第29話 ドワーフの住処①

『オデ、シッテル。ココ、シッテル。ナゼカ、シッテル!』


 ツムトが神殿のような廃墟はいきょの前で勢いよく8の字を描いて飛ぶ。少し興奮しているのかもしれない。


「ツムト、落ち着くんだ」


「ツムト……ちゃん」


 ヒナさんも心配そうに見ている。

 

「騒がしい。なんだ、お前らは?」


 廃墟の中から人が出てきた。小柄で胸まで伸びたひげ。ドワーフだ。


「どうも」


「ん? 何処どこかで見た気が……。おおっ、ミズガルドの王都の……」


 俺がドワーフさんに会ったのは1回きり。

 

「えっ? もしかして古い教会を改装してくれたドワーフの職人さんですか?」


「ああ。お前か! だが、よくこんなところまでよく来られたな。何してんだ?」


 正直、彼らの顔の区別に自信はなかったが正解のようだ。


「えっと、ドラゴンにさらわれてきまして……」


「はあ!? 何意味のわからんことを。酔っ払ってるのか? 人族が昼間っから飲むのはお勧めせんぞ。ワシらくらい酒に強くならんと。人族じゃ仕事にならんだろ」


「い、いや。そういう訳ではなくて」


「おおっ、あの時の毛玉か」


 彼が見上げてそう言うと、飛び回っていたツムトがピタッと止まる。


「ケダマ、チガウ。オデ、ツムト」


「すまん、すまん。ツムトだったか。ツムト……、はて? どこかで」


 ドワーフさんがツムトを凝視ぎょうしする。見つめられるツムトも彼を興味深そうに見る。見つめ合う二人。


「ツムト、食べちゃ駄目だからね」


「ウウッ……。オデ、マダ、ナニモイッテナイ……」


「そうだ! コイツみてえな毛玉の絵があるんだ。長老はそこに刻まれてた古い言葉が読めてな、ツムトとかナントカ言ってた気がするな」


「そうなんですか?」


 このドワーフさんに俺達はついていく。彼はレギンさんという名で、以前俺の住まいを改装してくれた時の棟梁とうりょうだった。廃墟の中は薄暗く瓦礫以外なにもないが奥に地下へと続く階段があった。


「はるか昔、元いたトコを追われて俺達はこの土地に移ってきたんだ。この遺跡の地下には迷宮並みの通路網があるんだぜ。そのほとんどが地殻の変動だとかなんかで埋まっちまってるけど」


 レギンさんの点けた松明たいまつの灯りを頼りにさらに降りていく。しばらく降りていくと土砂に埋もれて行き止まりになっていた。


「こっちに俺達の掘った抜け穴がある」


 レギンさんが入っていく。俺もヒナさんも身長はそれほど変わらないので問題なく抜けられる。他種族の大人だとかがまないといけないだろう。少し行くと天井が高くなる。もともとの地下通路に戻ったようである。


「この先に広場があるんだ。そこを中心に住居を作って生活してんだ」


 通路を抜けるとさらに天井は見上げる高さになり広い空間が現れた。


「すごい。まるで地底都市」


 ヒナさんが驚いた顔で呟く。天井に使われている素材によるものなのかそこは昼間のように明るかった。ツムトもその開放的な空間を飛び回る。


「長老の住まいはこっちだ。まず会ってもらって判断を仰ぐ」


 そこにはレギンさんと同じような長い髭の男たち。それに女性や子ども。そちらはもちろんおヒゲは生えていないし、ちょっと小柄なだけで人族と違いは感じない。でもお酒は強いのだろうな。さすがに子どもは飲まないだろうけど。


「おお、レギンではないか。どうしたんじゃ?」


 開けっ放しの扉を挨拶あいさつもなしにレギンさんは入っていく。なかには白髭の老ドワーフさんが居た。


「遺跡んとこにいたんだよ。ドラゴンに連れてこられたっていってるけどな。この少年はシファたちの関係者だから問題はねえぞ」


「ほう、そうか。遠い所をよくおいでなさった。人族の来訪はボクデン以来じゃの。これはめでたいこと。レギン、分かっておるな?」


「もちろんだとも今日は飲むぜ!」


 この空気は俺達をダシに宴会をしようってことのようだ。


「ノムゼー!」

 

 いや君、飲めるのかい? ツムトが上機嫌なレギンさんの頭の上をぐるぐると飛んでいる。


「おっ!? こ、これは……」


「長老、やっぱそうだよな」


「おおっ、そうじゃな……。来てくれるかの」



 俺達は挨拶もそこそこにさらに別の場所へと連れていかれることになった。

 

「えっ!? 自動ドアなの……」


 俺より先にヒナさんが声を上げる。彼女はもうドワーフの女性たちからプレゼントされた可愛らしい水色のワンピースを着ている。さっきもっとよく見ておけばよかった……。いや、それよりも目の前の超技術である。ドワーフがこの世界でもモノづくりに長けているとはいえこれは無い。


「ジドードア? 自動で開閉する扉か、名前をつけるならそれも良いの」


 長老さんは嬉しそうに呟く。


「これ、あなたたちが作ったの?」


「まさか? 神々の作りし神器じゃよ。解体しようにも硬いし何の金属かも分からぬし、動力も不明じゃ。千年より前にはあったと思われる。見つけたのは偶然じゃがの」

 

 いくつめかの扉を抜けた先にそれはあった。

 

 エジプトにありそうな巨大な壁画だった。ヒエログリフ、象形文字のようなものも見えるがもちろん読めはしない。長老が端の方へと歩いていく。そこには確かにツムトに似たものが描かれている。


「似ておるの」


「ええ、そうですね。ツムトだと言われたらそうだって答えますね」


「コレ、オデ? ナンカヘン、オデ、チガウ」


 ツムトはご不満なようである。


「こちらへ来てくだされ」


 そこには真っ白な扉らしきもの。


「ここは開かぬのです。もしやそちらのツムトさんならと思いましてな。試しに儂がその前に立ってみると……」


 長老さんが扉の前に立つが開きはしなかった。扉にはドアノブも取っ手も無い。


【ジンブツ認証ヲハジメマス。登録情報ナシ。管理者ニ御問合ワセクダサイ……】


「扉がしゃべりますのじゃが、開かぬのです」


 認証って何だ?


「ツムト、その前に行ってみてよ」


『ヒロト、ココカ?』


 【ジンブツ認証ヲハジメマス。本人認証クリア。続イテ御名前ヲ御願イシマス】


『ナマエ? オデ、ツムト!』


 【一致シマセン。モウ一度御願イシマス……】


『ツムト、ツムト、ツムト。オデ、ツムト!』


【一致シマセン……】


 ん? 待てよ。


「ツムト、本当の名前の方だ。あの長いほう、ツムトギアなんとかっていうほうで言ってみてよ」


『ウン。オデ、ツムトギアアンダビノ・アストズァラク・オリログラスソムンアミー』


【音声、名称トモニ御本人デアルコトヲ確認】

 

 白い扉がゆっくりと音も立てずに開いた。

 

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