アイデンティティ

ノックのあと女性の声がした


「準備ができたわ、ジュリアン。入ってよろしいかしら?」


このときまた記憶が蘇った

自分の愛称がジュリアンでこの声の主が誰なのか


「あ……うん…入っていいよ」

ノックがあって助かった


鏡の前で自分の顔をナルシストみたいに眺めているところを目撃されてしまうところだった


入ってきた女性はショートヘアで銀髪の異世界美少女だった


だけど何より目を引くのはその身を包む純白のドレス、ウェディングドレスというやつだ


「どう…かしら……?」


彼女は恥ずかしそうに顔を少し紅潮させて髪を触った


「よく似合っているよ。とても綺麗だ」


こういうときどういって褒めてやればいいのか知らない初心な僕はお手本のような言葉しかかけてあげられなかった

それでも心からの称賛だ


彼女はさらに顔を紅潮させ林檎のようになって片手で顔を隠した


あまりにかわいいがすぎる

まるで二次元の妄想のキャラクターを現実にそのまま呼び起こしたみたいだ

もはや芸術の域に達しているといっていい

小動物的な愛嬌と色白で洗練された美貌とを兼ね備えたまさに完全無欠の存在…… 結婚したい


って彼女はもう結婚するんだった


誰とかって? それはこの僕、ジュリアンとだ

僕がこんな高嶺の花と結婚していいものなのだろうか


彼女の名前はアリサ、アリサ・レーナル。

いや、ソレルと結婚するからアリサ・ソレルになるのか。


この村での幼馴染の一人であり、年は僕の一つ下だ

僕は確か18だから、彼女は17!!

この世界の成人とかのシステムは一旦置いておくとして、まだ若い年齢で卒業してすぐこんな美少女と結婚できるなんてジュリアン羨ましすぎる!


僕は確かこの世界の大学にあたるような学校に行くためしばらくこの村を離れていた。

今はどんなことを学んだかさえ覚えてないけどまたそのうち必要になれば思い出すことだろう


そして卒業してから帰郷して幼馴染と結婚することになっているのが今の状況だ。¥

こんなに美人な細君がいて誰が浮気なんかできる?

いくら僕でも多少の倫理観もまだ持っている

だが一夫多妻ならどうだ? みんなを平等に愛してあげようか

だけど僕にはそんなことはできないような気がする

愛せる自身がないのか?といえばそうなのかもしれない


実際のところは少しニュアンスが違う




アリサ以外を愛せないのではなくアリサしか愛することができない……といった」ほうが近い

これはジュリアンとしての本能とでも言おうか

僕はもうすっかり彼女の虜になっていた


「それじゃあ……行こうか」


といって手を差し出した


どこに行くかだって?それは自分が一番よくわかっている


「ええ……ジュリアン……」


彼女は覆っていた手を差し出した手に重ねた

握る彼女の手から感じる体温はやがて全身へと行きわたり、内側に炎を灯さんとするほどだ


僕は彼女と手を握ったまま自宅を出た


ここで一つ思うことがあった

僕がさっき言った言葉は日本語ではなかった

それでも僕の脳も僕自身も日本語で言葉を放ち、日本語で返事を貰ったというように解釈していた

これもジュリアンとしての本能というやつなのか、それとも与えられたこの世界の言語能力だろうか


外の世界は昼の趣だ そして村の田舎らしい、見慣れているのか分からない風景が広がっていた


目的の場所はそう遠くない

僕たちはは歩いていった


所々にある家とかの建築物はやっぱり煉瓦とかでできていた

途中に畑で種蒔きをしている人なんかに出くわして僕たち二人を祝福して見送っていった


「アリサを幸せにしろよ!」


「羨ましいぞコノヤロー!」


と叫ぶ人達がいた


あっちには自分が誰なのか分かっているが、僕には名前ぐらいしか分かっていない

アリサは手を振って返していた 僕も取り敢えずそうすることにした


中には「ジュリアン!私と結婚してくれるんじゃなかったの」


なんてことを言う人もいた


アリサからの視線が気になったが彼女はただ恍惚とした表情をしていた

そこには恋、いや愛に焦がれる乙女の顔があった

アリサはきっとジュリアンを信じ、心から愛しているのだろう


僕は何だか自分が本当のジュリアンでないのが申し訳ないような気がした

彼女にとって手を握っている相手はジュリアンなのだろう

だが今実際に彼女の手を握り、歩んでいるのは誰なのか

僕の意思でもあるが、そうでもないような気もする


この世界の人達には確かにジュリアンと共に過ごした記憶がある

それは設定といってしまえばそれっきりだ

だがこの幸せそうな新婦を見てそれがただの設定であると言い切れるだろうか?

ジュリアンの人望はただ上辺だけのものか?


そろそろ目的の場所へと着くというとき、大木があった


「ああ!懐かしい!」


といってアリサは僕を大木まで引っ張っていった


「憶えてる?昔ここでよくあなたとお姉さまと一緒に遊んでたよね」


「ああ……よく憶えているよ……」


またこうして記憶が蘇った


彼女の姉の名前はルイゼ、僕と同い年のもう一人の幼馴染

そして彼女たちのままごとに付き合ったりし、木登りをして遊んでいたこと

そのことでルイゼから「危ない」と怒られていたこと

僕が村を離れる前日のこの木の下、アリサから愛の告白を受け結婚の約束をしてその様子をルイゼが遠くから見守っていたこと……


思い出したが断片のようでこれが僕自身のものかと問われるとそうとはいえないかもしれない ただの切れ端の情報でしかない


「今はこうして僕も一人前になってここにいるんだから、何だか感慨深いよ」


アリサが「あら、一人前ですの?」といって茶化すから「この~」といって


二人、服装のことも気にせずじゃれあって地面に倒れた

昔、子どもらしい遊びをしていたのが今ではこうして男女の関係になっている


ふと、僕が彼女を押し倒したような形になってお互いに顔を見つめ合う


彼女が目をつぶり唇を突き出す仕草をする

僕もそれに答えようとする


だがここで気がついた


「これは後の楽しみにとっておこう」


「そうね」といって彼女も同意した


だが本当は違うのかもしれない

彼女の本気の愛に僕は気圧されたのかもしれない

満点の回答で答えられないことにどこか引け目を感じているからかもしれない

ただの猶予でしかないのに


彼女を助け起こし服の埃を振り払った

僕のは赤を基調としたイギリスの近衛兵みたいなやつだ

女性の身体を触るのに僕は何の躊躇もなかった


やがて二人は教会へと辿り着いた



実はその後はよく覚えていない。ことの成り行きを身体に預けたかのようである。教会の宗派だとか難しいことはよく知らない。ただ前世にも似たようなものがありそうではあった。


式は各々の家族であったりが参加していたが、誰が誰であるかといった認識しかできない。だがその中にアリサ、妹とは対照的なロングヘアーで銀髪のルイゼの姿が……


自分には一生縁がなさそうなあのヴァージンロードというやつを二人で渡っていた。

神父という人が何やら色々と説いていた。


そしてあの、誓いの言葉を述べ永遠の愛を証明するとき…


彼女が「誓います」と先に述べた。

それに答えて僕も誓いの言葉を述べた。


最後に誓いのキスの場面となった。


つぶらな瞳を際立てせる青、透き通った銀髪の髪。

この美少女がが自分には不釣り合いというか、勿体無いような気が増してきた。

いや実際そうだ


だが今の僕はジュリアーノ・ソレルだ

あくまで僕自身の手柄ではない。


彼女が本当に愛している人はもうここにはいない……




僕が憶えているのは、多分前世でも味わうことがなかったであろう口づけの味が林檎のようであったということだけだ

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