最低最悪なコラボ

 寝て起きて、そしてついにコラボ当日は訪れた。

 珍しく登校通勤の時間帯に起きた鈴野すずのは、近所のパン屋で買ったパンとコーヒーで優雅な朝を過ごしてから、いそいそと本番へ準備を進め一日を過ごしていた。


『そんなわけでー、無事に幹部の半分を捕まえたんですよー。意外というかそうでもないというかー、あの日の襲撃に戦力のほとんどを割いていたらしくてー、実質一網打尽って感じですねー』

「ほうかよ、はむっ。まあ囲まれたのはお前らの方だけどな」

『手厳しいですねー。そこはほらー、返り討ちにした私達の結束が勝ったとかそう言う感じでー。まあ私の所はほとんど私一人で制圧しましたけどー』


 絶対胸張ってるなと、褒めてくださいとばかりの自画自賛。

 話しながらどや顔しているのが目に浮かぶと、鈴野すずのはパンを食べながらカタカタとキーボードを叩いていく。

 

「じゃあもう解決でいいのか? 任期満了お疲れ様ー」

『……それがですねー。ちょーっとばっかり変なんですよねー。まこと忌々しいことにー』

「変?」

『そうなんですよー。何かあの騒動で捕まえた中にいなかったんですよねー、ボスらしき魔法少女がー』

「……ああ?」


 鈴野すずのは手を止めないながらも、シロホープの言葉に怪訝な声を上げてしまう。


「確か……あー……マンボウだっけ? 何で魚なんだろうな?」

『実は花にもそういう品種があるらしいですよー。私としてはそっち解釈かなーって-』

「へえー。まあどっちでも良いわ。興味ないし……ふわぁ」


 マンボウなのに花とか魚とか。

 実にくだらないと、自分で言いながらもどうでもいいと思いつつ、鈴野すずのはあくびしながらカチカチと打ち込んでいく。


『……忙しそうですねー。なにやってるんですー?』

「ん? ああ、作業。今日使う予定の資料作ってんだ」

『はえー。まあそういうわけでー。マンボウなるボスに組織ごと切られたんじゃないかって説が浮上しててー、ちょっと事後処理して終わりーってわけにもいかなくてですねー。……はあっ』

「へー、まあ頑張れ頑張れ。それが最後の仕事なんだろ? 統括会オイル初代会長さん?」

『まだまだ引き継ぎとか新会長選定とか色々あるんですけどねー。……あっ、今からでも立候補しますー?』

「やるわけないだろ。んな無償の奉仕、まっぴらごめんだね」


 鈴野すずのがばっさり否定すると、シロホープは「よよよ」と露骨な悲しみの声を流してくるので、つい苦々しげに顔を歪めてしまう。

 

『まあ、何かあったら連絡しますよー。先輩も気をつけてくださいねー』

「おう頑張れー。あ、機会があったら労いも兼ねて何か奢ってやるよ」

『……適当なことをー。先輩のリアル知らないんですけどー』

「はっはっは。奇跡に期待するんだなー。……んうぅー」


 いつもどおりの口調ながら、そこそこの怒りが乗ったシロホープの言葉。

 そんな態度に笑みを浮かべつつ魔伝を切り、凝り固まった腕を震わせながら天へと伸ばす。

 

「うーんこんなもんかぁ。いやしかしなぁ、これどうなんだぁ?」


 目の前の画面に映し出された、どうにか形になったそれについ渋い声で唸ってしまう鈴野すずの

 イメージの、思いのままに描き殴った数枚。

 果たして本当に使う機会があるのか。そして使ったとして、どんな反応をされるか。

 全ては自分の手腕次第だと、鈴野すずのは頬を叩きつつ再びキーボードへと手を伸ばして作業を進めていく。

 時間も気にせず、だらだらながら手は止めずに作業を進めていく鈴野すずの

 そうしてしばらく経ち、やがて窓から見える空色も青から茜へと切り替わってきた頃、この数日で何度聴かされたコール音が、鈴野すずのを集中を終わらせる。


「はいもしもし。そっか、もうそんな時間か」

『……?? 何かしていたの?』

「まあな。ちょっとした余興の準備ってやつ、気にすんな」

 

 軽い口調でさらりと話題を逸らした鈴野すずの

 そんな鈴野すずのに宵闇バットは声に疑問を乗せながら、けれども追求することなく最後の準備を始めていく。


『で、最終確認だけど炎上関係には一切触れないし、余計な火種も残さない。ちゃんと分かってる?』

「はーはーへーへー、分かってます分かってます。清く正しく丁寧に、小綺麗に纏まった配信を……だろ?」

『……そういうことよ。お願いだから守ってよ? 最後に問題とか起こしたくないんだから』


 どうでもいいと、そう言わんばかりな雑さで頷く鈴野すずのに不安がる宵闇バット。

 そんな確認を退屈だと思いながら、鈴野すずのは流しながら画面端の時計へ目を向けると、十九時前と配信開始がそこまで迫っているのを認識する。


『……そろそろ時間ね。準備はいい?』

「……ちなみにさ。普通に変身後でやる予定なんだけどさ、私ってどっちの方が人気あるんだろうな」

『知らないわよ。気になるなら自分の枠でアンケでも取りなさいっての』


 くだらない軽口を叩きながら、枠を準備し時間まで待機する二人。

 自分の枠に集まり出すコメント達。しかし宵闇バットの配信枠にも目を向ければ、この数分だけでも十倍を超える視聴者数の差とコメントの密度に弱めの舌打ちをしてしまう。

 

 人気の差は分かりきっていたこと。けれども実際見せつけられると心に来るのは当然か。

 この中の大多数が今日の主役は宵闇バットだと思ってるし、事実私はただの添え物なのだろう。

 さしずめ愛嬌だらけな蝙蝠の復活のための贄。……はっ、笑えるね。傑作だ。


『……何よ?』

「つくづく残酷だなってよ。上と下、平等なんてこの世にはねえよ」


 しかし、だからこそと鈴野すずのの口角は上がってしまう。

 思い描いたこれからのこと。やろうとしているのは無遠慮で無責任で無神経で、誰もが嫌悪するであろう最低な行い。

 けれどそれが成就したとき、今日配信を観ているやつらの全てが、そして宵闇バット本人が度肝を抜かれることだろうと確信しながら。

 

 嗚呼楽しみだ。柄にもなく緊張してる。ベルの声、上擦ったりしないかな。

 後で訴えられる可能性すらある気がするが、まあそれは気にしないでおこう。……最悪とっととイナリ見つけて金借りよう、身体を担保にして。

 

「3、2、1……はいスタート」


 カチリと、マウスの左を押し込みながら自らのスイッチも切り替える。

 ただの人から魔法少女──あの人が思い描いた名付けた私、その理想に最も近しい形へと。


『こんばんよい~♡ 眷属のみんな元気かな~♡ ……うん、みえてるようで安心安心~♡ それじゃあ今日もバットが配信しちゃうよ~♡』


 まずは本日の主役である宵闇バットが開幕の挨拶をして場を整えていく。

 その最中、激流のように流れていくコメント欄。私の配信ではまずお目にかかれない速度の、罵詈雑言すら無数に混じる文字を的確に捌くその様に、鈴野すずのはつい感心してしまう。

 どれだけ堕ちようとやはりベテランの配信者。それも数万数十万の登録者を背負う三大企業の一角、その一人。

 普段話している時は欠片も感じていなかったが、本来登録者四桁程度の個人配信者では繋がることすら不可能な配信者なのだと。

 

『というわけで~♡ 今回告知通りお友達のベルちゃんと配信していくから~♡ とーってもチャーミングだから知ってもらえると嬉しいな♡ はいどうぞ~♡』

「……ふう。というわけでご紹介に預かりました♥ 正義と可憐の代名詞♥ 裏も表もない子供の味方♥ 魔法少女ベルでーす♥ 蝙蝠ちゃんたちこんばんはー♥」


『誰?』

『はい』

『こんばんよいー』

『こんばんよいー』

『こんばんはー』

『キャラ被り?』

『裏しかねえだろ淫売』

『よおビッチ。底辺コラボご苦労様』


 仮にもコラボだというのに、それでもなお抑えきれないアウェイムード。

 よその箱ですらないスラム街の余所者。以降に縋る哀れな野良犬の挨拶など、片手で充分だと突きつけるかのような温度差。

 けれども鈴野すずのは欠片も動じることなく、顔色一つ変えずにその歓迎を受け入れる。

 

『ベルちゃんありがとう~♡ 今日をずーっと楽しみにしていたんだ~♡』

「ベルもベルも♥ 生活圏が違うのに招いてくれて嬉しいよ♥ おかげでここ数日八時間しか寝られなかったんだ♥」


『生活圏?』

『朝と夜的な』

『配信いつも夜だろ?』

『なんでこんなのとコラボしてるんだ?』

『見捨てられて相手がいないだけだろ』

『男とやれよビッチ』

『クソ底辺とやるしかない嫌味バットwww』

『声可愛いじゃん』


 仮にも本人と本命の前だというのに、それはもう言葉を隠さない正直者なことでと。

 内心そう皮肉りながら、鈴野すずのは自分の配信枠の方のコメントにも目を向けてみる。


『死ね』

『ベルたんやっほー』

『精々立てろよぶりっこババア』

『¥500 荒れてんなぁ』

『元々やろ』

『いつも通りやね』

『¥1000 ベル、いつも通りで何よりだよ。頑張って』


 そこはまさに光が生んだ影とも言うべきか。或いは汚れに汚れた便所とでも言ってやるべきか。

 いつもより勢い強く、それでいて本放送とでも言うべきバットの方より荒れに荒れている罵倒の嵐。コラボへの不平不満がこれでもかというほどにぶちまけられており、最早地獄絵図としか形容出来ない場所に成り果ててしまっていた。

 

「というわけで魔法少女ベル♥ 今日は楽しくバットちゃんと最高の時間を過ごすから♥ みんな温かく優しい目とコメントで応援してねー♥ よろしくー♥」


 結月ゆづきの教育に悪すぎるなと思いつつ。

 だがそれでも、鈴野すずのは一切の管理をすることはなく。

 宵闇バットの配信とは違い、モデレーターなどいないありのままの惨状だが、それでも舌で唇を舐めて、不敵に口角を上げながら話す。

 

『……それじゃあ始めよっか~♡ ではではいよいよ、眷属さん達にもベルちゃんにもやるゲームの発表しちゃうよ~♡ 今日やるのはこちら♡ 二人一縄ツーワンロープだよ♡』


『ああそれやるんだ』

『前やってたよね』

『懐かしい』

『誰とヤッたんだっけ?』

『虹ちゃんだよ。ほらっ、どっかの蝙蝠に裏で後輩死ぬほどいびってるって暴露された人』


『……っ、みんなよく覚えてるね~♡ 私がまだ新人の頃、最初のコラボでひかり先輩とやったゲームだよ~♡ あれ以来すっごいお気に入りなんだ~♡』


 一瞬だけ声が震えながらも、さっと自分の画面にゲームを開く宵闇バット。

  二人一縄ツーワンロープは縄に繋がれた操作キャラを強力してゴールまで導く二人用限定のゲームで、単純ながら不快にならないグラフィックにそこそこのテクニックを必要とするものだ。

 箱に属する大手の配信者、特にVであれば大多数は通過儀礼とまで言える定番のもの。そして発売されたのは二年前で、今ではあまり見かけなくなってきたゲームだった。


「あーこれね♥ 有名な人は皆やってたよね♥ ベルは経験ないな♥」


 おーっ、とあくまで知らなかった体で手を叩きながら歓声を発する鈴野すずの

 もちろん何をやるかは知っていて、何ならさきほどリハーサルまでしたので新鮮味など微塵もないのだが。

 それでも初見というのは大事だし、この手のゲームにぼっちであった鈴野すずのは興味がなかったので、中身を知らないという意味では初見に嘘はなかった。


『ベルちゃんは初見なんだ』

『コラボ経験0だぞこの女』

『あのキャラじゃ無理だわな』

『そうなん? っていうか結構知ってる人いるんだな』

『まあお似合いだわな。裏のあるキャラ同士で』


 こいつら通報や訴訟が怖くないのかと。

 自分の普段の配信とは違うベクトルの、遊びも容赦もなく毒を撒いては消されていくコメント連中に鈴野すずのは内心辟易してしまう。

 そして同時にコラボ相手に同情してしまう。確かに自分に非があれど、味方なしでこれを一身に受け続けていたら配信という行為自体が嫌になってしまうだろうなと。


『じゃあ始めていこうね♡ あ、画面は共有してないからベルちゃん視点はベルちゃんの配信で確認してね♡』


 そうしてゲームは始まり、二人は着々とゲームを進めていく。

 宵闇バットの操作する赤い人形と鈴野すずのが操作する青い人形が、わたわたとフィールドを動き先へと進んでいく。

 初めの五分はおぼつかない操作で。そして鈴野すずののゲームスキルを考慮し、徐々にではなく上達が早く流れるように進み明るい会話がメインになるという流れ。

 まさしく事前の打ち合わせ通りの予定調和。弾けることも暴走することもない、極めて穏やかな配信であった。


『やっぱりベルちゃん上手いね~♡ 私が初めての時は倍くらい掛かってたんだけどな~♡』

「そうかな♥ 導き手が良いんじゃないかな♥ バットちゃん、相変わらず誘導が上手いし♥」


 そうして配信開始から約一時間。

 多少の失敗を混ぜつつ、針みたいなちくちく言葉と槍みたいな攻撃的な暴言を流しつつ、七ステージあるうちの四つをこなして小休止と小話を挟んでいた。


『てえてえ』

『あら^~』

『雰囲気良いな』

『結構仲良いよね。同じ箱の人よりもさ』


 対処が追いついてきたのか、多少はましになってきたバットのコメント欄。

 そして依然汚物溜め同然な自分のコメント欄に心の中で謝罪しながら、鈴野すずのは大きく深呼吸する。

 前半は順調。このままいけば、表面上は和やかに進行し続け、今を楽しんでいるであろう宵闇バットの満足する終わりを迎えることだろう。


 ──だからこそ。そうであるからこそ、本番はここからなのだ。


「ごめんバットちゃん♥ お花摘んでくるね♥」

『りょ~♡ ごゆっくり~♡』


 ミュートにして席を離れてトイレを済ませ、一口水を飲んでから固い椅子へと戻る鈴野すずの

 そして音を出す前に準備しておいた仕掛けの一つを再生し、「よし」という頷きの後にミュートは通常へと切り替えられる。


『ほらおいで。どうしたの? ……もしかして、仕事してる?』

「おまたせ♥ 待った?」

『お、お帰り~♡ 全然だいじょう……えっ?』


『お』

『お帰りー』

『え、あ、え?』

『はい?』

『男?』

『なんこれ』

『男じゃん』


 ただ一人、何も知らないといつも通りに振る舞う鈴野すずの

 だがそれ以外の全ては呆気にとられ、その中でも宵闇バットは時でも止まったかのように硬直してしまう。


『まじかよ』

『いやいやいやいやいやいや』

『嘘だろ?』

『信じてたのに』

『¥500 誰かなそれ。説明が欲しいなベル』


 まず鈴野すずのが目を向けるのは、案の定荒れ始めた自分のコメント欄。

 今回本当に謝るべき、何の関係もない被害者連中へ申し訳なりつつも、自分なんぞのスキャンダルでも意外と動揺されるんだなと少しだけ嬉しくなってしまう。


『え、ま?』

『面白くなってきた?』

『お、男か?』

『阿婆擦れ二人? もしや竿姉妹?』

『これ本当に人か?』

『よりによって今かよ。もうこれ以上は止めてくれよ。まじで』


 そして宵闇バットの方、対岸の火事であろう彼らはコラボ相手の自爆に少しの盛り上がりをみせる。

 

『聞こえてる? そんなやつらより、俺の声だけを聴いてほしいな』

「え、どうしたのバットちゃん? もしもーし♥」

『あ、あん……ベルちゃ~ん? 音♡ 何か音漏れてるよ~?」

「え、あ♥ ごめーん恥ずかしい♥ 昨日買ったASMRが付いちゃってたー♥ 週末の疲れを癒やすイケボ全肯定七十二選♥ てへぺろ♥」


 その指摘に、餌に獲物が食い付いたと。

 鈴野すずのは画面上のモデルでは表現しきれないくらいにほくそ笑みながら、これ以上なく猫撫で声で謝りつつ、あえて音量を上げたり下げたりして人でないことを画面の奥の人達へ伝える。


『草』

『草』

『草』

『ベルもそういうの聴くんだ。ちょっと失望』

『まあ中の人やさぐれてるもんな』

『週末の……もう一回言ってみ?』


 その声が偽物であると分かったからか、重くなった空気は直ぐさま元へと戻り。

 多少の落胆はあるものの、適度な刺激により両者のコメントの流れる速度は加速していく。


「昨日バットちゃんにおすすめされて買ってみたんだけど♥ ベルにはちょこっと大人すぎたかなって♥ 流石に配信中には聴いてらんないよね♥」

『……へーそうなんだ。それは残念♡』

「うん♥ いやー驚き♥ やっぱり操作ミスって怖いよね♥ ベルはこの前もやっちゃったし♥ バットちゃんも気をつけなきゃね♥」

『……そうだね♡ 気をつけるよ♡』


『やっちゃった(やっちゃった)』

『何か雰囲気悪くね?』

『何かしたのこの人?』

『キャラ作りバレた。中の人を公表した』

『バットちゃんこういうの聴くんだ。意外……でもないか』

『あれ、この声って配信と一緒じゃ……』


 あくまで今繋がっているコラボ相手に紹介されて買ったのだと、そこを何よりも強調して釈明する鈴野すずの

 その挑戦的な、明らかな当初の取り決めには入ってなかったトラブルに宵闇バットはほんの少しだけ動揺を声に乗せながらも流れを修正しようとする。

 

 だがもう遅い。まずは一つ、疑念の種は撒いてやった。後は馬鹿共が勝手に邪推してくれるだろうよ。

 そして軌道修正なんてさせるわけない。楽しい楽しいお祭りはこっからが本番だぜ?


「あ、そうだ♥ ところでさー♥ バットちゃんって今後はどうするの~?」

『……今後?』

「……あ、ごめん♥ 何でもない♥ へんなこと聞いちゃったね♥」


『今後?』

『今後とは』

『……まさか』

『どういうこと?』

『内緒話か?』


 今度はぽろりと、つい口が滑ってしまったかのようにマイクに零す鈴野すずの

 そのたった一言の、慌てて訂正した失言が宵闇バットのコメント欄が不審な気配を臭わせ喚き出す。


『……ねえベルちゃん♡ そろそろゲームに戻ろっか♡ お話よりゲームがしたいな♡』

「えー♥ ……ま、いいや♥ もう面倒臭いなって♥」

『……はっ?』


 面倒臭いと、笑顔ながらにあっけらかんと

 その一言に、ついに宵闇バットのキャラの仮面が割れ、奥にある本来の顔を覗かせる。


「だってそうじゃん♥ ベルも疲れるんだよ? NGだらけで言いたいことも言えない、窮屈極まりないぎっちぎちのリスク管理コラボしかさせてもらえないのは♥」

『……あ゛?』

「その上ベルにとって最初のコラボを、自分の最後を慰めるために使われてさ♥ あ♥ 自慰したのはこの前だっけ♥ あのASMRで、男もいないのに喘いでいたお猿さんみたいにさ♥」


 呆気にとられる宵闇バットをよそに、鈴野すずのはひたすらに吐き捨てる。

 罵倒を、皮肉を、侮蔑を。それこそ戦闘中に相手を挑発するかのように。

 

 自分の首が絞まっているのをひたすらに感じる。配信者として積み上げた、今までの信頼が全て壊われていく音が脳を震わせてくる。

 言えば言うほど悪手なのは理解している。今ならまだ致命傷で間に合うかもしれないと……いや、やはり無理だろう。

 だってそれは、私が誰よりも思っている本音だから。この哀れな蝙蝠の墓に贈ってやりたい言葉だから。


「今日触れたかったのは炎上関係だったのにさ♥ ほんっとにお涙頂戴だよね♥ 散々金稼がせてもらったのに個人の配信のゲストに、鶏の鳴き声みたいな名前で出た時の方が楽しいって言っちゃうバットちゃんも♥ 厄介やら反転気取って男の声の違和感にすら気付かず燃やしていた情けない眷属リスナーも♥ みんなみんな度し難いほど大馬鹿で滑稽だよね♥」


 空気が凍る。宵闇バットも、コメント欄も、全てが時間でも止まったみたいに一瞬制止する。

 それはVを、配信を、人気商売を嗜むものであれば言ってはいけないこと。

 応援してくれていたファンという存在の否定。これまで魔法少女ベルを支えてくれた人達への裏切り。そして自分を信頼し、引退や真実を教えてくれた宵闇バットへの攻撃。

 今宵、魔法少女ベルは客商売の禁忌を、越えてはならぬ一線を踏み越えた。例え多くの者が思っていようが吐き出してはならないものを、自らの口から漏らしたのだ。

 

『なんだこいつ』

『死ねよこの女』

『死ね』

『どうしてこんなやつとコラボしたの?』

『引退するって、え、嘘だよね?』

『荒らそうぜこいつ。気持ち悪い』

『特定して晒そう。どうぜ僻んでるブスだよ』

『バットちゃん無実なの……?』

『やっぱ個人は駄目だわ。場を弁えない』


 当然宵闇バットのコメント欄からはありったけの、真っ直ぐ一本の怒りと憎悪を。


『ベルたん……?』

『中の人出てますよ』

『おー珍しい。ベルモードでがち煽りするの』

『これやばくね?』

『これベル終わったな』

『あーあ』

『それ言うのはどうなん?』

 

 次に自分の、ベルのコメント欄からは困惑と否定と、そしてやっぱり無数の憎悪が。

 そしてそんな有象無象よりも肝心要な宵闇バットは、息を震わせ今にも泣き出しそうになってしまっているのを。

 鈴野すずのはそれら全てを一身に受け止める。悪意以外の、特に目の前でなくて目の前にいる、一人の女性に少しだけ胸が痛くなりながら。


『……ふざけるなよ。言うに事欠いてそれか。私言ったよね? 最後だから、せめて平和に進めて大事にしたいって──』

「知らないよ♥ じゃあ他の人とやればよかったじゃん♥ 嫌いなんだよね♥ そういううじうじした、妙に達観してるふりだらけの被害者意識♥」

『……ふざけるな。私がどんな気持ちで、最後にしようってッ!!! 言ったよねッ!!! あんたッ!!』


 鼓膜を貫く、不快に割れた大怒号。

 飾った口調も甘い声もない宵闇バットを、鈴野すずのは愉しげながら軽く鼻で笑う。


「大体さ♥ 配信後にオナるってどういうことよ♥ ベルでもやらないよそんなミス♥」

『ミュートミスで燃えたやつがどの口で言ってんの!? お前の方がファンに失礼だっつーの!!』

「知るかよ♥ 馬鹿は馬鹿だよ♥ 中にいるのは人間だって知ってるのに、どうせニチ朝よりも昭和のアイドルよりも夢見ちゃってるんでしょ♥ 


 その後はもう売り言葉に買い言葉。理屈も理性もない、子供でさえあきれ果てる放送事故。

 勝手に燃えるコメント欄を見ることなく、鈴野すずのが半日掛けて準備したパワポを使うこともなく。

 ただひたすらにぶつけ合われた罵倒は十分近く行われ、宵闇バットのマネージャーが強制ストップをかけるまで続いたのだった。

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