第3話 願え、己が為に
というわけで、我はサトーと共に依頼人のところに行くこととなった。こういう依頼のあるときは、依頼人の家に泊まらせてもらうことになる。
我は蜘蛛の姿であるため、人間に恐れられるのではないか、と思ったが、サトーは「あの人は別に平気なんじゃないですかね」と語っていた。どんな人間なのだろう。
我はサトーの肩に乗っていた。そこが一番いやすいのと、サトーは黒い服を着ているため、体の黒い我が目立たぬという利点から、そこにいるようにしている。街の者には蜘蛛を飼っているなどという性癖は異様に映るだろう。別に我もサトーも飼っているわけでもなく、飼われているわけでもない。
我はただ、見届けたいと思ったのだ。旅をしたいと願った子の末路を。
そういえばサトーは何故旅をしたいなどと思ったのだろう、などと考えていると、目的地に着いたらしく、サトーが足を止めた。
「ここです」
大きな家ではあった。その辺の家を二軒か三軒入れられそうだ。だが、その家の目立つ点はそこではなかった。
家の雰囲気が異様に暗い。なんというか、人間の住んでいる気のしない家だ。人間ならばこう形容するだろう。「化け物が出てきそう」
まあ、神の我からして、この家に化け物なぞは決して住んでいないと断言できるわけだが、なんとなく、人間がここを避けて通っているのが伺える。この家に躊躇いなく入ろうとしているサトーを珍獣でも見つけたかのように見ているところからして、この家がどう思われているかは明白だろう。
サトーは周りの目など気にしていない。躊躇なくノッカーをどんどん、とやる。
すると、女の声がして、それからどんがらがっしゃん、とけたたましい音がした。何があった。
しばらくして、くたびれた様子の女が出てきた。手入れすればそれなりに見えるであろう髪はぐちゃぐちゃ、身体中埃まみれで、顔には黒いインクがべっとりとついているが、果たしてこの人間は気づいているのだろうか。軽装にカーディガンを羽織っただけという、年頃の女が他人に見せていい格好なのか疑問符を浮かべたくなる。
一応、サトーは男なのだが……まあ、サトーは色気も食い気もないので、心配はないか。というか何故我が心配なぞせねばならんのか。
サトーはぼんやりした様子で、とりあえず挨拶する。
「どうも。依頼を引き受けたなんでも屋のサトーです」
「存じておりますっ。ミーネです。すみません、家の中ごたごたしてるんですけど……」
それは先程の騒々しい物音を聞けば想像がつく。しかし、微塵も気にした様子のないサトーは問いかける。
「あの、お怪我はないですか?」
「あ、はい、大丈夫です。慣れてますので」
この女、生活能力は大丈夫なのだろうか。少し不安を覚えたが、困るのは我ではないのでさておこう。
「依頼が片付くまで、宿泊してもいいと聞きました」
「はい、それはもちろん!」
答える声は明瞭だったが、ミーネは気まずそうに目を逸らす。
「ですが、まだお部屋が散らかっていて……」
「お気になさらず。それより、依頼内容の確認をしたいので、上がってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。ずっと立ち話もあれですよね。すみません、気が利かなくて」
サトーとのやりとりを見ていたが、自己評価が低そうな女だ。それとも、そんなにとっちらかっているのだろうか。
どうぞ、と控えめに招き入れられた家の内装は外観の醸し出す雰囲気とそう変わりなく、どんよりとしていた。蜘蛛が部屋の隅に巣を作っている。これはこれはといった感じだ。とりあえず、ミーネは掃除が得意でないのだけはわかった。
中に入ると、埃まみれ、煤まみれ、蜘蛛の巣が張る廃墟的雰囲気。我がいたところでミーネは驚くまい。都合がいい。
まあ、まだサトーの肩にいる我に気づいていないようだが。
通されたのは、まあ一番手入れされているのであろう部屋だった。廊下に比べると壁も白いし、小綺麗にまとまっている。小さなキッチンがあり、ミーネはそこで湯を沸かしていた。
「ええと、ハーブティー、飲みます?」
「ええ、好き嫌いはないんですよ」
「よかったあ」
能天気に笑むミーネは悩みなど微塵もなさそうなのだが。
なんとなく、我は悩みというか、依頼の正体を悟っていた。
この家に入ってわかったことだが、この家には不思議の気配がある。悪いものではない。ただ、ハーブティーを淹れるミーネの無邪気さと能天気さに見合わぬ知性を纏った気配だ。
「お茶、入りましたよー」
「ありがとうございます。……おや?」
ミーネはサトーの隣にもう一脚置く。ミーネが飲むのかと思ったが、ミーネはサトーの向かいに自分の分を置いた。
つまり、一人分余計に淹れてきたわけである。
「あ、すみません。私ったらまた……」
「いえ。捨てるのは勿体ないのでいただきますよ。また、とは?」
ミーネは八の字の困り眉をして、照れくさそうに告げる。
「小さい頃からよくやらかすんです。一人分多く淹れちゃうの。その時々によるんですけど、なんかもう一人いるような気がすることがあって……」
おや、とサトーも思ったようで、ちら、と我を見る。我も意外に思った。鈍そうにしていてこの娘、なかなか鋭い感覚を持っているようだ。
おそらくではあるが、ミーネの言う「もう一人」とは、神霊に分類されるもののことだろう。人を呪ったり、守ったりする連中はわりといる。それは我のような神であったり、その者の先祖であったり、生前に交流の深かった者であったりと様々だ。
人間は時を経るにつれて鈍くなっていった。そういうものが日夜生活を守ってくれていたりすることを知らず、感謝もしない。だから呪うやつが出る。まあ、先祖系統の連中は律儀な輩が多いので、守りに憑いていることが多い。
それはともかく、ミーネは感応力が強いのだろう。見ることはできないが、感覚的にそういう存在を感じられるようだ。
この家が不気味な雰囲気な理由も納得がいった。そういうものをよく招くから、こうなっているのだ。少しでも鈍らせよう、と。浅はかな悪霊の考えである。淀めば淀むほど、その淀みによって、感覚は研ぎ澄まされ、より多くのものを感じ取れるようになるのだ。
ミーネは生きづらかったことだろうが、神霊に対して鋭くなった分、人間に対しては鈍くなったのだろう。天は二物を与えないというやつだ。
それでもこれだけ大きい家に一人で暮らしているのだから、相当上手くやっているのだろう。
「それで、依頼の話ですが、さがしもの、でしたよね」
「あ、はい。かなり無理のあるお願いだとは思うのですが……私一人ではどうにもできなくて……旅のお方に頼るのは申し訳ありませんが、これでも毎日三食提供できますし、広いお風呂もあります。お部屋のベッドも広くてふかふかですよ」
それは旅の人間には断る理由のない好条件だ。さて、どんな見返りを求められるのやら。
「それで、探してほしいものとは……?」
サトーが尋ねると、ミーネはまた困り眉をした。
「それがですね……何を探していたのか、忘れてしまったんです」
ふむ、それは確かに厄介だ。一緒に探してほしいと頼む以前の問題である。
だが、先程の話を踏まえると合点がいく。ここには良いものも悪いものも集いすぎた。この娘の生活の中に浄化の儀式は組み込まれていない。けれどこの娘の感応力の高さに苛立った何者かが、少し意地悪をしていても何ら不思議ではない。
不思議なのはミーネの方だ。何を探しているのか自分でも忘れたのに、他人まで頼ってそのさがしものを見つけようとするのは、普通この状況では心が折れて続かない。
サトーはハーブティーを一口含みながら、続く彼女の言葉を待った。
「……でも、とても大切なものだったことだけは、しっかりと覚えているんです。私の人生を左右するほど大袈裟なものではないんですが、ふとした拍子に、自分の手元にあるべき何かがなくて、落ち着かなくなるんです」
全くもってさがしもののヒントにはならない。サトーは穏やかに頷いていたが、質問の方向性を変えた。
「ミーネさんは、何のお仕事をなさっているんですか?」
それは唐突な話題切り替えだったが、なんでも屋をやってきただけあって、いい切り口だった。仕事で使うものだったら、うっかり失くすかもしれないし、失くなっていたら気づきやすい。
ミーネは少し照れて、答えた。
「私は小説家をしています。昔から本が好きで……それなりに稼いでいて、山ほどの本を抱える私に、家族はこの大きな家を譲ってくれました。たぶん、変な子だったから、厄介払いみたいな意思もあったと思うんですが」
「部屋がたくさんあるとおっしゃっていましたが……」
「同居家族が多かったんです。兄弟も多くて、その上祖父母も暮らしていましたから」
大家族だったようだ。だが、それも随分前のことなのだろう。ミーネ以外の人間の気配はすっかり消えてしまっている。
「でも、全部のお部屋のお手入れ、大変じゃないですか?」
そう、いかにも何かやらかしそうで、実際出てくるときも何かやらかしたらしいミーネが、数多ある部屋の掃除を隅々まで、というのは考えにくかった。
サトーからの指摘に、ミーネは照れくさそうにぽつぽつと語る。
「毎日違う部屋で寝るようにしてるんです。一部屋に留まったら、私そこしか片付けないので……」
なるほど、それは名案である。あとは廊下さえ片付けられれば完璧だろう。
とはいっても、ミーネ基準の綺麗は意識が低そうだが。
我はひっそり、サトーに言う。
「この人間は何故、何かもわかりもしないものを探したがるのだろうな」
大事なものだった気がするなんて、気がするだけかもしれないだろう。
サトーが我の疑問を代弁した。
「何故そんなに見つけたいんですか?」
すると、ミーネは微笑んだ。
「わからないものだからこそ、見つけてすっきりしたいじゃないですか。それがどんなものであれ。……要は自己満足ですよ」
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