いざ魔王城へ!

 □■□


「できましたよ」

「ぐう有能」


 呼び出されたアルベールの研究室でさらりと出されたそれに、俺は思わずそう零した。

 もっとなんかこう、あるかと思っていた。

 アルベールいわく、作業自体は細かいものの、別に新技術でもなんでもないので、研究とか必要なわけじゃないから作業時間さえあれば特に問題はないらしい。なんと。

 見せられたそれは、深い蒼色の腕輪だった。よく見ると細かい文字がこれでもかと刻まれている。


「きれいだな。普通のアクセサリーみたいだ」

「まさか石を丸ごと懐にしまっておくわけにもいきませんからね。身につけられる形に加工するんですよ」

「へー」


 窓から差し込む太陽光にかざせば、きらきらと輝いて見えた。

 いいなこれ。オシャレアイテム。


「二つあるけど、これ片方ラウルに渡せばいいのか?」

「ええ。対になってますから」

「ラウルー」


 呼べばすぐに出てくる世話係。うん、もはやつっこまないよ。

 俺はラウルに腕輪を片方渡して、二人ではめた。

 うーん、魔石って言われた時は気にならなかったけど、アクセサリーの形だとお揃い感があってなんか恥ずかしい。


「試しに使ってみても平気?」

「構いませんが、使用回数は限られていますので、不必要な場面では多用しないように」

「げっ何回くらい?」

「距離によって消費される魔力が異なりますので、一概には言えませんが……魔王城の外と中だと、だいたい三回くらいでしょうか」

「貴重じゃん……大事に使うわ」

「是非そうしてください」


 とはいえ、使用方法は知っておきたい。短距離ならさほど消費しないとのことなので、俺はラウルにドアの外に出てもらった。


「どうやって使うんだ?」

「対の腕輪を持つ人物を思い浮かべながら、そこへ行きたいと強く念じてください。今のように、腕輪が直接素肌に触れている状態ならそれだけで構いませんが、服の上からつけた場合などは素手で触れながら念じてくださいね」

「オッケー」


 俺は目を閉じてラウルの姿を思い浮かべた。ラウルの元へ。

 そう念じると、腕輪を中心に魔法陣が展開した。次いで、奇妙な浮遊感が襲う。

 これ召喚された時にも感じたな。これが転移の感覚なのか。慣れない。

 あっという間に視界が切り替わって、目の前にラウルの姿が現れた。


「おっ! せいこ、うお!?」

「おっと」


 バランスを崩してよろめいた俺を、ラウルが抱きとめた。


「大丈夫ですか」

「だ、だいじょぶだいじょぶ。これ着地難しいな」

「慣れればなんでもないんですけどね」


 別に空中に投げ出されたわけでもなんでもないんだが、地面にぴったり足がついた状態にはならないので、ちゃんと姿勢をたもって着地しないと転ぶ。あれだ、ジャンプした後みたいな状態だ。


「練習できりゃいいんだけど、貴重アイテムだとそうもいかないしなー。俺魔法使えないし」

「別に要らないでしょ。オレのとこに出てくるんだから」

「……おう……」


 オレが受けとめるから、って意味ですか。

 直接口にされたら何かが削られる気がしたので、俺はあえて聞き返さずにとりあえず肯定しておいた。

 すると、ガチャリとドアが開く音がした。


「性能は問題なさそうですか」

「うおっ!?」


 びびって思わず肩が跳ねた。廊下から戻らない俺に、アルベールが様子を見るためにドアを開けたようだった。


「……何故廊下で抱き合ってるんですか」

「ひどい誤解!」


 支えてもらってただけなのに!

 慌ててラウルと体を離した俺に、アルベールは微妙な表情をしていた。

 何はともあれ、これで装備も万全。

 行くぜ魔王城!


 □■□


 待ちに待った休息日。

 朝も早くから、馬車に揺られること数時間。

 よくわからん手続き関連は全てラウルに任せっきり、俺は外の景色見たり寝てたりするだけというVIP待遇で、魔王城に到着した。

 馬車は敷地内に入れてはもらえたものの、やはり城内へ立ち入れるのは俺だけということになった。

 いざとなったら腕輪で脱出する、という約束をラウルと交わして、俺は魔族の案内で城内へと乗り込む。

 ふっかふかのソファーが置かれた応接室で落ち着きなく待っていると、やがてダリアンが姿を現した。


「ダリアン! 遊びに来たぜ!」


 よう! と気軽に手を上げた俺に、ダリアンはぱっと表情を明るくして大股で俺に近寄ったかと思うと、ためらいなく俺を抱きしめた。


「ハルト! 来てくれたのか」

「お、おう。熱烈な歓迎だな……?」


 それともこれが魔族の挨拶なんだろうか。んなわけないか。

 相変わらず謎の好感度だ、と思いながら、俺はばしばしと背を叩いた。


「ま、まー座れよ。今日はちょっと話があってさ」

「ああ」


 ダリアンは自然な流れで俺の隣に腰掛けた。うん、知ってた。

 距離近いもんなこいつ。でも隣って話しにくくない? 対面の方が話しやすくない?

 疑問を顔に出さないように気をつけながら、俺は一つ咳払いをした。


「まず、この前言ってた花嫁云々の話だけどな。あれは受けられない」

「……ほぉ?」


 すうっとダリアンの目が細められた。

 怖い怖い怖い。さっきまでのハッピーオーラはどうした。魔王感を出すな。


「普通に考えて無理だろ。会ったばっかだし。あと俺、女の子が好きだから」

「……そうか。会ったばかり、か。確かにな」


 そう言って、ダリアンは寂しそうに笑った。

 それを不思議に思いながらも、俺は言葉を続けた。


「けどな、お前に呪いを解いてもらうのも諦めてねぇから。確かにダリアンの言う通り、一年で全員の呪いを解くのは無理だよ。その状態で帰るのは、俺も無責任だと思う。けど俺にも自分の生活がある。いつまでもこの世界にいるわけにはいかない。だから、できることなら俺が帰るまでに、ダリアンには全員の呪いを解いてほしい。んで、今後もはた迷惑な行為はやめてほしい」

「それを俺が聞き入れるメリットは?」

「わっかんねぇ。だって俺、お前が何がしたいのかわかんねぇもん。だから来たんだ」


 俺はぐいとダリアンの服を引いて、顔を近づけた。ダリアンの瞳に、俺が映り込む。


「ダリアンのこと教えてくれよ。お前が何が欲しいのか。どうして呪いなんかかけたのか。これからどうしたいのか。少しずつでいいからさ。ダリアンと話がしたいんだ」


 力を込めてじっと見つめる俺に、ダリアンも目を逸らさなかった。

 小さく口を動かしたように見えたが、音にはならず、何を言ったのかは俺にはわからなかった。

 ダリアンはふっと息を漏らすと、瞬時に空気を変えて、挑発的な声を出した。


「それはつまり、これからもハルトが俺に会いに来てくれるということか?」

「まぁ、ダリアンがこっち来ると騒ぎになるからな……。俺が来るしかないだろ」

「そうか。それは悪くない」


 楽しげに笑ったダリアンに、俺は顔をしかめた。


「あのな、ダリアンのために会いに来るんじゃなくて、和解というか、交渉というか、そういうののために来るんだからな。わかってるのか?」

「ああ、わかっている。お互いを知ることは大事だな」

「間違っちゃいないんだけどさ……」

「ちなみに俺が欲しいものはハルトだ」

「やっぱ話聞いてねぇな!?」


 ぎゃいぎゃいと喚く俺を軽くあしらって、魔王様はその後も大変楽しそうになさっていました。

 いやこれ俺遊ばれてんだけどぉ!!

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