第五話

再戦の時

第二の翼


 星歴977年。

 季の節は十。


 シータがキリエ率いる帝国軍と共闘し、覚醒した神隷機ウラリスと死闘を繰り広げてから一ヶ月が経った。

 

 それより前に行われたアドコーラス帝国とエーテルリア連邦による一大決戦――円卓の戦いは、双方に甚大な被害をもたらした。

 結果として、数年間続いた帝国による連邦領侵攻は停滞。

 不意に訪れた束の間の間隙に、ケルドリア大陸を二分する両大国は、傷ついた騎士団の再建と、来たるべき再戦の時を虎視眈々と伺っていた――。


「ってなわけで……俺はラーディ・トアラスターだ。久しぶりだなリアン、あの帝国を相手に随分な暴れっぷりらしいじゃないか」


「は、初めましてーっ! じ、自分はカラム・ケリーア、歳は十八であります! 自分みたいな羊飼いが、まさか天契機カイディルに乗ってお国のために戦えるなんて……ゆ、夢みたいですっ!」


 やや肌寒くなった空気に満ちた、澄み渡る朝焼けの街外れ。

 ここはエーテルリア連邦首都にある、エリンディア独立騎士団の駐留地だ。

 今その場には、傷一つない〝空色の装甲を纏う二機の天契機〟の前で、敬礼する二人の騎士の姿があった。


「ラーディ剣兵長! お元気そうでなによりです!」


「初めまして、シータです。こっちは僕の友達のナナ。これからよろしくお願いします。ラーディさん、カラムさん」


「コケコケ!」


 歴戦の風格漂う金髪の騎士と、緊張の面持ちで固まる小麦色の肌の少年。

 この二人こそ、帝国との再戦に備えてエリンディアに帰還したニアが新たに召集した〝追加戦力〟だった。


「二人とも、エリンディアからはるばるよく来てくれた! だがまさか、天契機も一緒とは驚いた。エリンディアはいつの間に新しい天契機を手に入れたのだ!?」


「――入手経路なら、トーンライディールと同じよ」


 そしてそんな四人の元に、なじみ深い少女の凜とした声が届く。


「ニア! 随分と遅かったではないか!」


「ニアさんっ。お帰りなさい!」


「ただいま、シータさん。リアンも……私たちが留守の間、ちゃんと役目を果たしてくれていたようね」


 現れたのは、足元までを覆うオーバーサイズのローブに、分厚い本を抱えた丸眼鏡の少女――ニア・エルフィール。

 久方ぶりとなる再会に、シータとリアンはもとより、ニアもその表情をほころばせて微笑む。


氷槍ひょうそう騎士団から回収した天契機のうち、損傷が少なかった二機の従騎士ヴァレット級を、エリンディアの工廠こうしょうで改修したの。大破していた隊長機や、ルーアトランの技術も組み込んだそうだから、従騎士級とは言っても性能は上がってるはずよ」


「そういうことか。道理で、見た目からはさっぱりわからないはずだ」


「半年前は、まだエリンディアの技師達もトーンライディールの改修で手一杯だったでしょう? だから私たちが大陸を転戦している間に、この二機と、そして〝もう一つ〟――」


 ニアの話とほぼ同時。

 シータ達のいる駐留地の広場に、突然巨大な黒い影が落ちる。

 シータとリアンが驚きと共に見上げると、そこには〝トーンライディールによく似た飛翔船〟が、二頭の空鯨に牽かれて降下しているところだった。


「コケーー!?」


「飛翔船か!?」


「トーンライディールに似てるけど、ちょっと違う……?」


「あれは〝アンイラスハート〟。氷槍騎士団から接収した二隻の飛翔船のうち、エリンディアで改修を行っていた残りの一隻よ」


 シータ達の頭上にゆっくりと舞い降りたのは、トーンライディール級二番艦アンイラスハート。

 長距離航行と天契機整備に重きが置かれたトーンライディールとは異なり、アンイラスハートは整備用設備や居住空間を削減。

 〝飛翔船同士の砲撃戦〟を想定した、より攻撃的な艦として改修を受けていた。


「戦場で司令塔を務める旗艦トーンライディールと、その護衛と直接火力を担うアンイラスハート。この二隻が揃って初めて、ソーリーン様の描く全ての戦略が遂行可能になるってわけ」


「じ、自分たちも……あれに乗ってエリンディアから連邦に来たでありますっ! はい!」


「それに加えて、俺とカラムの天契機もある。飛翔船二隻に天契機四機……そこらの国なら、俺達だけでも滅ぼせそうな大戦力だな」


「そ、そうなんですね」 


「確かに、私たちなどはルーアトラン一機でエリンディアを百年以上も守ってきたわけだからな。それをたった半年でこれほどの戦力にしてしまうとは……やはり女王陛下は凄いお方だ!」


 驚くシータとリアンの前で、ラーディは今も緊張に固まるカラムの肩をがっしと抱いて笑う。


 事実、帝国の侵略が始まる前であれば、天契機はたった一機で一国の防衛を担うに十分な戦力だった。


 戦闘用飛翔船が二隻に、天契機が四機。


 更には、搭乗する兵士の総数も優に百を超えた現在の独立騎士団は、帝国の騎士団に匹敵する大戦力と言っても過言ではなかった。


「それだけじゃない。これだけの戦力を連邦に派遣する以上、私たちもそれなりの対価を連邦から受け取っている。私たちと入れ違いになる形で、連邦の天契機がエリンディアに輸送されているの」


「連邦の天契機を、エリンディアにですか?」


「ええ、そうよ。これまで、アンイラスハートやこの二機をエリンディアに置いていたのは、帝国からの侵攻に備えるためでもあったの。それなのに全部連邦の前線に送り出してしまったら、エリンディアを守る戦力がなくなってしまうでしょう?」


「なるほど! つまり私たちが戦う代わりに、連邦にエリンディアを守って貰うというわけか!」


「ま、そうは言っても送って貰うのは機体だけさ。いくら連邦が同盟国だって言っても、無防備な城内に〝よそ様の天契機〟は入れられないからな」


 実際の所、連邦にとってもこの取引は悪い話ではない。


 数機の量産型天契機をエリンディアに譲渡するだけで、連邦は二隻の飛翔船とレンシアラ製天契機であるルーアトラン。

 そしてたった一機で戦場の趨勢すうせいを左右する、起源種オリジナルたるイルレアルタを戦力に加えることができるのだから。


「つまり、後は私たちがここで帝国に勝てば良いだけ。当然、それが一番難しいのだけど……」


「それでも、ニアさんが戻ってきてくれてとっても心強いです! 僕もイルレアルタと一緒に、精一杯戦いますっ!」


「うむ! 私もシータ君と一緒に頑張るからな!」


「コケ! コケコケ!」


 かつてはどこか外様のように振る舞っていたシータも、今はなんの疑いもなく仲間達と共に騎士団の中心にいる。

 帰還したニアと新たな仲間と力を加え、迫る帝国との決戦への備えも盤石のように見えた。だが――。


「――シータさん、ちょっといいかしら」


「はい、なんでしょう?」


 だがその時。

 気勢を上げる仲間達には悟られぬように、ニアは鋭い眼差しでシータに声をかけた。


「シータさんとリアンが戦ったって言う、〝円卓の化け物〟の話……実はそれについて、セネカ議長から直接呼び出しを受けてるの。だからシータさんにも、私と一緒に来て貰っていい?」


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