傍観者ならまだ良かったのに

「確かなことは言えませんが、あなたには聖女の能力が備わっているのではないでしょうか」

「いやいやいや。俺全然そんな感じしないし」

「自覚の有無は関係ありません。試しに呪いが解けるかどうか、祈祷を行ってみては?」

「めっちゃ軽く言うじゃん」


 そもそも呪いとはなんぞや。


「魔王にかけられた呪いって、そんなすぐ解かないとまずいんですか? 一年後に再挑戦できるなら、ちゃんとした聖女が来てからでも」

「いや、事は割と深刻なんだ」


 強い口調で言い切ったカインの言葉に同意するように、アルベールとアーサーも顔を暗くした。

 まさか命に関わるようなものなのか、と覚悟した時。


「魔王は……国中の女性を、男に変えようとしているんだ」


 ぱーどぅん?


「……なんだって?」


 ダメだ取り繕えなかった。疑問がそのまま口にも顔にも出てしまった俺に、拳を握ったカインが説明する。


「魔王の女性嫌いは有名でな。世界中の女性を男にするのが野望なんだ。それで最初に狙われたのが我がマベルデ王国だ。突然男にされた女性たちの悲しみを思うと……っ」


 悔しそうなところ申し訳ないが、想定よりはバカバカしい呪いだったことに思わずチベスナ顔になってしまう。

 いや、多分、当人たちにとっては深刻だとは思うんだけれども。


「これがなかなかバカにできないんですよ。女性がいなくなるということは、国の出生率に直結しますから」


 なるほど納得。日本も少子化に苦労しているものな。アルベールの言葉に俺は頷いた。

 しかし結果的にはそうだとしても、女嫌いが理由だとすると、別に魔王は人類を緩やかに滅ぼそうとしているとかそんなんではなく、単純に私利私欲ということになるが。


「なんでこの国が狙われたんですか? やっぱり聖女が召喚できるから?」

「いや、単にご近所さんだからだな」


 あっけらかんと言ったアーサーに、再びチベスナ顔に戻る。

 ご近所さん。


「魔王そんなすぐ近くにいんの!?」

「魔王城まで日帰りできるくらいの距離だぞ!」

「国の配置的にはお隣さんですね」


 お隣さん!!

 なんてこった。近くにいるからってだけで狙われてんのかこの国は。

 呑気か。国ごと引っ越せ。

 頭が痛くなってきた。けど話を聞く限りでは、仮に俺が聖女だったとしても、魔物と戦ったりとか結界を張ったりとか、なんかそういう戦闘系のことはしなくて良さそうだ。


「まぁ、俺が本当に聖女かどうかは置いといて。呪いが解けるかどうか、試してみるくらいならいいですよ」


 それで解けなければ諦めもつくだろう。

 そしたら一年間、適当な仕事をもらって過ごさせてもらおう。長期リゾート系バイトに来たと思えばなんとか。


「本当か!」


 ぱあっと顔を明るくして、カインが俺の手を取った。

 うおっ、眩しい。イケメンの全開スマイル目が潰れそう。


「感謝する、ハルト! 国を代表して礼を言う!」

「いや、まだ、できるかどうかわかんないんで。そんな喜ばれると」


 ぶんぶんと手を振られて気後れしてしまう。

 こんなに期待されると心苦しい。できない可能性の方が高いのに。


「なに、構わない。そもそも君が召喚されたのはこちらの落ち度だ。それなのに快く協力する姿勢を見せてくれただけで、君という人間がわかる。善い人間が来てくれて嬉しいよ、ハルト」


 イケメェン……。

 きゅっと口を引き結んだ俺に、カインは笑顔のまま首を傾げていた。


「そうと決まれば。ラウル!」

「はいよー」


 ぱんぱん、とカインが手を叩いて名を呼ぶと、どこからともなく一人の男が現れた。

 いやマジでどこから出てきた!? 忍者か!? 密偵みたいなヤツなのか!?


「彼はラウル。私の信頼できる部下だ。困ったことがあればなんでも頼ってくれ」

「どうも、雑用係です。適当にこき使って平気ですよ」


 そう言ってへらりと笑った男は、この場では一番年上に見えた。

 イケメン三人と比べると、塩顔だった。煤竹色の髪に、同色の瞳は少し垂れている。

 ゲームで言えば脇役に分類されるだろう。便利アイテムとかくれるお助けキャラのポジションなのかもしれない。

 メインキャラが顔面偏差値高すぎるだけで、俺から見ればラウルも十分整っているのだが。


「ラウル。城内にも呪いにかかった者がいただろう。適当に一人連れて来てくれないか」

「そう言うと思って、既にこちらに」


 じゃん、と示されたのは一人のマッチョ兵だった。

 料理番組か。既にご用意済か。どこから聞いてたんだろうこの人。


「ハルト。彼……いや、彼女の呪いを、解いてはくれないだろうか」


 カインが言い直した言葉にはっとする。

 そうか。どう見ても屈強なマッチョ兵だけど、呪いがかかっているということは、この男は元は女性なのだ。

 そう思うと、マッチョ兵には哀愁が漂っているように見えた。

 俺はと眼差しを真剣にした。


「わかりました。俺は何をすればいいですか」

「聖女の祈祷……神に祈りを捧げ、人の身に巣食った魔を祓う儀式が必要です」


 解説を始めたアルベールに、ごくりと息を呑む。何やら大仰だ。あれか、禊とかそういうの要るんだろうか。

 でもこの場にすぐ連れて来たってことは、肉食を断ったりとか、そういう時間のかかることはしなくていいということだ。神職よりは楽かもしれない。


「具体的には?」

「相手の額と自分の額を合わせ、呪いが体から出て行くように念じます」

「わかった。額と額を……なんだって?」

「額と、額を、合わせます」

「なんで!?」

「なんでと聞かれましても。それが祈祷の手順ですので」


 マジかよ。ゼロ距離じゃん。パーソナルスペースはどこに。

 なんなの? 呪いは頭の中にいるの?


「~~~~っわ、かった」


 葛藤した結果、俺は頷いた。

 聖女とやらのことを、俺は何も知らない。遊ばれているんでなければ、アルベールの言うことは真実なのだろう。

 俺はマッチョ兵を聖堂の椅子に座らせると、正面に立って深呼吸した。

 不安そうにしているマッチョ兵には悪いが、自分より年上で屈強な男相手に額を合わせるというのは、なんというか色々な意味で覚悟がいる。深呼吸くらいさせてくれ。


「失礼します……」


 とりあえず声をかけて、顔を近づける。

 マッチョ兵が目を閉じた。いやそりゃ目が合っても気まずいけど、これはこれでなんか嫌だ。

 ええいこれは頭突きだ頭突き、と思いながら、俺の方も見たくはないので目を閉じて、こつりと額を合わせた。


「――――っ!?」


 ざわりと肌が粟立った。

 うわわわわなんだこれ。なんかすげえ嫌な感じする。

 合わせた額から、黒いもやのようなものが見えた。目で見えているのではない。けれどそこにある。呪いが頭の中にあるというのは、案外間違いではないのかもしれない。


(出て行け)


 祈りとやらはよくわからないが、とにかくこれを追い出せばいいのだろう。


(そこから――出て行け!)


 強く念じた時。静電気のような、ばちりという感覚が走った。

 その衝撃に思わず目を開けて額を離すと。


(女の子――!?)


 目の前には、呆けたような女の子がいた。

 自分の両手を呆然と見つめて、横からラウルが手鏡を差し出すと、まるで生き別れの姉妹にでも会ったかのように頬を紅潮させてわっと泣き出した。

 女の子に泣かれた経験のない俺はどぎまぎしてしまったのだが、アーサーがぽんと肩を叩いて、ぐっとサムズアップしてくれた。

 どうやら解呪は上手くいったようだ。

 しかし呪いが解けたということは、俺は本当に聖女の役割にあたるのか。

 女の子を慰めるカインを見ながら、これからどうなるのかなぁと遠い目をした。

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