少し、黙ってていただけますか?
結城芙由奈
第1話 出世と失恋と、突然の死
私の名前は宮田
子供の頃から悪者や弱者を見過ごすことが出来ない、正義感溢れる性格だった。
憧れの存在は、警察官だった父。
父は私が小学生の時に、殉職してしまった。死因は交通事故だった。
当時、父は交通整理を行っていた。そのとき、目の前の横断歩道を歩いていた初老の男性に信号無視をした車が突っ込んできたのだ。
父はその男性の元に駆けつけて突き飛ばした。初老の男性は転んだものの怪我は無かった。
そして身代わりとなって父は車に轢かれて死んでしまった――
父のお葬式には、大勢の警察官たちが弔問に訪れてくれた。
皆が父の勇気を称え、いかに父が立派な警察官だったかを知った。
私も、父のように皆から尊敬されるような立派な警察官になる。
子供心に自分自身に誓いを立てたのだった。
そして15年の歳月が流れた――
****
――19時
この日の私は、人生で一番幸せな日だった。
何故なら昇任試験に合格し、憧れの警部補になることが決定したからだ。然もおまけに今日は私の27歳の誕生日。
試験に合格した、この喜びを早速恋人の達也に報告しなければ。
雑踏の中を歩きながら、スマホをタップして電話を掛ける。
数回の呼び出し音が鳴った後‥…。
『……もしもし』
達也の声が聞こえてきた。
「もしもし、達也? 私よ」
『ああ、七瀬か…‥どうしたんだ?」
「聞いてよ、達也! 私ね、昇任試験に合格したのよ! 何と警部補よ! 私、警部補になれたんだから!」
『そうか、良かったな。おめでとう』
それは何とも素っ気ない返事だった。
「おめでとう……? ちょっと、おめでとうってそれだけなの? 他に言う事は無いわけ!?」
『う~ん……頑張ったな? ……で、いいか?』
「何よ、その言い方は……まぁいいわ。達也は仕事終わったの?」
『終わってる』
「そう、それじゃ今から会いましょう。2人でお祝いを兼ねて、食事に行きましょうよ」
すると次に、耳を疑うような言葉がスマホから聞こえてきた。
『…‥悪い、行かない』
「は? 今、何て言ったの? 行かないって聞こえたけど……?」
『ああ、確かに行かないと言ったよ』
何処か投げやりな言葉に苛立ちを感じる。
「行かないってどういう意味よ! 今日は私の昇任試験の合格祝いと……誕生日なのよ! 27歳の! この日は一緒に食事をしようって約束していたでしょう!?」
『そう言えば、そんな約束もしていたっけな……でも過去の話だ』
「ちょ、ちょっと……達也、さっきから何言ってるのよ?」
『ちょうどいい機会だ、今言うよ。七瀬、お前とはもう終わりだ。別れよう。俺……別に好きな女性が出来たんだよ』
それはあまりに突然の別れ話だった――
****
私は家に向かう川沿いの道を歩いていた。
「何よ……そりゃ、確かにこのところ昇任試験の勉強や残業ですれ違いは多かったけど……だからと言って、浮気は無いでしょう!? しかも同じ会社の女の子と半年前からなんて……」
達也とは大学時代からの付き合いだった。
お互い同じゼミ仲間でたまたま気が合い、何となく付き合うようになって8年目に突入する頃だったのに…‥。
「私達の8年は、交際期間半年の子に負けちゃうってわけ!? 最っ低!!」
達也の別れ際の言葉が頭の中でリフレインする。
『俺は、お前のような気の強い女はもう嫌なんだよ。しかも今度は何だ? 警部補だって? 増々逞しくなっていきやがって……もうお前には男なんか必要無いだろう?』
「男なんか、必要無いって……どういう意味よ!」
空に向かって叫んだ時。
「だ、誰か! 助けて!」
川の方向から人の叫び声が聞こえてきた。
慌てて振り向くと、女性が川に向かって叫んでいる。
「どうしたのですか!」
土手を駆け下り、私は女性の元へ駆け寄った。
「か、彼が…‥落としたハンカチを拾おうとして……!」
震えながら川を指さす女性の先には、溺れかかっている男性がいた。
「大変!」
泳ぎに自信があった私はショルダーバッグを外し、靴を脱ぐと川に飛び込んだ。
「落ち着いて! 私に掴まってください!」
「た、助けてくれ!! お、溺れる……!」
パニックになっている男性は私にしがみついてくる。
「だ、だから暴れないで……ガボッ!」
男性に頭を抑えつけられ、私の口の中に水が流れ込んでくる。
「ゴホッ! ゴホッ!」
一気に意識が遠のいていく。
苦しい……息が……。
こんなところで……私は死んでしまうのだろうか……?
自分の身体が水の中に沈んでいく感覚を最後に、私は意識を無くした――
****
ザッ
ザッ
すぐ傍で土を掘るような音が聞こえてくる……。
何だろう……? 自分の周りがとても冷たいもので覆われているみたいだ……。
その時。
ザッ!
大きな音と共に、口の中に土が入ってきた。
「ゴホッ! ちょ、ちょっと何なのよ!」
ガバッと起き上がり……。
「え?」
私は目を疑った。周囲が土の壁に覆われている。
何と私は穴の中に入れられていたのだった――
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