マブラ・ゲーム~転生した世界で異能力バトル~

日鶴亜貴

聞き慣れぬ概念と銀髪の少女

見知った世界と知らない概念 その1

 カーテンの隙間から光が漏れ出ている部屋の中で、伊武獅はヘッドホンを着け、コントローラーを持ちゲームをしている。モニターの前に座り、僅かな変化に反応して、目の前の黒龍を倒そうと必死に操作する。

操作するキャラは軽快な動きで黒龍へ近づけども、敵も迎え撃つために炎を吐きだし、近づけないようにしてくる。回避アクションして攻撃を躱しながら敵の懐に入ると、双剣を使って何度も斬り付ける。だが、黒龍は平然としていた。

 今度はこちらの番だと言わんばかりに、黒龍は尻尾を振り回して攻撃してくる。──が、伊武獅はタイミングを合わせて回避アクションを行い、がら空きとなった胴体に攻撃する。それでも敵は倒れず、時間だけが過ぎていく。

油断して敵の攻撃に当たってしまい大きくダメージを受けてしまったが、直ぐに回復アイテムを使って、いつ終わってもおかしくない戦いを続ける。

 長く設けられた制限時間が迫ってくる中、それは突然訪れた。双剣で切りつけた瞬間、黒龍が崩れ落ちると同時に、勝利を称えるような重厚な音楽と〈討伐完了〉の文字が画面中央に表示される。


「やっと、クリアできた」


 一仕事終えたように、伊武獅はヘッドホンを取り外し置いた。置いたときに出た音が想定より大きく、ビクッとなる。突然、誰か入ってくるのではと思い、ドアの方を見るが誰も入ってこないことを確認すると、警戒態勢を解く。

現在時刻を確認するために壁掛け時計を見るけども、視界がぼやけており、すぐに認識できなかった。モニターに表示されている時間を確認すると、四月二十日 午前二時二十一分と表示されていた。


「ヤバッ! 早く寝ないと!」


 先ほどまでゲームの世界に居た伊武獅は、一瞬で現実世界に戻された。

 慌てて機器の電源を落とし、部屋の明かりを消してベッドに潜りこむ。掛け布団に包まり寝ようと試みるも、黒龍討伐という難易度の高いクエストをクリア出来たことに、未だに興奮が冷めずにいた。頭の奥から浮かぶ雑念を振り払いつつ、伊武獅は瞼を閉じる。




「彼方! 早く、起きなさい! 遅刻するわよ!」


 母の夜空の声が聞こえてくる。相当、怒っているようだ。


「いい加減、早く起きなさい!」


 今度は明瞭な声で、伊武獅を起こそうとする声が掛けられた。嫌々ながらも鉛のように重い上半身を起こし、ベッドから出る。未だに眠気眼な頭でふらつきながら、目を擦りつつ時間を確認すると、「七時五十三分」と表示されていた。

 その瞬間、纏わりつく眠気が吹っ飛び、大急ぎで登校の準備を始める。普段からそうなのか、淡々と準備をこなしていく。

 一通りの準備が終わり、母の夜空よぞらが作った朝食が用意されているテーブルへと向かい、皿に載せられていたトースト一枚だけを咥えた。そのまま身体を玄関へと向かって進む。トーストを咥えてから玄関に向かう動きに一切無駄が無く、「無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きとは、どんな動き?」と問われれば、正に、今の動きを挙げたくなる程である。

 玄関で靴ひもを結び、家を出ようとする間際で、夜空が注意する。


「彼方? 慌てるぐらいなら、さっさと寝なさい」

「ごめんって。あとは帰ったら聞くから!」

「あと今日、私、仕事でいないから鍵は忘れないでよ?」

「持ってるから大丈夫! それじゃあ、いってきます!」


 落ち着きなく、伊武獅は家を飛び出し学校へと向かった。

 空に雲一つなく、温かい日差しが眠たい身体を温める。走る速度も徐々に上がっていく。途中の交差点で赤信号に捕まっても慌てる事はなかった。信号が変わるまで間、伊武獅は咥えていたトーストを頬張る。これも、いつもの朝のルーティンの一つである。

 周囲を見渡すと普段から見慣れた街並みがあり、職場や学校へと向かう人々や車が目に入ってくる。周りの人達はゆっくりしながら信号が切り替わるのを待っているけども、伊武獅は早く変わってほしいと考えていた。周りと違う考えを持つ自分はこの時だけ、「今、違う世界に居る」という妄想をして楽しんでいた。

 ふと、横で待っていた人が歩き始めている事に気づき、歩行者用信号機を見ると青に変わっていた。慌てて横断歩道を渡る。

 伊武獅いぶし 彼方かなた──都立豊城高校に通う、所謂サブカルが好きな二年生であるが身長は低く、約一三〇センチメートルと時折、小学生や女子と間違われることが多いが、列記とした男である。一年の時の成績は、中の中よりちょっと下ぐらいである。都内一軒家に住んでおり、四人家族なのだが現在、母の夜空と二人で住んでいる。父は海外出張中であり、姉は大学生だが一人暮らししているが、帰ってくるのは夏と年末年始ぐらいである。

 身長が低い以外、普通の高校生生活を送りながら、今日も学校へと向かう。




 三時間目の授業が終わり、四時間目の準備をする時間。四時間目は〈世界史〉のため、伊武獅は鞄の中を探る。だが、鞄の中を見ても世界史の教科書が見つからない。何かの間違いだろうと、鞄の中の物を全て机に出して広げるが、見つからなかった。──ああ、どうやら忘れてしまったらしい。

 大きな溜息を吐いていると、伊武獅に掛ける声がする。


「もしかして、教科書忘れたの?」


 声を掛けてきたのは双道そうどうゆいであり、伊武獅の幼馴染である。彼女を見ると「やれやれ」と言わんばかりに、机の中から教科書を取り出し始める。


「教科書、見せてあげるから」


 双道はそう言って、机を繋げて着席し接合部に教科書を置く。慣れた手つきで準備を終わらせたことも併せて、彼女に感謝の言葉を伝えた。

本鈴が鳴ると世界史担当の先生が入室し、授業が始まった。


 本日の授業が終わり、夕日が照らされながら伊武獅は自宅に帰りつつ、家に着いたら何をやるかを考えながら歩いていた。


「うーん、もう一回挑戦しようかな?」


 楽しいことを考えていると、あっという間に時間は流れるもので、気が付いたら自宅に到着してしまったと少し残念だと思った。同時に伊武獅はほっとしていた。鞄から自宅の鍵を取り出し、ガチャリと玄関のドアを開ける。急いで部屋へ行こうと、靴を脱ぎ始めようとした時だった。


 ──ドン!


 突然の衝撃音に伊武獅は動きと止め、自宅に居るはずなのに警戒し始めた。夜空は現在出掛けているため、本来なら家の中には誰も居ないはず。けれども、家の中から音が聞こえてきた。彼の頭に「幽霊」という存在が浮かび、顔が青くなる。

 音を立てないよう、伊武獅はゆっくりとドアを閉め、傘立てから父の傘を慎重に取り出し、竹刀を構えるように傘を持つ。だが彼が持つと、竹刀というよりも大剣のように見える。

 どの方向から現れてもいいように、玄関のドアに鍵を掛け、前方に注視する。けれど、一向に現れる気配が無い。先ほどの音は気のせいだったと考え始めた時に、二階から何者かが降りてくる足音がした。階段を見ると、見知らぬ男が怪しい格好で降りてきており、右手にはバールのような工具を持っていた。


「おいおい、もう帰ってきちゃったのか」と男は、にやにやしながら、伊武獅へと近づいてくる。


 男を視界に入れつつ、手に持っていた傘を伊武獅は構え直すが、傘の先端がプルプルと小刻みに揺れている。

 傘の先端を見た男は、「ぶふっ」と笑いながら近づいてきており、次第に、笑い声が大きくなっていく。

 正直、逃げ出したい気持ちではあるもののが、伊武獅の身体は恐怖で動けなくなっていた。その間も男は一歩、また一歩と距離が縮まっていく。恐らく、一分も経っていないのだろう。だが伊武獅の中では三十分以上の重苦しい時間が流れている気がした。だが、そんな時間は急に終わる。

 突然、男は力強く踏み込み、一気に距離を詰めてきたのだ。

 その踏み込み音に驚いたのも束の間、男は伊武獅の首根っこを掴み持ち上げ、そのまま玄関ドアにぶつけられる。

 ぶつけられた反動で、後頭部に強烈な痛みが走り痛みを堪えつつ、なんとか抜け出そうと必死に抵抗する。持ち上げる手を引っかいたり、脚をばたばたさせたりして抵抗するけども、抵抗する度に男の力が強くなっていく。

 男はにやにやしながら、目の前で苦しむ伊武獅の顔を見て、悦楽に浸っているのか頬が紅潮している。──とても気持ち悪く、吐き気を催しそうだ。

 男は何かに気付いたのか、笑いながら質問する。


「その制服、豊城高校の制服だろ? それにしても、本当に高校生か? 小学生みたいに小っちぇえし軽いな! アハハハハ!」

「──んぐっ⁉」


 感情の昂りによるものであろう力の強まりに、伊武獅の意識はだんだん遠のいていき、視界が狭まっていく。

 何を考えているのか、男は持っている工具を捨て、空いた手で伊武獅の胸倉を掴み、身体を前後に揺さ振る。力に任せたその揺さ振りに、胃から何か込み上げてきそうになる。体内の筋肉や内臓、骨、そして血液が掻き混ぜられて、一つに液体にさせられているような感覚を覚えた。

 揺さ振られていた最中、後頭部と背中が同時に、玄関ドアにぶつけられた瞬間だった。




「──!?」


 勢いよく上半身を起こし、伊武獅の呼吸は乱れ、昂っている心拍を落ち着かせる。眠気なんて一気に吹っ飛んでしまったのが、起床したばかりの頭でも容易に分かった。

 あれは、夢だったのだろうか?

 あれが夢だったとしても、襲われていた状況が余りにも生々しく、胃の中には何も無いはずなのに身体の奥から、胃液とは違う、胸糞悪い「何か」が込み上げてくるようだった。

 夢の中で現れた男の台詞が、一言一句思い出せる。普通、細かな部分は抜けているものだが、鮮明に覚えていた。それどころか、学校で忘れ物した時の出来事まで思い出すことが出来た。会話、表情、その時の気持ちまで思い出せる。

 乱れていた呼吸が次第に落ち着き始めたところで、時間を確認しようと伊武獅が時計を見ると、「四月二十日 午前六時三十一分」と表示されていた。マンガやアニメなどの空想の世界だけの現象が起きていた。普通に考えれば決して、時間が巻き戻るわけがない。だけど現に巻き戻っている。頭に〈タイムリープ〉の単語が浮かぶけど、伊武獅は考えるのをすぐに止めた。──この現象に、納得のいく答えなんて出せないからだ。

 普段の伊武獅なら二度寝をするけども、今日だけは朝の準備を始めた。一通りの準備が終わると、母の夜空が居るキッチンへと移動する。

 挨拶をしながら、伊武獅はリビングのドアを開けると予想通り、夜空はキッチンで朝食の準備をしてくれていた。ドアが開いたことに気付いた夜空は、彼を見て驚いていた。驚きの表情の中には嬉しさが混じっているようだった。


「あら、今日は早いわね! いつもならギリギリまで寝ているのに」


 夜空の幸せそうな顔を見て伊武獅は笑いつつ、心の奥で何か引っ掛かっていた。時間が巻き戻った現象が原因なのかもしれないが、正直、気のせいだと思いたかった。


 ふと、夜空が心配そうに、声を掛けてくる。


「どうしたの? そんな怖い顔して? 体調悪いなら、学校休む?」

「ううん、なんでもないよ!」と、慌てて伊武獅は返事した。どうやら、顔色悪い表情をしていたらしく、申し訳ない気持ちになり、顔を伏せる。


 暫くして、伊武獅が顔を上げると、伊武獅の前に朝食の用意がされていた。今日は時間があると考えながら、「いただきます」と感謝の言葉を述べながら目を閉じ、手を合わせる。

 夜空が用意してくれた朝食を、時間を掛けて食べ始める。


 普段よりも早く自宅を出て、伊武獅は登校する。いつもと変わらない街並み。いつもと変わらない人や車の動き。日常に溶け込む光景の中に唯一つ、昨日まで見に覚えのないものが飛び込んできた。

 遠くに、身に覚えのない白い塔のような建物が、山奥に建っていたのだ。

 昨日まで存在していなかった建物が、遠くに建っていた。当然、昨日今日で建ったわけではない。けど周りは何の疑問を持っておらず、それどころか、昔から建っている建物であるという認識だった。何故、山奥に白い塔があるのか? 頭の中で疑問が浮かんでいるのに、見慣れた光景の一つだと認識だった。

 伊武獅は周りに尋ねてみようとしたが、先程まで居たはずの人が居なかった。仮に、尋ねたとしても、訊ねられた人はおかしな目で、伊武獅を見るのは確実である。

 結局、その建物が何なのか分からないまま、伊武獅は学校へと向かって行った。

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