第23話
テーブルにゼルが頼んだミルクが入ったコップが置かれる。それを一口飲んだ後、ゼルはモブータに問い掛ける。
「なぁモブ太郎。お前なんか隠し事してねぇか?」
真相を掴めて無い聞き方だが、恐らくゼルがわざわざモブータを探してまで投げ付けたい質問なのだろう。
「隠すって、何をだよ?」
モブータは心当たりが無い口振りで逆に聞き返すが、ゼルはその言葉に眉をひそめた。
「とぼけんなよ。お前があの時…」
ゼルは言葉を続けようとするが、そんな時に大きな人影が二人のテーブルの前に近付いて来て、ゼルは口を止めてそちらへと顔を向いた。
そこには、何故か上半身裸で、鍛え抜かれた筋骨隆々の身体を見せ付けるように胸を張り、大きな酒樽を肩に乗せた酒場の常連の男が立っていた。
「なんだこのオッサン?」
「暴れん坊のゼル…、お前がこの酒場にやって来るとは夢にも思わなかった…」
無駄に低く良い声で話す筋肉自慢の男は、酒樽を床に立てる様に降ろし、鋭い眼光でゼルを睨み付ける。
「過去に仲間共々、お前にやられた恨みを俺が晴らしてやる!」
樽に右肘を立て、腕を伸ばして力を込めるその手には太ましい血管が浮き出ていた。
──これは、腕相撲で勝負するつもりか?
手を握り返せと促すその姿勢は、まさしくアームレスリングを仕掛ける男の勝負姿であった。
それに発破を掛けられたのか、酒場の熱気は歓声と共に急に盛り上がり始めた。
面倒くさそうにため息を吐くゼルは、席から立ち上がり樽の対面へと、受けて立つ様に右肘を樽の蓋に立てる。
「悪ぃな、お前の事全然覚えてねぇわ」
「こっちが覚えてるから構わん」
テーブル席から眺めるモブータは、改めて樽を挟んで向かい合う二人の体格差を確かめる。
筋肉自慢の酒場の常連客は、はち切れんばかりに肉体が盛り上がっているが、逆にゼルは身長も低ければその体格も細い。
だがしかし、モブータが両腕を使っても持ち上げられなかった長剣を軽々と扱っていた彼が、負ける姿を見せるなんて思えなかった。
倍近い掌の大きさだが、ゼルがその右手を握り返した瞬間、勝負は始まった。
「その細腕!へし折ってあらぁあ!?!?」
決着は一瞬。筋肉自慢が全力で腕と手に力を入れて押し倒そうとしたら、それ以上の力が逆方向から襲いかかってきて、その勢いのまま投げ飛ばされてしまった。
「相手にならねぇ」
勝った後の腕の位置のまま、ゼルは吐き捨てるようにそう言った。
身体の差から想像が付かない光景を目の当たりにし、酒場は少し騒然としたが、逆にそれが周りの男たちの心に火を点けてしまった。
さっきの筋骨隆々の男同様ゼルに恨みがある者、単に腕試しがしたい者、はしゃぎたいだけの者、様々な男たちがゼルへと腕相撲で挑戦する。
しかし、そんな酒場の衆をゼルは次々とちぎっては投げるように叩き伏せていく。
そんな爽快なゼルの姿に、次第に酒場は明るい雰囲気の盛り上がり方へと変わっていた。
「ほら、次は誰だ?」
十人ほど投げ飛ばした後だが、息切れも起こさず顔色一つ変えないゼルは挑発するような口ぶりでそう言い放つ。
「俺が相手だ…」
酒場の奥のテーブルから緩やかに立ち上がる男が一人。その風貌は最初にゼルに挑んできた筋骨隆々の男よりもガタイが良く、またしても上裸のその身体にはおびただしい傷跡が幾つも刻まれていた。
「少しはまともだろうな?」
怖じ気付く事は無く、ゼルはさっさとして欲しそうに右肘を樽に立てる。
それに続き、傷跡だらけの男も自らの右腕をゼルの手の前に伸ばす。
「…俺は、この城下街で花屋を続けて十年…」
「お前そのいかつい見た目で花屋かよ」
急に自分語りを始めた男に、思わず見た目とギャップがありすぎる生業にモブータはツッコんでしまった。
「なんでそんなに体格良いんだよ!?」
「…これは趣味だ」
「その傷は!?」
「…ペットの犬と猫が未だに懐いてくれないんだ」
周りの野次めいた質問に、緩やかな口調で返す傷跡だらけの男。
「…俺は色々な花を育て、そして買われていくのを見送ってきた」
語りを再開し始めたが、聞くのが面倒になったゼルはさっさと男の無駄に大きな手を握って右腕を倒そうとする。
しかし、先程と違い花屋の男はゼルの力に持ちこたえる。
「…その中で、不思議な光景を幾度となく見てきた」
力の均衡の中、男は語る口を止めずに続ける。
「…今まで育てた花の中で、一番とも言える咲き方をした花があった。その花は間違いなく真っ先に手に取られて買われると思った。だが…」
花屋の男の力が強まっていくのをゼルは感じた。
「…人々が手に取ったのはその一番の花じゃ無かった。人それぞれ、自分の好みで花を選び、咲き方が良くない花を買った少女もいた。その時俺は知ったんだ」
ゼルの右腕が徐々に樽の蓋の方へ傾き始める。
「…一番である事が大切なのでは無い。特別である必要なんて無い、とな!」
花屋の男は渾身の力を込め、ゼルの右腕を倒しに掛かる。
しかし、ゼルの右手は蓋に当たる寸前で止まった。そのピクリとも動かない様は、まるで不動の岩を思わせられた。
「例え一番じゃ無かったとしてもだ…」
ゼルは花屋の男へと言い返す。
「誰かに選ばれたって事は、そいつにとっては元々特別だったんじゃねぇのかぁ!」
「オンリィワァァァン!!??」
背水の状態から一転、ゼルは一気に形勢逆転させて、ここ一番の力で花屋の男を豪快に勢いで投げ飛ばした。
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