第31話 老師
翌日、レギンさんの家で朝食をいただく。レギンさんもヒナさんもガツガツ朝食を食べている。この
礼を言ってこのドワーフの地下集落を見学する。俺はもう王都には戻れない身だ。ここで何かできる仕事がないか探すために見て回るのである。
「ヒナさんは何かあてがあるの?」
「別に。働いたら負けだと思ってる」
「はっ?」
「ヒロト、私を
「な、何言ってんですかもう!」
俺は道すがら勤労の尊さを熱く語るが、彼女はどこ吹く風だ。
「これはこれは。また会えるとはな、お若いの」
いつのまにか目の前に居たのは、ダグラスさんとの立ち合いの時に見た老剣士だった。
「
「どうしてと言われても。
「私はヒナ。こっちはヒロト。私の
「はあ? ち、違いますからね、勘違いしないでくださいよボクデンさん」
「はて? ヒロト、どこかで聞いた気がするぞい。ああ、シファが言っておったな。ヌシがそうか。そうそうシファだけでなくアンナのことも知っておるぞい」
たしか
「ダグラスさんとは知り合いじゃなかったんですか?」
「あのまっこと強き
雰囲気からして唯のエロじじいのようである。その時なぜかキノ爺の顔が思い浮かんだ。俺はボクデンさんが去った後の事を説明した。
「ほう、そんなことがあったのか。儂はそのままこの山を目指して帰っておったが全く気づかなかったぞい。それに竜とな。儂も長く生きておるが一度も見たことがないのお。会えたら
最後にとんでもない事を言っていたが、冗談なのだろう。
「ヒロトは仕事を探しておると。どうじゃ儂に付き合わんか? そうすれば働き口は紹介してやるぞい。この通り長く生きておるからいろんなとこに顔がきくぞい」
「ほんとうですか! ありがとうございます!」
「嬢ちゃんは……。あまり乗り気ではなさそうじゃの。働くのは嫌か、それなら花嫁修行かの?」
「私、家事洗濯。無理」
「おおぅ……、そうか。まあ良い。ついてくるがいいぞい」
ボクデンさんについて行く。どうやら地上に出るようだ。階段を上り切ると地上に出た。地上とは言っても山の高い場所だ。よく晴れた青空を近く感じる。
「こっちじゃ」
更に山を登っていくようだ。残り雪のみえる細い山道を進む。しばらくすると小屋が見えてきた。
「厳しい自然環境じゃが、やはり人はお
この爺さんの家のようだ。振り返ると眼下に緑の森や平原、大きな川、王都はどのあたりになるのだろうか、人の悩みごとなど小さいものだと思わせる雄大な景色が広がっていた。
なぜか俺は木刀を握らされていた。
「さあ、打ってくるがよいぞい」
ボクデンさんは無手である。しかし彼は剣聖との立ち合いまで可能な爺さんだ、普通なわけがない。だが無防備に見える老人に襲いかかるような非情さを俺は持ち合わせてはいない。
「来ぬのか? ならこちらから行くぞい」
「ふぁっ!?」
気づくと天と地が逆さに。うん、空はやっぱり青いな。一瞬で間合いを詰められた。あの試合のダグラスさんのようにボクデンさんの姿が消えたように見えた。
「ほれ、立つが良い。もう一度じゃ」
再び距離を取り向かい合う。
何度も俺は転がされた。何度も何度も。
「はあ、はあ」
集中して爺さんの動きを見逃すまいとしてはいるのだが……。
「ヒトの意識というのはの。実は連続しておらんのじゃよ。なんちゅうかの、とても小さな
「……!?」
目の前にボクデンさんの顔があった。
「それに超高速の
「え、ええ……」
何かとんでもないことをさらりと言うボクデンさん。これが達人の領域なのか?
「どうじゃ、身につけてみんかの?」
「そ、そんなことが俺にも可能なんですか?」
「さあ? 何事もやってみなきゃ分からんものじゃろ。無理ならやらんのか? まっ、それが常識的かの……。人の命は短いからの。他にもすべきことはたんとある」
「やります! 俺、強くなりたいんです」
「なぜ、強くなりたい?」
「そ、それは……」
すぐに答えることができない。俺が強ければ……、力があれば……。
「まっ、男なら強さに憧れるのは本能のようなものじゃな。余計なことを聞いたの」
「い、いえ。でもどうして俺なんかに……」
「シファとアンナから聞いておったからの。面白い少年がおると。何やら剣聖が珍しく興味を示したとかでちょっと見てみようかと山を降りたんじゃよ。まあ剣聖が本物の強者じゃったからあやつに任せておけば良いと判断して帰ってきたが……。これも運命かの。ヒロトは困っておるんじゃろ。寂しい老人の遊び相手をしてくれると思えばよいぞい」
「ありがとうございます! あっ、ヒナさんは……」
「あの嬢ちゃんはもう今のを見て修得してしまったようじゃ」
「うん。私には必要ない」
俺のすぐ横に彼女はいた。か、顔が近い。
「
この日から俺はボクデンさんの小屋に住み込みで弟子入りすることになった。ヒナさんはレギンさんの家にお世話になることに。ツムトは長老さんの研究のお手伝いとかで食事、可愛いお姉さんたちの接待つき。ヒナさんとツムトは暇があれば俺の修行を覗きに顔を出している。
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