約束ですよ?
女幹部ホイップと、魔法少女ブルームーンとの戦いから一週間と少し。
一連の騒動にけりがつき、想定以上の報酬で懐を暖めながら日常へと戻った
「ねえわー。まじでねえわー。クソをクソと言えない世の中が一番クソだってーの。だから遠慮なく言うわ! 期間限桑の実クルピス飲んだけどミスマッチすぎてクソマズだっつーの! あれ絶賛しているやつ金で味覚売ってると思うわ!」
『きっつ』
『これが魔法少女の言うことか?』
『子供も見てるんですよ!!』
『は? 桑クルは最高なんですが!?』
『¥500 好きなものを好きと、嫌いなものを嫌いと言えるベルは立派だよ』
「おっ、さんきゅースパチャ。いやーお金って素晴らしいぃー!!」
魔法少女ベルとはまるで違う、現実の
けれどやけくそで配信していると言われればそれも違う。
彼女は今、ベルであって魔法少女ベルでない。画面に映る女性のアバターがその証拠だ。
桜髪のあどけない少女ではなく、長身巨乳で長髪黒髪で、更には側に灰皿すら描かれた女アバター。
それはまるで現実の
炎上の際、どうすべきか真剣に悩んで謝罪配信をしようと思っていた
そんな時、報酬の十五万と「お詫びです」という言葉と共に送られてきたそのデータを見て思いついたのが今のやり方、二アバターの併用だった。
企業勢は絶対にやらず、個人であっても覚えやすさを損ねるわ大した意味がないわであまり得しない売り方ではあるのだが。
先の炎上も相まって、何故か上手くキャラ付けとして受け止められた魔法少女ベルの中身こと
そんなわけで、少女達の夢と幻想を詰め込んだ魔法少女。自分もなれるそれに真っ向から唾を吐いたかのような存在として、ふてぶてしく配信しているというわけだった。
「あ゛ーもう! うるっせーぞクソ
『草』
『草』
『キレてて草』
『ぶひぃぃぃ!!』
『うーんこの』
『別にハロにもクロックにも保証なんてないんだよなぁ』
一応ニチアサの象徴たる魔法少女の中身なのだが、そんなことなどお構いなしに声を荒げる
キャラ付けをストレスと感じていたわけでないのだが、月一で素を出せる機会というわけで中々に新鮮でついつい楽しくなってしまっていた。
「おじゃましまーす。お姉さーん、来ましたよー」
「おーう。……ごほんっ、じゃあてめえらまた明日。次はきっちり魔法少女ベルだから、石清水のように透き通った心で観に来るんだぜ?」
そんな時、扉の開く音と共に可愛らしい少女の声が部屋へと響き渡り、すっかり朝から昼に変わっていたことを認識する。
流石に他人……いや弟子と、何の職にも就いていない大の大人が言うのは恥ずかしく。
とりあえずは姪ということにしておいた
だが若い女の登場に媚びもへったくれもなく、勝手気ままにコメントする
『はいおつー』
『姪ちゃんキタ!』
『姪ちゃんの声聞かせて』
『姪ちゃんかわよ』
『¥1000 僕はベル一筋だよ。むしろ姪とかいうのは一生出さないでベルが──』
「聞かせねーよ! ていうかてめえらも若さに固執すんな! クソがっ! それじゃあな
薄情な連中だとぶち切りしつつ、きちんと配信が切れていることを確認する
あの忌まわしきミス以降、三割増しで気をつけるようになった不注意。
今日も何かをやらかさず、無事に終われていることに一安心していると、部屋に入ってきた少女が背後からひょっこりと顔を出してきた。
「今日もご機嫌でしたね。お姉さんらしさが全開で、いつものキャラ付けより私は好きです」
「……うっせー。っていうか、師匠の配信勝手に観てんじゃねーぞ」
「嫌です。お姉さんの配信は私の趣味ですから」
じろりと睨む
「今日は軽くお茶漬けです。この前テレビで見た、ちょっと一工夫で早変わりが美味しそうだったので」
「……あのさ。飯まで作ってもらって言うのもあれだけど、お前暇なの?」
中身の詰まった袋を置き、てきぱきと料理を始める
いらない物だらけだったのがすっかり綺麗になり、少女好みの配列となってしまったキッチン。
そんな我が家であって我が家じゃない一角に何とも言えない気持ちを覚えながら、
「お姉さんが言ったんじゃないですか。来たい時はいつでも来ていいって」
「そこまで言ったっけ……? そういうニュアンスじゃなかった気が……」
「そう捉えましたし、私はお姉さんの弟子ですので。それに、合い鍵くれたのはお姉さんじゃないですか」
「まあそうだけどさ……」
湯を沸かし、茶碗を用意し、ご飯のパックを電子レンジへと入れ。
冷えた緑茶を注いだコップを敷かれたテーブルに置いて満足している
「千円で足りるのに……」
「ばーか、手間賃だっつーの。前も言ったろ? そういうのはおとなしく喜んで受け取っておけ」
「……はい」
「よろしい。それと前みたいに私に還元するなよ?」
「…………はーい」
念押しする
まだ少し納得いかなそうではあるが、それでもぺこりと頭を下げてから財布へと仕舞いにいく。
まったく、金が貰えて何が不満なんだってんだこのガキは。
私なんてガキの頃無償奉仕だったんだからな。……ああいや、あれと比べるもんでもねえか。
欲のないお馬鹿に呆れているとレンジが鳴いたので、少量の魔力で手に膜を貼って温まった白米を取り出し、箸で茶碗へとよそっていく
「……熱くないんですか?」
「魔力でちょちょいとな。ま、お前も上達すれば出来るようになるかもだぜ?」
少し得意げに話しながら、
そんな配分に不満だったのか、
「可愛くねえガキだな。育ち盛りなんだからしっかり食っとけって」
「お姉さんのご飯です。食べないと痩せちゃいますよ?」
「私は特別だから良いんだよ。ほらっ、素敵なワンポイントあるんだろ? 早くやって食おうぜ?」
頬を膨らまし、全面的に不満を訴えてくる
「んじゃまあ、いただきます」
「いただきます」
小さなテーブルを挟み、手を合わせる
湯気の漂う茶碗を持ち上げ、少し熱かったので再び魔力で誤魔化しつつ口を付ける。
一見普通の普通のお茶漬けだと思っていたのだが、口内へと入った瞬間広がったほのかな爽やかさと刺激に驚いてしまう
え、美味えなこれ。
お茶漬けって案外くどくて好きでも嫌いでもなかったんだが、梅でも入れたのとはまた違うすっきりと、けれども確かに食の進む味わいだ。
「いいなこれ。何入れたんだ?」
「ゆず胡椒です。……私的には微妙ですけど」
「ほうか? ま、そういうこともあるわな」
会話は最小限で、ずるずると音を立てて食べ進めていく二人。
あっという間に食べ終わった
そういえば、冷茶漬けなんてもんもあるらしいな。
さっぱり食うならあっちの方が良かったりするんだろうな。……せっかくだし今度試してみっか。
「ごちそうさまでした。……食べるの早いです、お姉さん」
「良いだろ別に、早食い大会でもねえんだしよ。それにそれだけ美味かったって事なんだ、盛大に誇るがいいさ」
褒める
「でさ、お前いつまで来るの? 教えること、もうねえんだけど」
「いつまでもです。お姉さん、私が来ないとすぐにだらけるじゃないですか」
「んぐ……」
ぐうの音も出ない正論に、返す言葉もなく唸ってしまう
苛つきと食後の満腹の兼ね合わせでヤニが恋しくなるも、チャカチャカと流しで皿を洗う
ったく、咥えてるもんが甘いだけの菓子だからか自然と移っちまったか。
こいつがこれからも来るってなら、そろそろ禁煙も考え時かもなぁ。
「お茶です。……後これ」
「ああ? ……って、お前なぁ」
いつの間にか戻ってきており、今度は何故か
そんな少女がテーブルに置いたのは、お茶の注がれたコップと小さな白い箱。
ただしそれは、今一番身体が求めているものではなく。
あくまでその代用でしかない、子供が食すために作られた煙草の模造品の入った箱であった。
「まーた私に金使ってんじゃねえか。このクソガキがっ」
「った……いいんです。私はお姉さんが煙草吸う姿、格好良くて好きですから」
額に軽いデコピンが直撃した
引きそうにもなく、せっかく買ってきてもらったの無碍にするわけにもいかず。
仕方がないので箱を開け、一本出して口元へと持っていく。
しかしなぁ。ガキに煙草推奨されるとかどんな大人だよ、ほんと。
けどまあ、私もそうだったからなぁ。嫌いで嫌いで仕方なかったのに、気付けば憧れに近づくためと吸い始めたのがきっかけだったわけだし。やっぱりガキには格好良く見えるもんなんだよな。
「……甘めぇな」
「お菓子ですから。それにしても、臭くなくなりましたよねこの部屋。臭いの嫌いだったので嬉しいですけど、ああいうのって簡単に落ちるものなんですか?」
「ああ、魔法でちょちょいっとな。元々引き払う時にでもやる予定だったんだが、お前のおかげで早回しってわけだ」
「……全国の喫煙家が羨みそうですね、その魔法」
そりゃそうさ。
けど私は魔法少女ベルなんだ。ちょっとくらいの特別は許されるだろう?
「……私も吸ってみたいです」
「大人になったらな。ガキにゃ百年早いっての」
口のシガレットをパキリと割り、咥えていない方を
一瞬驚くもそのまま咥えた少女は、「甘い」と呟きながらすぐに噛んで飲み込んでしまう。
「ま、当分はこれで我慢しておくんだな。大人になったら奢ってやるよ」
「……約束ですよ。大人になっても、一緒にいてくださいね」
「発言がいちいち重い……っておい、叩くなクソガキっ」
からかわれたことで頬を膨らませ、胸をぽかぽかと叩いてくる
そんな少女へ
「……約束、ですよ?」
「分かった、分かったって。お前が飽きるまではいてやるから」
その言葉で止まった少女は、不満げな表情のまま胸の中へと飛び込む。
柔らかな少女。花のように甘く優しい匂いと白肌の小さな身体を、
ああ、いてやるさ。お前が望む限りはずっと。
どうせどこかに行くような宛てなんてないんだし、お前がここから巣立つまでくらいは変わらずお姉さんしていてやるよ。
それがあの人が私にしてくれたことで、私がこいつにしてやりたいことだ。
だから気張れよ? 新たにして最後であろう旧世代、魔法少女ブルームーン?
「……煙草と汗で臭いです」
「服の臭いは落としてねえからな。汗はまあ……気にすんな」
「嫌です。次はちゃんとお風呂入っておいてください」
それでも少女を放すことなく、手だけを動かして再度シガレットを取り出し口へと持っていく。
口の中に広がる甘さと、少女の妙に温かい体温。
春も終わりで少し蒸し暑くなってきたというのに、そのどちらもが
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