聖女召喚に応じて参上しました男子高校生です。
谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中
ようこそクソゲーの世界へ
「ようこそ聖女様!」
豪勢な聖堂の中。きらきらと輝く魔法陣の上。
もくもくと煙に包まれながら聞こえた明るい歓迎の声に、俺は。
「…………あ゛?」
腹の底から不機嫌な声を上げた。
俺、
ツンツンとした黒髪は別にワックスでセットしてるわけじゃなくただの癖っ毛だし、眠そうな目は眠いからだし、身長も平均。制服のブレザーも普通に規定通り着こなしている。
特筆すべきようなことは何もない、絵に描いたようなモブである。
今日も今日とて学生の本分を果たすべく、俺は機械的に学校へと足を運び、自分のクラスの戸を開けて、自分の席につく。
「なーなー春翔、昨日の最新話見た!?」
「あー……一応」
「一応ってなんだよ反応悪ぃなぁ!」
俺のクラスで
元々はWEB小説らしいのだが、ほとんどの奴は原作は読んでいない。俺もアニメしか見ていないが、大雑把に話のあらすじはこうだ。
冴えない男子高校生が、ある日神様にチート級の能力を貰って異世界に転移し、そこで出会った美少女たちに次々と惚れられうはうはハーレム。
こうして並べてみるともはやなんの作品を指しているのかわからないほどに該当作があるのだが、大筋がこうなのだから仕方ない。
「ミルルちゃん可愛いよなぁ〜! あどけなくて、主人公に全力で懐いてるところがさ!」
「俺はやっぱマリアだな。聖職者で露出が少ないのに、隠しきれないダイナマイトバディ……! はちきれんばかりの巨乳!」
美少女は男の憧れだから、ある意味健全でよろしい。
俺も巨乳は好きだ。女の子のおっぱいには夢が詰まっている。夢は大きければ大きいほどいい。
うんうんと頷いて聞いていたが、この話はいつも同じところに落ち着く。
「あーあ、俺も異世界に行きてぇなー!」
これに皆が同意するのだが、俺は眉をひそめた。
「異世界なんか行ったらお前ら秒で死ぬだろ」
「ばっか、だからチートがあるんだって! 俺TUEEで無双できるから女の子にもモテるんだろ!?」
「はー……チート、ねぇ」
俺は胡乱な顔で肘をついた。
「急に強くなったからって、それだけで異世界で生きてけるもんかね。要は降って湧いた大金を手にしたようなもんだろ? それで女に貢いで破産する奴山ほどいるのに、自分はうまく使いこなしていける気がしてんの、すげぇ自信」
「春翔ぉ……」
「だいたい異世界ったら、こっちの常識は何一つ通用しない、外国より価値観の違う場所だろ? その土地の現地人と、仮に言葉が通じたとしても円滑にコミュニケーション取って生活してあまつさえ女とうまくやっていけるつもりでいるの、すげぇと思うよ。お前らそんなコミュ強だっけ? 尊敬するわ」
「春翔春翔、やめとけ。オーバーキルだ」
肩を叩かれて周りを見ると、クラスメイトの男どもが撃沈していた。
言い過ぎたか、と眺めていると、恨めしげな目で
「春翔、お前には夢がない! 男なら! 誰しも! 強くなって金持ちになって女にモテたい欲求があるはずだ!」
「そうだそうだ!」
「異世界転移バンザイ!!」
しらっとした顔で盛り上がる野郎どもを眺める。別にその欲求を否定はしないが、俺の事勿れ主義も否定しないでくれ。
俺は別に今のままでいい。この平凡な日常が、分相応というものだ。
「おーい、お前らいい加減席つけ〜」
だるそうな担任の声でだらだらと生徒たちが席につき、ホームルームが始まる。
これが日常。こんな日々が、変わらずにずっと続いていくのだとばかり思っていた。
今日は部活が休みなので、早く帰ってゲームでもしようと俺はうきうきしていた。俺はアニメよりゲーム派である。ぼうっと画面を眺めているより手を動かしている方が楽しい。
大通りの赤信号を見ながら、青に変わるのをそわそわと待つ。すると、後ろから女子高生が走ってきた。ちらりと見て、巨乳だなと思った。思っただけだ、許せ。
(いや待て、走って?)
今度はしっかりと女子高生の姿を目に捉えた。信号はまだ赤だ。なのに女子高生はスピードを落とさず、俺の横を通り過ぎていく。
「バ……っ!」
バカ野郎!
叫んだつもりの言葉は音にならなかったのか、それともうるさいクラクションの音にかき消されたのか。
ほとんど無意識に俺は手を伸ばしたが、歩道からでは届くはずもない。足が勝手に走り出して、手が女子高生を掴んで、歩道の
彼女が尻もちをついたのを見てほっとした瞬間、眼前に迫るトラックに気づいた。
(あ、これ死んだ)
そういやトラック転生とか言うんだっけ。トラックだと即死だから転移じゃなくて転生なのかな。しかしひどいトラックへの風評被害。
異世界に転生なんてしなくていいから、安らかに眠って、来世は室内飼いの猫がいい、などと呑気なことを考えながら、俺は衝撃に備えて目を閉じた。
しかし、衝撃は来なかった。
代わりに奇妙な浮遊感が一瞬襲い、バランスを崩してよろよろと俺は座り込む。
煙がひどく、すぐには周囲が視認できなかった。
目を眇めて、袖を口元に当てる。
「うぇっほげえっほ! ちょ、煙やばいすごい」
「誰だ燻したのは!」
「誰も燻したりはしていませんよ、火の臭いはしないでしょう」
「じゃこれなんの煙だよ」
緊張感に欠ける声に、俺は脱力した。
なんだ、どういう状況だ。とりあえず人がいるということ、自分は生きているらしいということに安堵した。
煙が徐々に晴れていくと、先程の声の主たちが姿を見せる。
彼らは煙の中の人影に気づくと、慌てて取り繕って、何やらキメ顔で声を揃えた。
「ようこそ聖女様!」
そこは豪勢な聖堂だった。俺が座り込んでいた床には、きらきらと輝く魔法陣が描かれている。
全くもって意味がわからない。何もわからない、が。
「…………あ゛?」
とりあえず俺を取り囲んでいるのがツラの良い野郎三人であることがわかって、俺は腹の底から不機嫌な声を上げた。
異世界なんてごめんだ。美少女にモテたいわけでもない。
けど、まず出会うのがイケメンってどういうことだ。
しかも聖女とは。
俺はどうやら、クソゲーに転移してしまったらしい。
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