ラグナロク 〜ひな祭りとホワイトデー編〜


   **


 虚無の彼方で凱と翔は暗い空を見上げていた。


 百八の魔星の守護神、凱。


 天間星「入雲龍」、翔。


 彼らは恋人のために未来を守ると決意した。


「あなた達だけじゃないわよ」


 場に現れたのは「レディ・ハロウィン」ローレンだ。


 侍女の「フランケン・ナース」ゾフィーも連れている。


 ゾフィーは頭部の電極を点滅させながら、凱に向かって小さく手を振った。


 彼女は凱の恋人なのだ。


「やつらと戦う武器があるのか?」


 凱はローレンに問うた。


 不動明王の眷属である凱は、手にした黄金の剣で魔を降伏する。


「あるわ、私の魂がね!」


 ローレンは凱と顔を見合わせ、不敵に笑った。


 ハロウィンの守護者ローレンもまた、彼氏のヘイゾウと共に歩む未来を守りたいのだ。


「全く、めんどくさいわね〜」


 新たに現れたのは女の妖魔ギテルベウスだ。


 彼女はハロウィンの夜に現れて「この世」と「あの世」をつなげる存在だ。


 しかし――


「よ、よお。この前はありがとな」


「ど、どうせ美味しくなかったでしょ、あたしが作ったんだし……」


 翔とギテルベウスは男女の絆でつながっていた。


 それこそが人類四百万年の「永遠の形」だ。


 男と女が未来を創ってきたのだ。


「ゾフィーさん…… 素晴らしいチョコをありがとう……!」


「い、いいええ……」


 凱とゾフィーもまた男女の絆でつながっていた。


 二人は見つめ合うだけで満足して死ねる。


「またかよー!」


「デートでホテルとか行ったらどうすんのよー!」


 翔とギテルベウスのツッコミが入った。


 凱とゾフィーは、ハッとした。


「「ホテル……!」」


 チョウガイの脳裏には温泉旅館が思い浮かんだ。


 ゾフィーの脳裏には高級ホテルのスイートルームが思い浮かんだ。


 イメージの爆発は核融合に似た。


 凱とゾフィーの精神世界では、半径数キロメートルが吹き飛ぶほどの衝撃であった。


「我が生涯に一片の悔いなし!」


「もう死んでもいい……!」


 凱とゾフィーの愛のオーラが爆発し、世界に及んだ。


 ひょっとしたら世界は救われるかもしれない。


 凱とゾフィーが結ばれるのは非常に困難だが、だからこそ二人は「不滅の愛」の体現なのだ。


「……もう何がなんだかわかんないから、今日はおしまいよ」


 ローレンはイライラしながら言った。


 二人がうらやましいような気がしなくもない。


 翔とギテルベウスは早くも口論に及んでいる。喧嘩するほど仲が良いというのは真実だ。


   **


 グレースの新たな日々が始まっていた。


「ひな祭りを守るんだー!」


 グレースは虚無の彼方で戦っていた。


 バレンタイン・エビルの正装(グレースはプリ◯ュアみたいで恥ずかしかった)に身を包んだグレース。


 彼女は肩に担いだロケットランチャーを、混沌の軍勢に向けた。


 混沌の軍勢は、無数の人型の闇だ。


 それは未来から来た人間の悪意が、人の形を取ったものだ。


 悪意の闇が人間の形を取っている事が、恐ろしい。闇はまだ自分が人間のつもりでいるのだろうか。


「ふぁいやー!」


 グレースがロケットランチャーをぶっ放す。


 発射されたロケット弾は、混沌の軍勢の中心で大爆発を起こした。


 そして広がる暖かなオーラ……


 混沌の軍勢は光に包まれて昇華し、虚無戦線の暗い空に登っていった。


「もう、こんなことしちゃダメだよ……」


 グレースは空に登っていく光を見上げた。混沌の軍勢も、悪意の闇も、悔い改めることはあるのだろうか。


「はあ……」


 グレースの側で若者が両膝ついた。


 彼はグレースをナンパしたチャラ男、リョウマだ。


 普通の人間だったが、グレースをナンパしたのが改心の始まりであり、運の尽きだ。


 今はこうしてグレースと共に虚無戦線にある。


「お疲れさま、ありがとうね。ひな祭りは守れたよ!」


 グレースの輝くような笑顔。


 彼女の慈愛は世界に及んだ。


 ひょっとして、ひょっとしたら、世界情勢は良い方向に向かうかもしれない。


 なぜなら、グレースはバレンタインの概念と存在の意義を守る守護者(ガーディアン)――


 「バレンタイン・エビル」なのだから。


「うっ……!」


 リョウマの目から、こらえていた涙がこぼれた。


 何に対する涙か、それは自身の運命にか。


 死の恐怖か、それともグレースの慈愛にか。


「がんばろ、私がついてるから!」


 グレースに肩を叩かれ、リョウマは彼女と共に現世への道を戻る。


 二人も男女の絆の体現だ。男と女が力を合わせて未来を創っていく……


 それは人の計算ではない。天地宇宙の真実だ。


 そして二人が守ったのは、ひな祭りの概念と存在の意義だったかもしれない……


「なかなかやるな、あいつ」


 三勇士ブルはグレースとリョウマを見送った。


 二足歩行する鋼鉄のブルドッグ――


 そんな外見のブルは、リョウマを認めていた。


 リョウマはグレースだけを虚無戦線に向かわせなかった、自分も命を賭してついてきた。


 死を覚悟して何かができる人間など、なかなかいないのだ。


「あいつに人は殺せない……」


 つぶやくのは三勇士ジェットだ。


 猿型妖精から人型へ――


 凛々しい姿になったジェット。彼は伝説の忍者【ストライダー】の再来と謳われた。


 だからこそ今は「バレンタイン・エビル」と「レディ・ハロウィン」を守る三勇士の一人なのだ。 


 ――ウシャアー!


 その時、身を潜めていた人型の闇がジェットに襲いかかった。


 グレースがぶっ放した「ひなあられ砲」の一弾から逃れていたのだ。


 ジェットは反応し、闇に向かって踏みこんだ。


 人型の闇につかみかかり抱きつき、そのまま高く跳躍――


 身を離すや否や、分身が生じるほどの速さで、人型の闇へと斬りつける。


 光剣「砕覇(サイファ)」を手にしたジェットが、人型の闇に斬りつけていく。


 四人のジェットが縦横無尽に斬りつけたことで、人型の闇は消滅した。


「俺達の戦いは何処へ向かうべきなのか……」


 ジェットは暗い空を見上げた。答えが出るわけではない。


 だが、グレースらの戦いは「ひな祭り」の概念と存在の意義を守る事ができた。


 守護者として、それでいいのではないだろうか。



   **


「我が生涯に一片の悔い無し!」


 チョウガイは虚無戦線の暗い空へ拳を突き上げた。何か良い事あったらしい。


「巨星墜つか……」


 ソンショウはかたわらでつぶやく。しかし、チョウガイはまだ死んだわけではない。






「もう死んでもいい……!」


 フランケン・ナースのゾフィーは上機嫌で朝食の準備をしていた。


 頭部の左右一対の電極は、ピコピコと点滅している。


「何やってんのかしらね……」


 レディ・ハロウィンのローレンは席についてモーニングティーを飲みながら、彼氏のヘイゾウとスマホでメールしていた。


 侍女のゾフィーの恋を微笑ましく思う一方で、あまりにも欲がないのが心配だ。


「……私を気にせずに、夜のデートでもしてきていいのよ?」


「お、お嬢様! そ、そんな事になったら……!」


 ゾフィーの頭部の電極が激しく点滅を開始した。


 それは時限爆弾が爆発する前兆のようにも思われた。






「あの二人がくっつくには宇宙崩壊するくらいのエネルギーが必要じゃな」


 蛇遣い座の女神は、ゴヨウに説明した。


「な、なんでです?」


 ゴヨウとしては、父にも等しいチョウガイに幸せになってほしいのだ。


 同じく父にも等しいソンショウは心配ない。彼は彼女のギテルベウスとケンカばかりしているが、だからこそ強い絆で繋がっていた。


「磁石は違う極で引きつけあう、男と女も違うからこそ引きつけあうが、あの二人は魂の性質が同一で、なおかつケタ違いに強い…… くっつけるには宇宙の定理を変えるか、どちらかの性質が変わるしかないが、性質が変われば互いに好みではなかろうな」


「はあ」


 蛇遣い座の女神の言葉がわかったような、わからないような。


 何にせよ、ソンショウとギテルベウスが男女の絆の顕現ならば、チョウガイとゾフィーは不滅の愛の顕現だ。


 それは尊いのだ。尊いだけでは人類は救われないが、尊いからこそ存在する意義がある。






「さーて、お風呂入ろっか!」


 グレースは、ジェットとブルの二体の妖精と共に入浴しようとしていた。


「ち、ちょっと待てよ! いつも一緒に入ってんのかよ!」


 グレースの運命の人リョウマは慌てた様子だ。


 ジェットとブルは妖精の姿だが、真の姿はどちらも成人男性なのだ。


「ん、そうだよ。リョウマはあとで一人で入ってね、け、結婚するまでそーいうのナシだから!」


 赤面するグレースは可愛らしい。


 グレースの胸に抱かれたジェットとブルは、リョウマを嘲笑うかのように、両目をキュピーンと輝かせていた。


(ゆ、許さねえ……!)


 リョウマは覚醒しつつあった。


 真面目な性格だったがチャラ男になり、グレースに出会って元に戻り――


 そして今は嫉妬パワーで何かに目覚めつつあった。


「姫様の背中流してあげるモン!」


「お願いねー、ジェット」


「姫は自分で体を洗うブル!」


「えー、ジェットとブルに洗ってもらいたいなー、めんどくさいし」


 浴室に入っていくグレースたち。


 残されたリョウマは燃えていた。彼の人生が変わりつつあった。






 三勇士のアローンは、リリースの寮でトイレ掃除をしていた。


 側には謎の美女リリースがいる。


「三人はどこ行ったんだよ」


「ゼルマンに行ったのよ」


 リリースは言った。彼女に仕えていた妖魔のメイド少女三人――


 ガーナ、スージー、ラーニップはパラレルワールドに向かったという。大抜擢らしい。


「ふうん……」


 アローンは寂しくなった。彼女たちのおかげで、アローンは孤独ではなかった。


「今は二人きりね……」


 リリースが含み笑いした。今は義理の娘イブも大学に行っている。


 鬼◯の刃の炭◯郎の母によく似たリリース。割烹着がよく似合う美女だが、アローンとしては一歩距離を取っている。


「だって正体不明だかんな……」


 旧約聖書にリリースとイブの正体を求めたが、よくわからない。


「んもう、奥手なんだから!」


 すねたリリースは美しく可愛らしいのだが――






「よろしくお願いしまーす♥」


 メイドのスージーがランバーに挨拶した。


 そばかすのある可愛らしい少女だ。


 スージーの側にはガーナとラーニップの姿もある。

 

 ガーナは身長百九十センチ以上の凄絶な美人だ。スージーは女子中学生風だが、ガーナは短大生くらいだろうか。


 ラーニップはツンと澄ました美少女だが、ランバーと目を合わせない。何か意味がある。


「あ、ああ、よろしく」


 精悍な美男子ランバーも人付き合いは苦手だ。設定年齢が引き下げられて、十八歳前後になっている。


「ぬあによ、ランバーは他の女に!」


 長い赤毛の長身美人ペネロペは、右フックでランバーを殴り飛ばした。


 ランバーはメイドカフェ「ブレーメン・サンセット」の窓を突き破って、石畳の路上まで吹っ飛んだ。


「ふん、男なんて……!」


 身長百八十センチ越えのペネロペは鼻息を荒くする。外見的には十八歳前後、ランバーと同年代だ。


 パラレルワールドのゼルマンという町で、ランバーとペネロペがどんな日々を過ごすのか? それはまた別の機会に。


   **


 ホワイトデーだった。


「お返ししてくれるわよね〜?」


 ギテルベウスは凄絶な笑顔でソンショウを威嚇した。


 今日は派手で濃いメイクだ。美人だが、ハロウィンの夜に現れる魔性のようでもある。


「へ、へい……」


 翔は蒼白な顔だ。ギテルベウスにはホワイトデーのお返しとして、回らない寿司を欲求されていた。


「翔、俺もついていく」


 凱は翔に呼びかけた。二人は祖父同士が兄弟であり、遠い親戚になる。


 同い年だが、凱の方が数ヶ月早く産まれた。なので、翔は凱を兄貴と呼ぶ。


「わ、私も行きます!」


 凱の恋人ゾフィーもついてきてくれるという。


「ふ、二人の時間を……」


 蒼白な翔は涙ぐんだ。


 凱もゾフィーも今日のホワイトデーのために、スケジュールを調整していたろうに。


「お寿司食べに行こうって誘われまして……」


 ゾフィーはギテルベウスにそう言われたという。二人は友人でもある。男女四人には不思議な縁があった。


「へいへい」


 翔の顔つきは変わった。開き直りか、やけになったか。何にしても真剣な眼差しが凱とゾフィーには頼もしい。


「男の意地だ!」


 翔の気合も空回りか。ギテルベウスという狂気的な彼女と、なぜつきあうのか。


 それが男女の絆の妙か。敵対しあう者が男女に分かれて、惹かれあう――


 宇宙の意思は、争いすら愛に変えるのか。






 ホワイトデーにも守護者(ガーディアン)はいるはずだ。


 ホワイトデーの概念と存在の意義を守る守護者が。


 しかし、姿を見せない。


 超越の存在は、高次元から男女の絆を微笑ましく見つめているのかもしれない。






「おやっさん、あれとそれとこれ握って!」


 ギテルベウスは寿司屋のカウンターで次々と注文した。


 ガラスケースの中には、本日のオススメのネタが並んでいる(※時価)。


「あいよ」


 口数少ない店主は黙々と寿司を握る。


 それを豪快に食い散らしていくギテルベウス。


 欧州系の美人だが残念だ。


 彼氏の翔は、さっきから茶しか飲んでない。


 凱とゾフィーはお任せ握り(おトクな値段でリーズナブル)を食べながら、横目で二人の様子を眺めていた。


「俺は負けねえ!」


 翔は燃えていた。


 必ずやギテルベウスの性根を打ち砕くのだ。


 それが男の甲斐性というものだ。


「ひょ、ひょ、ひょ……」


 ギテルベウスは翔を見つめて不気味に笑った。


 その妖しい微笑は、正しくハロウィンの夜に現れる魔性そのものだった。


   **


 神は己に似せて人間を創ったと旧約聖書にある。


 そっくりに創った、とは記されていない。


 知多星ゴヨウは、いつか見た夢の光景を思い出した。


 台に置かれた土人形に、美しい女性が息を吹きかけると、それは肉ある身となって立ちあがったのだ。


 それは母親が幼い息子を見つめて微笑しているような、そんな光景だった。


「ストォーップ!」


 カオスはゴヨウの口を抑えた。


 宇宙創成より瞑想を続けていた神、カオス。


 何者かによって「女」の顔を与えられたカオスは、それゆえにゴヨウの相棒(パートナー)になった。


「それ以上はダメ! いーい!」


 珍しく必死な顔をしたカオス。五十六億七千万年近い年月を過ごした瞑想の神にも、畏れ多い存在がいるのだ。


「そ、そーよ、あなたの存在なんか消されちゃうわよ!」


 カオスの内からメロリンも注意した。


 メロリンはネット世界で産まれた意思エネルギー生命体だ。


 ネット世界を支配するメロリン(何者かによって「女」の顔を与えられた)はカオスと融合し、より高みの存在となった。


 カオスとメロリンは時に同一、時に分離して活動している。


「人類の未来は〜……」


「大地母神と海母神が〜……」


「地球意思は〜……」


「始祖が〜……」


 カオスとメロリンがペラペラ話しているが、なぜかゴヨウの耳には聞こえない。


「さ、朝ごはんにしよ!」


「あたしはドナクマルドがいいー!」


 カオスとメロリン、二人の少女がゴヨウを朝食に誘った。


 ゴヨウは苦笑した。なんというか、安らぐ。


 この思いが、この記憶が――


 最高の一瞬が永遠の感動になり、それゆえにゴヨウは救われているのだ。


 肉体が滅んでも彼の魂は相応しい場所に向かうだろう。


 縁ある者たちの魂と共に。


 共に困難を乗り越える家族や仲間がいれば、そこは「地獄」ではないのだ。






「私達もしばらくおやすみですねー」


「全く、ひどい話よ。むりやり共演させて、人気出たからシリーズ化して…… で、ネタ切れだから小休止だなんて」


 ゾフィーとギテルベウスの二人はティータイムだ。


「うるっせえなあー、人気出たから活躍できたんじゃねえか」


「落ち着け、翔」


 翔と凱の二人も、同じテーブルについている。


 四人の男女が紡ぎ出すB級ホラーラブコメは好評だった。


 それが魂の活性化につながるのだ。


   **


 異世界の石畳の街ゼルマン。


 朝になり、街に活気が満ちていく。


 神秘の鎖「ラグナロク」を持つ若者ランバーは「ブレーメン・サンセット」に――


 謎の美女ペネロペが経営するメイドカフェに入店した。


「いらっしゃいませー!」


 そばかすのメイド少女スージーの元気な声と明るい笑顔に、ランバーは微笑した。


「ど、どうぞ!」


 メイド美少女ラーニップは、ダン!とランバーの前にモーニングセットのプレートを置いた。


 普段はクールなラーニップが、ランバーの前ではドジっ娘に早変わりしてしまう。


 理由は推して知るべしだ。


「いらっしゃいませ、ランバー殿!」


 副店長の長身ブロンド美女ガーナクルズが、裸にエプロンという姿で出てきた。


 なので、ランバーはモーニングティーを豪快に吹いた。


「まあ、ランバー殿ったら、そそっかしい!」


「ランバー、だいじょうぶ!?」


 スージーは馴れ馴れしくランバーの背をさする。


「ちょっとガーナ! 朝からそんなのやめてよ!」


 ラーニップはガーナに注意した。言うべきことは言うらしい。


「おっほっほっほっ…… これくらいで、あたくしの愛は負けませんわ!」


「その前に消されてしまうだろ!」


 ランバーはラーニップに口元を拭いてもらいながら叫んだ。


 そして、店内には最も怖い女(ひと)が現れた。


「朝っぱらから何してるの……?」


 真紅のバッスルドレスに身を包んだ麗しきペネロペ。


 彼女の額には太い血管が浮き出ている。


 ひきつった笑みは、恋するランバーに向けられていた。


「そーいう趣味だったの?」


「いや違うぞ!」


「ふん、ごめんあそばせ」


「待て、俺の話を聞け!」


 朝っぱらからのペネロペとランバーの痴話喧嘩。


 それもまた男と女の「永遠の形」だ。 


   **


 リリースの寮にも続々と少年たちが入寮してきた。


 都内の某名門校に入学する予定の学生たちだ。


 学力、スポーツで全国トップレベルの若き獅子たち。


 リリースとイブ、そしてアローンの新たな生活が始まった。


「まったくもー、短大卒業して家事手伝いだなんて……」


「あら。楽しそうに見えるけど?」


「な、何言ってんのよママ!」


 寮の庭で洗濯物を干すイブとリリース。


 当然、アローンの下着も洗っていた。


 アローンの下着を干しているイブは、なぜかキラキラ輝いていた。


 やがてイブは寮生からアイドル視されることになる。


「平和だな……」


 アローンは縁側に座ってつぶやいた。


 リリースとイブの正体、更に旧約聖書のことは追求しないことにした。


 今ある平和こそ尊いからだ。



   **


「シブンキョウを倒せ!」


 チョウガイはゴヨウに命じた。


 百八の魔星の守護神チョウガイは、魔星に転じた勇士らを率いて混沌(カオス)の軍勢と戦う。


 無敵に近いチョウガイも、シブンキョウには勝てない。たとえチョウガイの方が強くとも。


 定められた天数、運命には勝てないのだ。


 水滸伝において、晁蓋(ちょうがい)は史文恭(しぶんきょう)に殺されている。


 天導百八星にとって史文恭は最大の難敵だ。


「わかりました」


 天機星「知多星」ゴヨウは頭を下げた。


 蛇遣い座の女神、カオス、メロリン。


 超越の女性たちの助力を得ているゴヨウならば、あるいは。






 虚無戦線ではグレースが劣勢だ。


「だ、ダメかも……」


 グレースの発射した「桜ランチャー」の一撃でも、虚無の闇を浄化できない。


 闇とは人間の悪意そのものだ。


 人間の欲望と悪意は同一であり、決して晴れることはないのか。


「くっ!」


 グレースの側にいたリョウマは爆弾を抱えると、戦場を駆けた。


「リョウマ、何してるの!」


 背にグレースの声を浴びながら、リョウマは戦場を駆けた。


 それはまるで、銃弾飛び交う戦場に飛び出した兵士のようだ。


(これでいいんだよ!)


 リョウマは駆けながら泣いていた。


 いや、笑っていた。


 彼は自分が何のために産まれてきたのか、わかったような気がした。


(ありがとうな、グレース!)


 リョウマはグレースに感謝した。


 前途に何も見出だせないチャラ男のリョウマを救ったのは、グレースだった。


 かわいいグレース(短大生だが女子中学生に間違われる)は、バレンタインの概念と存在の意義を守る守護者(ガーディアン)だった。


 グレースは守護者「バレンタイン・エビル」として生き、そして死のうとしていた。


 普通の人間に過ぎないリョウマには何がなんだかわからなかったが、彼女の心意気に感銘を受けたのは確かだ。


「元気でなー!」


 リョウマは目を閉じながら駆けた。


 短期間でグレースのことが好きになっていた。


 せめて最期くらいは男のロマンに死すのだ。


 好きな女の子が幸せになりますように…………


 ――ボン!


 リョウマは何かにぶつかって、後方に弾き飛ばされた。


 慌てて身を起こそうとしたリョウマは、複数の人影を見た。


 暗い空の下に立ち並ぶのは、身長三メートルにも達する美女たちだ。


 それぞれが鎧や刀槍で武装していた。ファンタジーゲームのキャラクターのような巨大な美女たちだ。


 リョウマは魂の底から震え上がった。なぜならば美女たちは、人間にとっては「魔神」と呼ばれる存在だったからだ。


 また彼が激突したのは、先頭の美女の豊かな胸だったらしい。


「よこせ」


 美女の一人がリョウマの手から爆弾を奪った。


 懐中電灯に似た小型の爆弾だが、これでも地図を書き換えるほどの大爆発を引き起こす。


 その爆弾を美女の一人は、飲みこんだ。


 ――ドモン!


 美女の胃の中で爆弾が爆発した。美女の腹部は一瞬、大きく膨れ上がった。


「……ふう〜、しばらくタバコはいらないか」


 美女は口から黒煙を吹きながら、ニヤリと笑った。他の美女たちもだ。


 リョウマはただただ震えていた。魔神を前にして人間に何ができるだろう。


「お前の心意気に免じて、今日は退いてやる。だから、彼女のとこに帰んな」


 魔神が――


 いや異形にして巨大の美女が言った。


 リョウマは緊張の糸が切れて気絶した。






 グレースによれば、始まりの世界には女しかいなかったという。


 男は後から創られた存在であり、それゆえに女の期待を一身に背負わされるのだ。


 また、光の存在が人類を滅ぼそうとする一方で、闇の存在が人類を守ろうとしているらしい。


 光も闇も人類の思いなくして存在しえないからだ。


 この宇宙に漂う力が、人類の思いによって形となったもの――


 それが神や魔と呼ばれる存在だ。


「ふう〜ん……」


 リョウマは湯船に浸かりながら、グレースが入ってくるのを待っていた。


 今日はグレースが背中を流してくれるという。敢闘賞らしかった。


 リョウマの胸は期待と不安に高鳴っている……


「お待たせ〜」


 グレースが浴室に入ってきた。


 リョウマは思わず立ち上がりそうになった。


 バスルームの中で見つめあうグレースとリョウマ。


 グレースは水着姿だった――


「なんだよ、もうー!」


「へへへー、期待した? 期待しちゃった?」


「う、うるせえなー、もうー!」


「きゃあー、立たないでー! アレとかアレとかは結婚してからだって言ったじゃん!」


 リョウマとグレース、二人の騒々しい声が浴室に響く。


 今日も男女の絆は永遠の輝きを放っていた。

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