ラピツリア改国記〜小さき者達の大きな物語〜
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第1話 貴族の子供達
白い鳩が羽音を立てて飛び立つ。子供の無邪気で明るい声と楽しいオルガンの音色。商人と買い物をする主婦の会話ーー。一見すると平和の象徴が広がるこのラピツリアだが、数年前まではこのような光景が訪れることなど誰も信じていなかった。いや、正しくはごく一部の少年・少女のみしか信じていなかった、と言うべきなのだろう。
「こらっ、小僧待ちやがれ!」
市場から怒号がする。見ると1人の少年が群衆の中を上手くすり抜けて郊外へと走り抜けていく。その後ろを店主らしき男が追いかけているが、この群衆では到底少年のステップには追いつけないだろう。少年の足並みはまるで踊るかのように軽やかで優雅にすら見える。この街では子供が店の商品をくすねることなど日常茶飯事。くすねられた方はたまったものじゃないだろうが、別に誰も気に留めやしない。
「へへへ、今日は上手くいったな」
少年は安全な郊外の池のほとりに座るとそう1人ごちた。手元には先程くすねてきた焼きたてのクッキーが湯気を立てている。
「エリック、また市場から商品を盗んできたの?」
突然声を掛けられて少年は少し狼狽えながらも上を見上げる。声の主は木の上にいる幼馴染のアリアだった。
「アリア、これは盗んだんじゃないよ。偉そうにしている商人から取り戻しただけさ」
「仮にそうだとしても私から見たら今のあなたの方がよっぽど悪人に見えるわ」
呆れ顔でアリアはそう言い、器用に木を降りてエリックの隣に腰掛ける。
「で、侯爵令嬢がパンツも隠さずに木登りなんてしていて良いのかい? もうすぐヴァイオリンの発表会だろ」
皮肉を言いつつ、くすねたクッキーを分け与えようとする。だがアリアは
「ねえ、エリック。私たちは貴族の子供としてそれに即した品位のある行動をしなければならないと生まれるときにアディア様に誓ったからこの世に生まれて恩恵を受けているのよ。それなのにどうして――」
「どうして泥棒の真似事をするのか、だろ? もう何千何万回とも同じ答えだよ。奴らが間違っているからそれを僕は正したいんだ。そのためには手段は問わないと言い続けているだろう。いい加減分かってくれよ」
「いいえ、分かりっこないわ。だってあなたがやっているのは正義というおべっかを振りかざしているけど犯罪には間違いないんだもの。今はまだ泥棒の真似事かもしれないけどそのうちこの国にとっての反逆者になるかもしれないじゃない」
エリックはくくくっと笑う。
「反逆者か。いっそのことそれを目指してみるのも悪くないな」
「馬鹿なことを言わないで。おじさまが聞いたら物凄くお怒りになるわよ」
「お父様も王家の言いなりだからそりゃ怒るだろうね。お父様だけじゃない。この国の貴族は皆、王家の駒として忠誠を誓って今日を生き延びているんだ。彼らに楯突いたらたちまちこの国から追い出されてしまうだろうし、最悪の場合だと命の保証すら存在しないもんね」
ラピツリアは王家が全ての国。その下に貴族層・商人層・貧困層が存在している典型的な身分格差が広がる国だった。しかも各身分の中にもさらに細やかな格差がいつの間にか生じており、互いに上を見ては嘆き、下を見ては冷笑ですらない目線を送るそんな毎日だ。それが最早当たり前となっている人間も少なくない。アリアも案外そのタイプの人間なのだろう。
「それに僕たちはアディア様の恩恵を受けていると幼い時から事あるごとに教わるけど、それはあくまでも神話上の話さ。誰も彼女の姿なんて見たことがない。第一、女神様自らが愚かなる人間どもの間に身分格差を設けるなんてことがあると思うかい? 全員すべからく平等にするのが神ってものじゃないのか?」
「そう、そうかもしれないわ。でも何もエリック、あなたが悪事に手を染めることはないでしょ。近い将来うんと勉強してこの国の重要補佐官にでもなれば直接的ではないにしろ政治に干渉出来るし……」
「それじゃ遅いんだ。今日もこの国ではぼろ布に身を纏ってカビたパンを大切そうにしている人がいる一方で僕らみたいにのんびり弦楽器を奏で、小綺麗な身なりで柔らかなビーフステーキにナイフを通す人間もいる。僕が重要補佐官になる頃には前者みたいな人間の一体何人が命を落としていると思う?」
エリックはゆっくり立ち上がり、クッキーの紙袋を大事そうに抱えて
「そろそろ行かなくちゃ。このクッキーを待っている子供たちがいるからね」
とアリアとの話を無理矢理終わらせるように告げ、貧困層が住む街・ホゼルへと向かった。
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