調子の良い時ほどやらかすもの

 二日後、無事に結月ゆづきが完全復活し、訓練は再開された。

 とは言っても残り五日。煙草と配信しかやることのない鈴野すずのはともかく、健全な十代である結月ゆづきには学校生活もあるわけで。

 帰宅時間も考えるとあまり時間も取れず、大した成長は見込めないだろうと鈴野すずのは高を括っていたのだが。


「……へえ」


 そんな予想のハードルを飛び越え、結月ゆづきは劇的な成長を遂げていた。

 その成長の早さはまるで一度自転車に乗れた子供があっという間にコツを掴むかのようで、初日や二日目の十分未満が嘘であったかのよう。

 そして


「だが甘ーい!」


 その成長に喜びながら、鈴野すずのは少しギアを上げつつ背後から叩き落とし、追いかける様に満足気に着地する。


「けふっ、けほっ……」

「いやー予想外。たった三日でえらく様になったじゃねえか」


 地面に倒れながら、倒れながらもすぐに身体を起こした結月ゆづきへ褒める鈴野すずの

 

 泣き言言わずに起き上がる。身体能力云々よりも、その精神の成長が何より好ましい。

 どんなに形式張った決闘でも、結局戦いってのは基本待ったなしだからな。

 蝕んでくる痛みを克服し、すぐに次へ立て直すための思考力。これが戦闘には何よりも必要で、養うのには時間と経験が必要なんだ。

 ……ま、そっちは合格すれすれってところだがな。むしろ驚くべきは、予想外だが魔力の方だ。


「連続して魔力枯渇を起こした者が、まれに回復と共にその量を増やすって話は聞いたことはあるが……まさか本当に起こるとはな」


 消費しきった結月ゆづきだが、以前ほど困憊というわけではない。

 流石にランニングの影響が出るには早すぎるだろうし、気持ちの変化じゃ根拠としては少しばかり弱い。

 であればやはり、その秘密は魔力量の上昇にあるのだろうと、鈴野すずのはそう推測していた。

 

 体感だが、恐らく十日前のホイップとの二戦目からおよそ二倍、或いはそれを少し超える程度か。

 いずれにしても別物であるのは確か、あのときとは雲泥の差とまで言っていいくらいだ。

 一応、昔そんな感じで筋トレならぬ魔力トレを推奨してくる馬鹿がいたし、まああり得なくはないのだろう。

 けれどやはり不可解ではある。確かそいつ曰く、魔力というのはそうぽんぽん総量が増えるなんてことはないとかそんな感じで──。


「……ベルお姉さん?」

「ん、ああ悪い。考え事してたわ」


 きょとんとこちらを覗いていた結月ゆづきに、鈴野すずのは思考を切り替える。

 

 まあ魔法少女の構造や理屈に興味が薄かった私が考えた所で無意味だろうしな。

 こういうのはエターナルの領分だ。わざわざ会いに行く気も機会もないだろうが、まあいつかが来たら尋ねてみるとしよう。

 

「さて。じゃあ残る問題は顕現武装ステッキの方かね」

「……前にも説明されましたけど、そのステッキ? というのはどうすれば使えるんですか?」

「んーいや、ぶっちゃけ個人差としか言いようがねえんだよなぁ。名前の割に皆が皆棒状って訳でもねえしさ」


 質問を受けた鈴野すずのは腕を組み、唸り声を上げて考え込んでしまう。

 顕現武装ステッキ。それは魔法少女の根幹の武器化にして、名や姿と同じく己を表す象徴である物。

 発現時期には個人差があり、明確な基準はないというのが鈴野すずのが知りうる限りである。


「発現してみりゃ分かるんだが、顕現武装ステッキの有無ってのはお前が思ってるより大事なことだぜ。免許皆伝とまではいかねえが、初心者脱出やらチュートリアル卒業みたいな感じだしな」

「……よく分かりません。お姉さんの例えは私向きじゃないです」

「そりゃおめえ、例え話ってのはそういうもんだろ。逆だったら多分、お前の話で私が頭を抱える番だったろうぜ?」


 自分では良いと思っていた例えが上手く伝わらず、首を押さえて困ったように悩む鈴野すずの

 その様子に結月ゆづきは多少の不満を顔に出しながらも、ゆっくりと立ち上がってふわりと空中へ浮く。


「ともかく、もう一回です。今度は上手くやります」

「その心意気は買うがな。もう六時だぜ? 疲労も溜まってるだろうし、何よりお前の門限が近いじゃねえか」

「飛んで帰るので平気です。最悪、お姉さんに送ってもらうからいいです」

「……はあっ。前とは別人だな」


 鈴野の言葉を待つことなく、やったもんがちと言った具合に逃げ始める結月ゆづき

 あの夜以降、それはもう意志や要望という我が儘にげんなりしつつ。

 同時にそんな子供らしさを楽しく思いながら、鈴野すずのは大きな声でカウントを始める。

 そうして特訓は再開され、再び鏡界ホールに騒がしさが戻ってくる。

 時間にして三十八分二十三秒。前日の記録よりも三分も伸ばした結月ゆづきは倒れ伏し、俵の抱きかかえられながら帰宅したのだった。






 結月ゆづきを家まで送り、小娘に使われたことに不満を覚えながら帰宅した鈴野すずの

 雑な軽く食事を済ませ、シャワーで汗を流し、すっかり気分を戻して配信に勤しんでいた。


「でねでねー♥ その娘がベルを頼ってくれてー♥ もうきゃー♥ って感じなの♥」


 配信にて最近の事情を九割五分ほど薄めながらにこやかに話す鈴野すずの

 普段の三割増しにテンションなのだが、ここ数日はすっかりこんな感じなので視聴者リスナーこと雑音ノイズの皆さんは慣れた様子でコメントを残していた。


『惚気かよ』

『¥1000 笑顔に満ち溢れてこっちまで幸せになる。最近のベルはますます良いね』

『ベルたんかわよ』

『ババアまた配信してて草』

『初見です。灰色の楽園エデンから知りました。可愛い声ですね』


「はいラクロアさんはじめましてー♥ どんなきっかけでも来てくれたことに感謝だよー♥ 灰色の楽園エデンなんて鬱ゲー、ベルの記憶にはないけどぉ?」


 長時間配信による鈴野すずのの知らないバズ以降、ライブには以前の三割増しほどの視聴者がおり。

 二百人弱ほどを集めた雑談配信にすっかり自らの心を潤わせつつ、鈴野すずのは身体を左右に揺らしながら配信を続けていく。


『いつまでも引きずってて草』

『ミレウたん可愛いもんなぁ。アドラ』

『流石は一昨年のフリクエ女王。知名度の割に薄い本多かったもんな』


「もー駄目だよー♥ ベルの配信ではえっちな話と他のライバーの話は禁止ー♥ 魔法少女は小さな娘とこの配信を楽しんでくれている人の味方なんだからー♥」


 それらしい言葉で視聴者ノイズ共を窘めつつ、後で老舗の画像投稿サイトを調べようと心に決めた鈴野すずの

 そんな感じで配信を進め、気がつけば二時間に届こうとしている頃。

 話すこともなくなってきて締めに丁度いいのだが、眠くもないので単発で出来るゲームで深夜を潰そうかなと考え始めた、その時だった。


「……ごめんみんなー♥ ちょっと電話来たからミュートするねー♥」


『おけ』

『お、トイレかー?』

『ベルたんのおしがま耐久キボンヌ』

『ん?』

『あれ?』


 一言だけ言い残してから画面から目を離し、舌打ちしながら側に置かれた箱を乱雑に掴み、その中から一品取り出して口へと咥える。


「……ふうぅ、今いいとこなんだ。邪魔してんじゃねえよ兎野郎」


 誰もいないはずの部屋へと投げられた言葉。

 邪魔された反動か、或いは単純に不愉快だったからか。

 ともかく苛立ちに溢れたそれの数秒後、鈴野すずのの背後に無数の塵が集まり一つの形を為していく。


「……ひどい。ウサギは小粋なメッセンジャーなのに」

「ああ? 前のやつじゃねえな?」

「今日のあるじはウサギの気分。ウサギはクール担当の歯車ウサギギアラビット。ちなみに我らは漢字ではなく、片仮名でウサギと書くタイプのウサギ」

「ウサギウサギうるせえなぁ。前回のといい、自己主張しなきゃ寂しくて死んじまうんですかぁ?」


 火を付けて大きく吸い、これ以上なく嫌みをぶつけながら身体を後ろを向けた鈴野すずの

 そこにいたのは、同世代と比べても少し小さいであろう結月ゆづきよりも小柄な白髪ロリ。

 いや、ロリと言うよりペドの域まで達していそうな背丈。そして先日のウサギの紳士同様に長い耳を立て、あろうことか人参まで手に持っている兎人であった。


「なあクソウサギ。私は今、とーっても楽しく配信中なんだが」

「知ってる。何ならあるじも閲覧中。もっとも、主は偶然おすすめに出てきたのを付けただけだけど」

「……あ? ああ? あああ?」


 まったく表情を動かさない、そんなウサギの唐突なカミングアウトに困惑を通り越し脳が白く染まってしまう鈴野すずの

 だがその意味を理解し、色を取り戻して直ぐさま、身体からどっと冷や汗が吹きだしてしまう。


 あいつが、ギアルナが、夜凪が見ている? 私の、私の配信を?

 え、うそっ。まじやばっ。ちょうはずっ。なんであいつが、っていうか、どうしてバレ──。


「ふむ。落ち着けベル。主はバーチャルの真相のしの字も知らない。ウサギは所詮伝言用の端末なり。魔法少女ギアルナの穴、という奇跡に救われている。……主の穴、閃いた」

「……やっぱりお前ら同類だよ、まじで」


 平坦ながら、確かに雄弁なその口にどこかの兎の紳士を思い出しつつも。

 そのぼけっぷりで確かに知己の片鱗を感じると、渋い顔をしながらも納得する鈴野すずの

 

「で、何のようだ。愚痴含みの戯れ言なら今度こそ吹き飛ばすぞ?」

「おー怖い。ウサギの体毛びっくびく。犬のようにちんちんしてぴょんぴょんと跳ねてしまいそう。……そういうのは狐っ娘のお役目だったね、失敬レズ共熱烈ファッキュー」

「ああやかましい! あれはイナリのやつが息乱して盛ってただけだっつーの!」


 過去の暴露に吠える鈴野すずの。だがウサギは別段驚くこともなく、我関せずとばかりにぼりぼりと人参を貪りながら黒の丸目を向けるのみ。


「うーむ、ベルルン成分の摂取完了。ウサギも満足したからそろそろ伝言始めるね」

「……あーはい。でなに? 本番は明後日だろう? 直前でも良かったじゃねえか」

「それが止むに止まれぬ事情というやつが。やむやむ、めっちゃ病むぅってかんじー」


 どういうわけか人参をヘタまで綺麗に完食した後、ウサギはよよよと大袈裟によろけてみせる。 

 その態度に鈴野すずのは更に若干苛つきながらも、どうにか拳を握る程度に抑えた。


「なんとー、統括会オイルの連中がメケメケ団の本拠地見つけちゃったらしいのです。いやーまいったまいった。というわけで明日には襲撃される予定。鏡界ホールを介し、強襲をかけるってわけ」

「……はあっ!? 何でバレたんだよっ!?」

「度し難いほど愚かだけど無能ではない、それが統括会オイル、新時代における最初の魔法少女団体にして均衡の要なので。まあもっとも、ここまでするりと進むのは一重に会長が不在だからなのですが」


 会長の不在、それを耳にした鈴野すずのはある魔法少女を思い出しながら怪訝な顔をしてしまう。


「……いねえのかホープ。あいつが指揮してんじゃねえのか」

「イエス。そもそもの話、今回の襲撃は幹部の独断による隠蔽でしかなく、魔法少女シロホープははぶられの身っぽい」

「……あいつ、嫌われてんのか?」

「いえいえむしろリバース。大好きなボスに怒られたくないから揉み消しに躍起になっていると、それが今回の惨状なのだと主は嘆いてるのである」


 あんまりな話に、鈴野すずのは煙草の煙と共に重苦しいため息を零れ出してしまう。

 

 惨状。まさしくその通り。ガキかってんだ……ガキか、今の魔法少女は総じて。

 しかしいただけねえな。今の話を私に出来るってことは、ギアルナあいつも現状を把握してるってことだろう。そこまで状況が動いたってなら自分でやれば良いだろうに。

 ……ああ、でも今日も明日も明後日も平日か。なら無理だな、仕方ねえわ。


「というわけで、その親善試合なる企画もの。明日開催にしてほしい。そういう話」

「……ああ、分かった。確認してみる。しかしまずいな、まだ調整しきれてないってのに」

「そこは新人の素養に期待したいところ。とはいっても、ギアルナ支給のマスコットを介さないからいまいち現状を把握出来てないけど」


 そうして一通り話し終えたのか、ウサギは勢いよく立ち上がってくるくると回り出す。

 回転により散らばっていく魔力。一応退去であると、鈴野は

 もう間もなく消えるかと薄くなっただが何かを思い出したかのようにピタリと静止する。


「あ、最後に一言。今回を教訓に押し忘れには気をつけること。ちなみにウサギの声は一切電子機器に乗らず残らず、その辺りは安心してくれていい。ではでは、アデュー」

「あ、おいクソウサギ! 圧し忘れって何のことだよ?」


 最後の言葉の意味が分からず、頭を悩ませながらもくるりとパソコンへ向き直し、中断していた配信に戻ろうとした鈴野すずの

 だが様子おかしくいつもの倍近い速度で画面を流れるコメント欄を読み、ついには唖然としてしまう。


『めっちゃきつい口調で草』

『ファーーwwww』

『仕事の話かな』

『これで魔法少女とかwww ババア痛すぎwww』

『え、何これ。何これ』

『終わりだな。切り抜いて拡散しよ、矢吹やぶき君の記録に泥塗るから罰が当たったのよ』


 阿鼻叫喚とはまさにこのこと。そこはまさしくゴシップという熱に染まった地獄なれば。

 

『¥1000 ベル気付いて。ミュート出来てないよ』

 

 そしてその上に目立つ、いつもはありがたいとほくそ笑む色と金付きのコメント。

 その文字群が鈴野すずのの理解を強引に追いつかせ、同時にウサギの言葉の意味すら悟ってしまい、無意識に口を押さえてしまう。


 ……あ、まじ。やっちまった。終わったわこれ、どうしよ。


「あー、えーっと、今日は終わるねー♥ バイバーイ♥」


 マウスを持つ手はガタガタと震え、灰をデスクに落としつつも何とか本体を灰皿へと乗せ。

 それでもどうにか一言だけ挨拶を絞り出し、鈴野すずのは反応すら待たずに配信を終了する。

 

「……あー、あー」

 

 どうにか冷静でいようとするが、誤魔化しの言葉の一つすら喉から出ては来ず。

 その胸中は未だ焦りと後悔のみが占め、表情すら置き去りにしたまま放心してしまっていた。


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