に出た
ジュリアンが遠くに馬車を見たときはもう声も届かないところであった
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