善い世界の為ならば
鈴川 掌
プロローグ 頑張ってきたアナタへ
ある所に勇敢なるモノたちがこちらに歩いてくる。
ようやくここまで来た、ようやくこれで終われる。
立ち上がり相対する、彼らに恐怖は無い、若干の憎しみと賞賛されるべき勇敢さが彼らを動かしている、だからこそ、その勇敢なるモノたちへ問う、倒されるべきモノとして。
「お前達に聞きたい事がある」
始まりの街トータスはいつからあそこまで活気づいたか知っているか?今では多種多様な種族が自由に暮らせる前のトータスは知っているか?
ある廃村に未だ崩れずに残っている伝説勇者の石像を見た事は?
「なんだ、見た事がない?南方大陸の生まれか?じゃあそうだな…」
魔法使い同士の最高峰の戦いが行われ、決戦の場になった魔法都市の魔法学校グレーヌが紡いできた魔法史として見た場合の世界変動をじっくりと見たことは?
ある馬鹿が国王を殺した事で、この世界初めての人類と魔族の平等共存宣言が出た、南方最大国家エスクラベルテは?
か弱い聖女が旗を持って戦ったとされる聖女の街、アンレオルの今は?
数千年前に勇者への褒賞として建造された、美しいシャルボーン城を見て何を思った?
赤い街並みだが、知性生命の青色の街と呼ばれた生産都市ビアル、その赤色の青の街の衰退した今を見てきたか?
「殆ど見てないじゃないか、世界を救うモノならしっかりと見て学べ、そこにはお前達、知性生命が紡いでいくべき、善い歴史が紡がれている」
勇敢なるモノたちに呼応するようにこちらも、刀剣を構えて最後に勇敢なモノらへ啓示。
「善い事をするようにな?」
こうして魔王に支配された歴史は、その日をもって終わりを告げる。
これから語るのは、それよりも前のまぁ、前日譚の様なモノだ。
ただ生きていただけのある子の話から始めよう。
ある場所に村があった、小さな村だ。
国と呼ばれるモノにも、街と呼ばれるモノにも属さない、魔族は人が多い所、物資が多い所を良く襲う。
数十人程度の村を滅ぼしても益が無いと、知性ある彼らは知っているからこそ、そうして細々と暮らすモノも確かに存在していた、裕福な暮らしは出来ない。
ひたすらに畑を耕し、森で獲れる動物狩り、川で魚を釣るその場凌ぎ生活であるならば、魔族は襲わない、噂できく一国が滅ぼされたなどという話にも無縁だ。
その筈だったのだ。
たまたま魔族が持つ虫の居所が悪かったのだろう、子が住んでいた村はたった一体の魔族によって滅ぼされた、意味も分からず泣く赤ん坊、許しを懇願する老体、泣きながら少年の頭を大丈夫、大丈夫と語りながらなでる母。
少年は凄く心地良かった事を覚えている、その瞬間からまるで生涯が始まったかの様に、少年の世界に色付きを感じる感覚を覚えるほどに。
だがそのようやく始まった生も終わりが近い、その瞬間まで間違いなく感じていた少年は母という存在が目の前で殺され、次は自らの番というのがわかっていた。
それが本能的にわかっていた、けれど子供は足を動かせない。
確かにその終わりは喉元まで迫っていたが、何かの間違いか寸での所でそれは止まる。
「待て!」という言葉と共に。
意味もわからず、許された一瞬の隙を、救われた命を無駄にしない為に走り始めた。
止めに入った誰かに、礼の一つも告げずには子は逃げる事しか出来なかった。
ただ最後に振り返った際にこの泣きじゃくり涙で歪む視界で見たものは、一生忘れることができないであろう、一振りで七つの斬撃という矛盾を放つ老体と、刻まれる魔族。
この日少年はその生涯を始め、そして生きる意味を知る。
疲れ切って意識を失っていたのか、ふと目が覚めると救護されていたらしく、あたたかな毛布に包まれ、自分は馬車に揺られていた。
あの老体はという問いに誰も答える事はしなかった、今思えばできなかったのだろう。
同じく馬車には老人の様なしわくちゃな腕と、決して離れることなく握りしめた剣が布に包まれている光景だけが全てを物語っていた。
夜になり星々が煌めきだすと魅了された様に思い出す、あの絶技とも呼べる斬撃を。
そして魔族というモノに対する憎しみと、感謝も伝えられず逃げる事しか出来なかった情けなさを、毎晩晴れた夜空を見て思い出す。
この世界は弱肉強食だ、それは人であれなんであれ、この世界に存在するモノ達全てが反論もできないだろう。
強いモノが世界を支配し、弱きモノはその世界でただ蹂躙されるか、歯向かう権利だけを持っているだけ、強きを挫き弱きを救うなど都合の良い妄言だった。
強いモノが支配し弱いモノはその下に跪く事しか許されないこの世界、なんと醜悪で残酷な世界なのだろうと誰しもが思った。
魔王と呼ばれる不老なる存在が世界を支配した時、この世界に住む数多の生物は二択を迫られた。
絶対的な実力を持つ存在に支配権に置かれる事を良しとするか?それともこの支配は不服だと異議申し立て反逆するか。
当時と現在を照らし合わせて簡潔に言うのであれば、魔王を認め隷従し強者になるか、反骨を示し魔王の言っている事を妄言と吐き捨て、弱者に成り下がるか、賢いモノならば前者を選び、何かを勘違いしたモノだけが後者を選んだ。
自ら選んだ選択の結果が自分たちの首を絞め続けているのだから、強きを挫くヒーローなんてものを望むこと、その行為そのものが恥知らずでおこがましい事だ。
けれど何度も何度も世代を経て行くうちに、現状をただ受けいれるのではなく打破しようとする機運が高まった。
人々は幾星霜の時を経ても達成したいと願いを次の世代、次の世代へと託し続け、後の世にはこの三つの願いだけが残っていた。
一つ世界を支配する魔王を討つ事。
一つ世に種族間の無駄な争いを無くすこと。
一つ多くの人間も魔族も関係なくいつの日か公平な立場で。
これはこのたった3つの願いを叶えるべく命を賭けることを、その身に誓い魔王を倒すと想起し、善い事の為に人生を捧げた冒険者と呼ばれる存在の、戦い抜いた長い歴史の一幕である。
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