多重の記憶
第35話 おかしい
眼前に絶望が広がった。
「なんか用か?」
兵頭勝治の目つきを見るだけで、俺の心と身体はすぐさま凍りつく。
周りには誰もいない。
サッカー部の部室前に広げたブルーシート。俺を卑怯者と罵った男は、その上に鎮
座している。
「なんで、お前は、いつも俺の邪魔をするんだよ!」
まとわりつく恐怖を振り払うように、怒りを発散させた。
△△△
「暑い」
「さっきからそれしか言ってねえな。情けねえぞ、俺っちは全然暑くないもんね」
「へえ」
「雑に聞き流すな!」
暑苦しいやり取りを受け流しながら、俺たちは屋外に設置するテントの骨組みを3
人がかりで運搬する。
「狐塚先輩! 私は熱いですよ! 心が、気合の炎に抱かれてやる気満々です!
うおおお!」
「峰! お前はうるさい! かあ~、なんで俺っちがこんな一年坊主どもと現場仕
事なんだよ~。他のやつらはクーラーが涼しい中で優雅にアイスコーヒーでも飲みな
がら事務作業やってんだよ~」
「それは先輩が2年の中で最弱だからじゃないですか?」
「んだと土屋こらぁ!」
「あ、ごめんなさい。あ、ほら、早く運ばないと昼休み終わりますよ」
「んあ、それもそうだな」
意外と感情をコントロールできる人なんだな。もっと言及してくるかと思った。
「雨にも負けず、お日様にも負けず! 日焼けにも負けず! 日焼け止めクリーム
のベタベタはいつまで経っても好きになれず!」
「峰! うるせえ!」
体育祭まであと2週間。生徒会も総出で運営に携わる大きな行事。ここでも、不確
定要素が発生しなければいいが。
「大丈夫だよ」
峰が笑った。
「まだ何も言ってねえよ」
「土屋君のことだから、先を考えすぎて苦しくなってたかなって直感しただけだ
よ。当たってた?」
「半分正解。苦しくはなってねえから。俺もそこまでヤワじゃない」
「うん、それもきちんと分かってるよ。土屋君はすごい人だから」
「大衆の面前を浴衣姿で横切って当たり前のように司会を始める奴の方がすごいだ
ろ」
小さく呟く声は峰に聞こえず、会話はそのまま終わった。
前を向く峰の横顔を見る。少し前までと、違っていた。顔の造形とか髪型とか、そ
ういう具体的な物体は何一つ変わっていないが、何かが以前とは決定的に違ってい
た。
「ん、どうしたの?」
「なんでもねえよ」
視線に気づいて振り向いた峰から遠ざかるように顔をそらした。
おかしい。
胸のあたりが苦しい。
これは中学時代、堀田瑠璃子に感じていたものと酷似している。
不確定な感情が、胸の内をぐるぐると回り続けた。
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