レッツ筋トレ

 □■□


 俺は聖女としての仕事を始めた。

 終わるとへばってしまい、その後何もできなくなるので、聖女の業務は昼下がりにおこなっている。

 結論から言うと、俺は五人目が終わると必ず行動不能になった。

 初日のように意識を失うところまではいかなかったが、毎回カインやアーサーに運ばれているのは少々プライドが傷つく。

 しかもカインはなんか姫抱きしたがるんだ。アーサーは背負ってくれるのに。くそう。

 俺はなけなしの脳みそで対策を考えた。何故こうも消耗してしまうのか。それは。

 鍛え方が足りないんじゃね? という考えに至った。


「それでオレに?」


 騎士団の鍛錬所で目を瞬かせたアーサーに、おれはパンッと音を立てて手を合わせた。


「頼むよアーサー!」

「オレはいいけど……」


 アーサーは俺の体を上から下まで眺めて。


「大丈夫か?」

「おうなんだ今どこで判断した」


 筋肉か。筋肉なのか。そりゃアーサーには遠く及ばないけども。

 バカにされるよりも、本気で心配そうにされた方が傷つく。

 平均だけど、貧弱ってことはないはずなのに……!


「いきなり騎士団と同じメニューとかは無理だけどさ。こう、効率の良さそうな筋トレとか。誰かに見ててもらえるだけでもやる気出るし」


 というか一人だとサボってしまいそう。本来怠け者なのだ俺は。


「なるほどな。わかった! そういうことなら、力になるぜ」


 にかっと笑ったアーサーは大層頼もしかった。


「んじゃ早速走り込みするか!」

「おう!」


 やる気満々の返事をして、俺は城の周りを走ることにした。が。



 

(いや何周すんだよ……!)


 城の周りは広い。学校のグラウンドなんか比べ物にならない。一周しただけでも、俺としてはよくやったと褒めてやりたいくらいだったが。

 さくっとそのまま二周目に突入し、三周目あたりから意識が朦朧としている。

 俺が貧弱なのか、アーサーがおかしいのか。


「アーサー……、ちょ、限界……」


 ギブアップを申告した俺に、アーサーは眩しい笑顔で告げた。


「頑張れ!」


 おっと。激励は嬉しいけど、それはまだいけるぞってことか?


「体力づくりは限界を伸ばしていくことに意味があるからな! もう無理だと思ってからが勝負だ!」


 うわあ体育会系。

 でもそうだよな、その理論でアーサーを説得したのは俺の方だ。

 解呪の上限を伸ばすための体力づくりだ。

 だったらこのくらい。

 この、くら、い。


「うわっ! ハルト!?」


 ばったりと倒れた俺の耳に、アーサーの焦った声が遠く聞こえた。


 □■□


 ひんやりとした感覚に意識が浮上する。うっすらと目を開くと、至近距離にアーサーの顔があった。


「どうわ!?」

「ハルト! 気がついたか!」


 ほっとしたような顔のアーサーに、俺の心臓はまだ早鐘を打っていた。

 起き抜けにイケメンのドアップは心臓に悪い。

 冷たい感触は、俺の首元に落ちていた。

 どうやら横になった俺の首を、アーサーが濡らしたタオルで冷やしていたようだ。

 顔色でも確認しようとしていたのか、覗き込んだタイミングで俺が目を覚ましてしまったのだろう。


「大丈夫か? 気分悪くないか? 痛むところは?」

「お前のせいで心臓が痛い」

「そこまで無理させたか!?」

「いやそういう意味でなく……あー、まぁ全身ダルいくらいかな。へーきへーき」


 へらりと笑いながら、上半身を起こす。

 見回してみると、俺の部屋ではない。質素な作りで、寝ているベッドも簡易的なものだった。


「ここは?」

「騎士団用の医務室だ。一応医者にも診てもらったけど、体を冷やして安静にしておけば大丈夫だって。あとは、起きたら水分を取らせるようにって。飲めるか?」

「ああ、サンキュ」


 手渡された冷たい水を一息で飲み干す。

 うまい。干からびた体に染みわたる。

 

「ごめんな、ハルト」


 しょんぼりとしたアーサーは、イタズラを叱られた犬のようだった。

 垂れた耳の幻覚が見える。


「他の団員にも怒られたんだ。ハルトは訓練を受けた兵でもないのに、自分たちと同じように扱ったらダメだって。ただでさえオレは規格外なんだから、自分基準で考えるなって」


 おうそうだろうな。

 団員にそれを言われるってことは、騎士団員たちは普段から無理めなトレーニングを受けていると推測できる。かわいそうに。

 けど俺の方からアーサーを選んで頼んだんだから、叱られたアーサーもかわいそうだ。良かれと思って付き合ってくれたのに。


「気にすんなよ。俺の方こそごめんな。自分から頼んでおいて、情けないな。まだアーサーに頼めるような段階じゃなかった。もうちょいマシになったら、また頼むよ」

 

 次があるさ、と笑った俺に、アーサーは眉を下げた。

 うーん貧弱だと思われている。実際倒れてばっかだから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。


「そうだ。今度は騎士団の方の訓練に混ぜてもらおうかな。剣とかも習ってみたいしさ」


 騎士団だったら新米もいるだろうし、どうやら常識的な人間が在籍しているようだから、安心かもしれない。

 それにこんな世界に来たからには、俺も男である。正直武器類に全く興味がないかといえば、そんなこともない。ちょっとは憧れもある。

 好奇心が隠し切れなかった俺の表情に、アーサーは渋い顔をした。


「剣は興味本位で習うもんじゃないぞ」

「そりゃそうだろうけどさ。ほら、この世界って魔王がいるんだろ? もしもの時用に」

「もしもの時なんてこない」


 緋色の瞳が、真っすぐに俺を見据えた。


「ハルトはオレが絶対に守るから。危ない目になんて遭わせない。安心してくれ」

「………………お、おう」


 そう返事するのが精いっぱいだった。

 にかっと笑ったアーサーはいつものアーサーで、先ほどと同一人物とは思えなかった。

 マジかよ怖ぇな騎士団長。潜在スペックが怖ぇ。

 ゴールデンレトリバーとドーベルマン両方飼ってるの?

 俺女じゃなくて良かった。女だったらヤバかった。多分。

 こういうのアレだろ、ギャップ萌えって言うんだろ。知らんけど。

 

 深入りしない方がいいやつだな、と判断した俺は、それ以上アーサーの前で訓練について口にすることはなかった。

 

 □■□


 結局体力づくりの件はどうなったのか、というと。


「そりゃあの体力おばけとトレーニングってのが無理ですよ」

「ぐう」


 ラウルのマッサージを受けながら、自室のベッドで俺は唸った。

 休息日で良かった。体力づくりで倒れるんじゃ、解呪の前後にトレーニングを入れるのは無理だ。


「でも体はやっぱ鍛える必要あると思うんだよなぁ。一人で頑張るしかないかぁ」


 現代での筋トレ知識はあるし、一人でできないということもない。

 軽い走り込み、腹筋などの無難なものに留めるか。


「オレで良ければお付き合いしますよ」

「えっマジで!?」

「世話係なんで。基本あんたより優先することありませんから。なんでもお申し付けください」

「執事〜!」


 かっけぇ。この人本来の仕事がマジで不明なんだけどなんなんだろ。


 以降俺は、ラウルとほどほどにトレーニングを続けている。

 ラウルは適度に励ましながら一緒にトレーニングしてくれるし、整体の知識もあるし、疲労回復にいいドリンクとかも作ってくれる。

 有能マネージャーか。マジで何者。

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