第7話 願え、願いを知るために
「病を治す救世主、南より来たらん、と予言がありました。あなたさまが救世主です!!」
そう言われ、手を取られ、勝手に崇め奉られて、サトーは困惑していた。
仕方ない。ここには疫病の神が宿っている。我は一言主。一言の願いしか叶えられぬ。そして──
救世主だの何だのと騒がれているサトーは特別な力を何も持たない。哀れな子どもが哀れな青年に成長しただけである。
あの頃と真逆だな、と我は思った。
あの頃。
我もサトーも砂の塔にいた頃。あの頃、サトーにはまだ名もなく、我は哀れな子どもよ、と呼んでいた。
思い出したのは、哀れな子どもが、病に侵されたときのことだった。熱に浮かされ、けほけほと息苦しそうにしていた。目を失ったばかりで、抉られたあのときに死ななかったことが不思議なくらいだ。もういっそ、死んでしまった方が、この子は楽かもしれない。我はそう考えていた。
夜の空は綺麗だった。年端もない哀れな子どもが死にそうなことなど、まるで知らない。神は安易に人間に手を差し伸べない。だからこそ、人間は有難がってすがるのだ。その哀れで情けない姿を見て、神はようやく人間に手を貸す。つくづく、いい性格をしていると思った。
まあ、我も強くは言えぬのだが。一言ならばなんでも願いを叶えられる能力など、人間は有効利用するだろう。自分の富のため、財のために、欲の限りを尽くす。それはある意味、人間らしい生き方であった。人間は神と違って寿命があるのだから、少しくらい生き汚いくらいがちょうどいい。我はそう思っていた。
この哀れな子どもは、その人間の生き汚さ故に、死を目の前にしている。哀れだ。利用されたわけでもない。ただただ異端だからという理由で殺されるのだ。
異端を取り除こうとするのもまた、人間であるから、我はそれを否定しようとは思わなかった。ただ、我は、これの人間らしさを少し見てみたかった。
これは生き汚いというにはまだまだ清い存在だ。自分のために我に一度願った。だが、それだけだ。我は一言ならなんでも叶えると言ったのに、意味を理解していないのか、あの一度きりで、これは我を利用する気がない。
迫害した人間を憎むでもない、生き汚く生にすがるでもない、我を利用するでもない。いくら子どもとはいえ、もう少し人間らしくあってほしいものだ。
熱に浮かされてでもいい。あのときと同じように願え、とさえ、我は思った。
「コト、コト」
「……なんだ、サトー」
「助けてください」
我を肩に乗せたまま、村人に引きずられていくサトーの一言の願い。一言ならばなんでもできるが、一言な分、具体性に欠ける。
助けてほしい。それはこの場合サトーを助ければよいのか、病に苦しむ村人を助ければよいのか。……まあ、これは意地の悪い考えである。サトーを助けるのだろう。だが、どうやって?
人間を殺すのは容易いし、手っ取り早くこの騒ぎの根本である病気を治してしまうのもいい。けれど、それではサトーに利がないだろう。願いとは、願い主が利を得るためのものだ。
それならば。
ばちん。
電光が走った……わけではない。それほど大袈裟なものではない、サトーもサトーの手を引いていた人間も、痛みにぱっと手を放す。簡単な話、静電気を流した。
電流を流してもよかったが、それはそれでサトーを神格化しそうだったからやめた。面白そうではあるが、サトーの願いはそれではない。
「な、何が……」
「静電気ですね。あなた、手がかさかさじゃないですか。この村に蔓延しているという病気で生活が大変なのでは?」
「え、ええ」
「救世主云々は知りませんが、お手伝いならできるかもしれません。なんでも屋なので、依頼してくだされば」
「お、お金を取るんですか……」
「代償のない取引などありません。僕は神様じゃないんですから」
そういう取引をさらりとできる辺りは、こやつもだいぶ、人間らしくなったか。
「もちろん、多額を請求したりしません。少しの路銀と、滞在中の宿を保証してくだされば」
欲がないのは相変わらずだが。
「哀れな子どもよ」
熱に魘される子どもに声をかける。我は神。願われれば、こんな病気など瞬き一つも必要とせずに治せる。
「願いはあるか? 一言なら叶えてやろう」
「うっ……あぁ……」
「願いを」
「一言主、さま……」
「なんだ?」
「ぼく、死ぬのかな」
我はそれに、何と返したかな。いや、本当は覚えている。
病人の元に連れて来られたサトーが、患者に問う。
「何か、願いはありますか?」
病に窶れた哀れな人間は哀れな言葉をこぼした。
「これは、死の病だ……蔓延させたくない……誰にも移らないうちに……死にたい……」
一言でない願いを、我は叶えぬ。
サトーは、そうですか、と淡白な声で告げた。薄情かもしれないが、それきり、その患者とは喋らなかった。
「病を治す気はあるのか?」
「ありますよ。宿と路銀をいただきましたから」
「何故我に願わぬ?」
そこで、サトーは考え込んだ。
我に一言、治してほしい、と願えば済む話なのに、こやつは自力でなんとかしようとする。
サトーは真顔で答える。
「先程の人のように、生きる意志のない人を生かしても仕方ないでしょう」
さらりと出てきた言葉はとても残酷だった。
「それに、コトは死にたがりが嫌いでしょう?」
「……は?」
サトーは微笑み、我が思い出したのと同じ言葉を唱えた。
「死にたいというな、生きたいと願え……死にかけの僕に、コトはそう言ったじゃありませんか」
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