第三話『街エルフにご用心』その13

「――新しい怪人シミュラクラムは完成したか!?」


 ハミルカルの大声が廊下に響き渡る。


「緊急事態だ! ゴブリン程度では何十体居ようとも、全然対処出来ない。クソ、特にあの首なし。一体何者だ!? この際、多少未完成でも構わん。動いて殺せるならそれでいい!!」

「どうもこの先が、怪人の製造場所らしい」


 廊下の突き当たり、厳重な鉄の扉が見えてきた。

 恐らく特殊な方法でないと開けられない扉。しかし今は慌てふためいたハミルカルによって開け放たれ、中の光と声が漏れ出している。


「もしかすると、怪人に改造された冒険者と戦闘になるかもしれない。人見知りだと、色々気まずいんじゃあないかい?」

「問題ない。ギードの話を聞く限り、ワタシの知り合いではなさそうだ。尤も、こんな状況だ。知り合いだとしても手心を加える余裕、ワタシにはないよ」

「そうか・・・・・・」

「部屋へ侵入したら、直ぐに戦闘だ。各々、得物の準備は怠らぬように」

「了解!」


 手斧を構え、僕は部屋に侵入する。

 続いてイーディス、アイノと踏み込んだ。


 この部屋には見覚えがあった。

 白い室内。無影灯に手術台、注射器やメスなどの手術道具。そして訳の分からない魔法で動く機械が様々。僕が塔で魔法使いに改造された部屋によく似ている。

 手術台の上には、ベルトで四肢を拘束された男が横たわっていた。


「クソッ、もう追ってきたか!?」


 僕らを見付けたハミルカルは、悲鳴じみた絶叫を上げる。


「早くしろ、まだ起動出来ないのか!!」




「――先程も伝えたように、治療は失敗しました」

「――残念ですが、この体は適合しませんでした」





「!?」


 聞き慣れた声。

 思わず、足が竦む。


「ええい、クソッ! よりにもよって・・・・・・!」


 ハミルカルは歯を軋ませ、僕らへ向けて振り返った。


「ならお前達が戦え! 吾輩の助手なのだ、それぐらいの働きはしてもらおう!」

「メブスタ! メクブダ!」


 ハミルカルの背後。看護帽を被り、薄荷はっか色の白衣を着た双子。

 どちらも同じ白い長髪だが、ツインテールとポニーテールで辛うじて判別出来る。



 ツインテールが、メブスタ。

 ポニーテールが、メクブダ。



 忘れる筈がない。

 だって、アイツらは――


「お前達が、何故此所に居る!?」

「知り合いかね?」

「知り合い・・・・・・というか、出来るなら二度と知り合いたくなかった奴・・・・・・というか」


 二人の少女を睨み付け、僕は斧を振り上げる。

 どちらも大きなマスクを装着している為、表情は窺えない。しかし二人とも何処か愉しそうであった。



「ご機嫌いかがでしょうか、クランケ」

「お加減いかがでしょうか、クランケ」



「あの二人が、魔法使いの指示で僕を改造した張本人共です」

「ほう・・・・・・」


 アイノはクロスボウの狙いを、ハミルカルから双子へ変更する。


「つまりワタシの戦友を弄くり廻したのも、彼女達と云う訳かね?」

「奴等は助手だ!」


 ハミルカルは誇ったような声を上げた。


怪人シミュラクラムは、我が研究理論の結実だ。奴等は我が理論に従って製造したに過ぎん!!」



「下らない怪物を作っていた奴が、烏滸おこがましい」

「粗末な怪物しか作れない分際で、何を偉そうに」



「何を言っている! 確かに知識は引き出した。ホムンクルスとはそういうモノだろう!! とにかく奴らを殺せ。簡単だろう、お前達ならば!!」



「お望みとあらば致しましょう」

「お望みとあらば殺しましょう」



「な――――――――」


 背後。

 ハミルカルの背中から、深々と杭が突き刺さる。

 その杭はメブスタの右腕が変じたモノであり、彼女がずるりと杭を引き抜いた途端、元の手袋を付けた小さな手に戻った。


「裏切る気か・・・・・・吾輩がフラスコからお前達を作り出した恩を忘れ――――」


 ハミルカルは喀血し、憤怒の形相で背後を振り返る。



「割と愉しかったですよ、ホムンクルスごっこ」

「次はフラスコを確認する事、お勧め致します」



 どさり、とハミルカルは床に倒れ伏す。広がったおびただしい血溜まりは、彼が事切れた事を意味していた。



「・・・・・・さて」

「・・・・・・さあ」



 絶命した魔法使いを一瞥し、双子は僕らへ向き直る。




「メブスタと申します。以後、お見知り置きを」

「メクブダと申します。幾久しくお願いします」




 スカートを翻し、一礼。

 慇懃無礼なその態度に、僕は得物を握る手に力が入った。


「邪魔が入ったな。もう一度尋ねる。君達がワタシの戦友を弄くり廻したのかね?」


 アイノは認識票を取り出し、双子へ見せる。



「彼の治療は我々が行いました」

「彼の制作は我々が行いました」



 双子は手術台で拘束されている男を一瞥した。

 全身に魔物の組織を移植された男は、既に生命活動を停止しており微動だにしない。彼から伸びた無数のケーブルの先、繋がれた機械類は完全に沈黙していた。



「この男と違い、彼の治療は成功しました」

「この男と違い、貴重な記録が取れました」



「成る程・・・・・・つまりは、君らのという訳か」


 アイノの言葉に双子は「いいえ」と否定する。



「我々は人形。全ては主の計画です」

「我々は道具。全ては主の手足です」



「君達の主・・・・・・とは?」


 〝主〟という言葉を聞いて、双子はマスク越しに薄ら笑いを浮かべた。怒りを押し殺したアイノさえ、押し黙る。そういう類の笑みであった。






「「――〝天意の落伍者フォールンダウト〟ミレッラ・レオンカヴァッロ」」






 二人の言葉が、重なる。

 それはまるで邪悪な託宣のように、手術室に響き渡った。


「ミレッラ・・・・・・ミレッラ・レオンカヴァッロか。その名、覚えておく事にしよう」


 ガチャリ、クロスボウを再び双子へ向ける。


「冥土で主を出迎える準備をしておきたまえ。なに、心配は要らない。直ぐに君達の元へ送ってやろう」

「止めろ、アイノ!! そいつらの力は――」


 引き金トリガーを引く。

 クォレルはメクブダの頭部を貫き、壁に深々と突き刺さった。



「それではまた後日、クランケ」

「それではお大事に、クランケ」



 びしゃり、と双子の身体は水のように溶けて消える。


「逃げられた・・・・・・というより、逃がしてもらったようだね」


 双子だった水がハミルカルの血溜まりに混ざる様を睥睨し、アイノは掠れた声で評した。


「思った以上に大事になってきたな。流石のワタシも理解が追い付かないよ」

「アイノ、僕は――――」

「君もまた、厄介な連中と関わりを持ってしまったようだ。大変だね」

「・・・・・・・・・・・・」

「さて、この惨状をどうするか。この冒険者の顔は知っているが、流石にこの様で〝石竜子トカゲの洞穴亭〟へは行けないな。間違いなく、教会に異端として吊し上げられる」

「油を掛けて燃やすしかないでしょう。この部屋と一緒に」

「そうするしかないだろうな。でもこの辺り、油か何かあるだろうか。手術室だし」

「手術室なんだし、消毒用にアルコールぐらいあるでしょ」


 イーディスはアルコールを探すべく、手術室の先にある小さなドアを開ける。途端、拘束され意識を失った少女がごろんと転がった。


「もう一人の冒険者か」

「そのようだ。薬で眠らされてはいるが、見たところ改造された形跡はない。まあもっとも、文字通り首から上がない人間が堂々と冒険者をやっているのだ。多少姿が変わった程度で、首になる組合ではないさ」

「それもそうだ」


 首から上のない僕は、ナイフで少女の拘束を解く。イーディスが小部屋に入ると、アルコールの瓶を幾つか抱えて戻ってきた。


「・・・・・・ねぇ」

「何?」

「気付いたんだけれど、怪人の出現場所から考えて、この遺跡はルキナの下まで続いているのよね?」

「それは間違いないだろう」

「という事は、関わっているんじゃないの? ルキナのお偉いさん方。それだけじゃなくて、軍が関わっているんだから州単位かもしれない」

「かもしれないね」

「じゃあ――」

「・・・・・・お嬢ちゃん、我々は一体何だ?」


 僕とイーディスの間に、屍体を布で包んでいたアイノが割って入る。


「え・・・・・・そりゃあ、冒険者――」

「そう、冒険者だ。官憲でもなければ自警団でもない、小銭で仕事を請け負う冒険者だ。そんな我々に、この街の政治などどうでも良いと思わないか?」

「それは・・・・・・そうだけれど」

「なら、我々の冒険は此所で終わりだ。これ以上首を突っ込んでも意味がない。違うかね?」


 というか、とアイノはモノクルを外して苦笑した。


「これ以上やったら、それは単なる政治劇だろう。そんなシナリオ、GMが用意していると思うかね?」

「あ――――」


 イーディスは半眼で脱力した。


「さて、諸君。そこの死体を焼き、助かった彼女を〝石竜子トカゲの洞穴亭〟へ送り届けよう。それが、我々の仕事だ」


 アイノはイーディスからアルコールの瓶を受け取り、それを布で包んだ屍体へ振り掛ける。


「すまないね、酒でなくて。だがまあ、向こうへ辿り着けたら好きなだけやってくれ。それこそ、浴びるぐらいに」


 火を放つ。

 アイノは死者へ黙祷を捧げるように、静かに敬礼する。


 僕らもそれに習い、見よう見まねで敬礼した。


「・・・・・・なあ、少年。死者の国はあると思うかい?」

「さてね。行った事がないから、僕はなんとも言えないな」

「ワタシはね、あると思うよ」


 死者を背にするように、アイノは踵を返した。




「その方が、救われるだろう? 遺された者達が」

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