「夢の果ての駅」
電車はガタンゴトンと揺れながら、どこへともなく走り続けている。
車内はほの暗く、蛍光灯が頼りなく瞬く。座席はがらんとしていて、他の乗客は一人もいない。まるでこの電車は俺一人のために走っているかのようだ。
窓の外はぼんやりと霞み、景色はまるで水彩画の絵の具が滲んだように曖昧だ。どこへ向かっているのか、さっぱりわからない。ポケットを探っても、どこにも切符はない。そもそも、俺はどこに行きたかったんだっけ?
窓の外に駅の看板がちらりと見える。文字は歪んでいて、なんて書いてあるのか読めない。降りるべき駅じゃない気がする。いや、降りるべき駅なんて、最初から存在しないのかもしれない。額にじわりと嫌な汗が滲む。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
電車は止まる気配もなく進む。俺はどこで降りればいいんだ? この電車はどこまで行くんだ? 何もわからない。胸の奥で焦りが膨らむ。
【始まりの駅 ヒーロー】
窓の外に、ぼんやりとした光景が浮かぶ。カラフルな仮面ライダーのフィギュアが並ぶおもちゃ屋のショーウィンドウ。テレビから流れる「世界を救う!」という勇ましい声。幼い俺がキラキラした目で叫んだ。
「仮面ライダーみたいなかっこいいヒーローになりたい!」
あの頃は信じていた。人を助けるのは簡単で、ヒーローは必ず悪を倒すって。
でも、現実は違った。窓の外の光景が揺らぐ。薄汚れた路地裏、泣いている子を助けようとしたら「よそ者は黙ってろ」と大人に怒鳴られたあの日の記憶。
ヒーローなんておとぎ話だ。親に言ったら、「そんな大層なもの、なれるわけないでしょ。テレビの見すぎ」と鼻で笑われた。仮面ライダーのおもちゃをねだった時も、「そんな無駄なもの買うお金はない」と一蹴された。幼い心に刻まれた傷は、意外と深かった。
「ふざけんな! 父さんなんて大っ嫌いだっ!」
ある日、親に反抗して家を飛び出した。夜の公園で一人、寒さに震えながら空を見上げた。星は遠すぎて、ヒーローの輝きなんて届かなかった。結局、腹が減って家に帰ったけど、親の冷たい目はさらに俺を小さくした。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
電車は次の駅へと小刻みに揺れつつ進んでいく。
【2番目の駅 サッカー選手】
窓の外に、野球場がぼんやりと浮かぶ。ゴールネットが揺れ、観客の歓声が遠く響く。俺はサッカーが大好きだった。ボールを追いかけ、ゴールに蹴り込むあの瞬間、胸が熱くなった。
「将来はサッカー選手になる!」
友達にそう宣言した時、俺の目はまだ輝いていた。でも、夢はそう簡単じゃなかった。窓の外の光景が歪む。汗と泥にまみれた練習場、同い年の子が軽々とボールを操る姿。俺にはそんな才能はなかった。努力すればいい? 毎日走り込み、夜遅くまでドリブル練習をした。
でも、親は言った。「サッカー選手? あんたにそんな才能ないよ。現実を見なさい」
苦々しくも馬鹿にするような表情を向けられた。地元のサッカー観戦に行きたいとねだった時も、「そんな金はない」と突っぱねられた。「俺だってやれる!」 親の言葉に反発して、家を出て公園で一人ボールを蹴った。
だが、疲れ果てて家に帰ると、親の目はさらに冷たかった。「そんなことしてる暇があったら勉強しなさい」。才能がないのはわかってた。でも、せめてチャンスが欲しかった。
ガタンゴトン。電車は大きく揺れつつも次の駅へと向かう。
【3番目の駅 ユーチューバー】
窓の外に、スマホの画面がぼんやりと映る。カラフルなサムネイル、楽しそうなユーチューバーの笑顔。俺は人を喜ばせるのが好きだった。友達を笑わせるためなら、変なモノマネだって平気でやった。
「ユーチューバーになりたい! 動画投稿して、みんなに褒められて、お金も稼げるんだ!」
友達に熱く語ったあの頃、俺はまだ夢を見ていた。でも、現実は厳しかった。窓の外の光景が揺らぐ。薄暗い部屋で、編集ソフトとにらめっこする俺の姿。動画を撮ってみたけど、再生数は伸びない。面白い企画を考えるには知識も発想力も足りなかった。魅力的なユーチューバーには、個性と才能が必要だった。俺にはそんなもの、なかった。
親に「ユーチューバーになりたい」と言ったら、「そんな不安定な仕事、やめなさい! まともな仕事に就きなさい」と怒鳴られた。スマホで動画ばかり見ていると、「そんなもの見てないで勉強しろ」と取り上げられた。「俺の夢を邪魔するな!」
ある夜、親と言い争ってまた家を飛び出した。駅前のネットカフェで一晩過ごしたが、朝には空腹と寒さで震えていた。結局、夢を語る勇気も、続ける力も失った。
ガタンゴトン。電車は揺れながらも進んでいく。
【4番目の駅 平凡な公務員】
窓の外に、灰色のオフィスビルがぼんやりと浮かぶ。書類の山、整然としたデスク。親に「現実的な夢を見なさい」と言われ、俺はパソコンを触るのが好きだったから、プログラマーや公務員を目指してみようと思った。公務員なら安定してる。結婚して、子供ができて、幸せな家庭を築けるかもしれない。そう思って、資格試験の勉強を始めた。
でも、道は険しかった。窓の外の光景が歪む。参考書を開く俺の姿、深夜まで問題集と格闘する疲れた目。国家公務員試験には受験費用が必要だった。でも、親は「勉強嫌いなあんたに公務員なんて無理」と一蹴。受験料を出してくれなかった。バイトして自分で稼ごうとしたけど、「バイトなんてしたら勉強がおろそかになる」とそれすら許してくれなかった。
「なんで応援してくれないんだよ!」 親に食ってかかった。だが、返ってきたのは「努力が足りないからだ」という言葉だけ。勉強を続けたかった。でも、参考書を買う金も、試験を受ける金もなかった。親の否定と経済的な壁に押しつぶされ、俺のやる気はすり減っていった。
ガタンゴトン。電車はどこへ向かう。
【夢の果ての駅】
電車は走り続けている。ガタンゴトン、ガタンガタン。車内はますます暗くなり、窓の外は真っ黒な闇に飲み込まれそうだ。もう何も見えない。かつての夢の光景も、ヒーローの輝きも、ピッチの緑も、スマホの画面も、オフィスビルの灰色も、すべて霞んで消えた。
思えば、親はずっと俺の夢を否定してきた。仮面ライダーのおもちゃも、サッカーの試合も、資格試験の受験も、何一つ応援してくれなかった。周りも言った。「お前の夢は無謀だ」「努力が足りない」「諦めたお前が悪い」。でも、夢を持つことって、そんなに悪いことだったのか? 親の否定と金銭的な壁に阻まれ、努力するチャンスすら奪われたのに、俺が悪いのか?
夢を失い、希望を抱くことすらできなくなった。行く場所なんて、もうない。電車はどこにも着かない。ガタンゴトン、ただ揺れながら、失ったものを悔やむだけ。これが地獄ってやつなのか? 終わりもない、希望もない、ただ苦しむだけの場所。
ああ、せめて好きな場所に行きたかった。たとえそれが無謀でも、届かなくても、自分の心が求める場所に行きたかった。どこに行きたかったんだっけ? もうわからない。
ふと、窓の外に一瞬だけ光が差した。ぼんやりとした何か。駅の看板だろうか? 一瞬だけ、文字が読めた気がした。「次の駅」
次の駅? そんなもの、あるのか? 電車は止まる気配もない。でも、胸の奥で何か小さく疼いた。降りるべき駅は、どこかにあるのだろうか。
ガタンゴトン。電車は走り進み続ける。
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