第44話 襲来
ほろ酔い状態で白蛇山神社に帰ると、拝殿では葉介が一心不乱に祝詞をあげていた。
一段落付いたとき、私は声を掛けた。
「葉介君どうしたの? 今日は残業?」
「父から神罰に対する拝句を教わってきました。少しでも届けば良いのですが」
疲れた様子の葉介を見て、彼が必死で祈ってくれていたことを知る。
こんな時に呑んで帰った事を申し訳なく思う。
「そう。ありがとうね。でも私なら大丈夫。相手は神というより妖怪らしいのよ。ミヅチだって」
「ミヅチって……、妖怪の中ではかなり上位の奴じゃないですか! しかも神格化されていたんですよね、結構危険な相手だと思います」
驚いている葉介の後ろから山神が現れた。
「うむ、モノノケのくせに神罰を与えるまでになった奴じゃ。意味も無く襲ってくるなら加勢出来るが、神罰には手が出せん。ただ、今のお主も神じゃ。神罰を甘んじて受ける必要は無い。格下のモノノケなんぞ倒してしまえ」
「もちろんぶっ潰してやりますよ! そうだ、佐伯さんに相手の正体を伝えなきゃ。電話しに行ってきまーす」
村の公衆電話から聞いていた佐伯の携帯電話に掛けると、すぐに繋がった。
「……はい」
またも雑音混じりの佐伯の声だ。移動中だろうか。
「もしもし、先日はどうも、佐藤です。あの件についてわかったことがあるんです」
「あぁ、ゆかりさんですか。なにがわかったのですか?」
雑音で少し聞き取りづらいが、やっと佐伯と確信についての話ができる。と勢いづいて話を続けようとしたとき、聞こえている雑音が、前回赤岩神社に掛けたときとまったく同じ音だと気がついた。
「あれ、今新潟ですよね? 赤岩神社に戻ってませんよね? ちょっと電話の音が変な感じで」
「あぁ、私は移動中なんです。それより、なにがわかったのですか」
「あの、占いでわかったという神様の名前ですけど、ちょっと違うみたいなんです」
「違うとは?」
佐伯の声は会って話したときとは違い、抑揚がなく疲れているように聞こえる。
「あの名前は通称みたいなもので、本性は大昔のミヅチなんです」
「なぜわかった」
「え?」
突然嗄れた声に変わったその時、私の後ろから強烈な悪意を含んだ気配が生まれた。
振り返ると耳まで裂けた口を開き、にやにやと笑う佐伯が立っていた。開いた口の中にはびっしりと牙が生えており、ふしゅううという音は呼吸音だろうか、辺りは生臭い匂いに包まれた。
「ぎゃぁ」
私は受話器を放り出し、白蛇山神社に向かって飛ぶように走った。
「なんだあれ思っていたのと違う、怖すぎる! 本気でコロシに来てるー! ヤバイヤバイヤバイ!!!」
鳥居の前には獅子と狛犬が牛ほどの大きさになって唸り声を上げている。
「ゆかり様早く中へっ!」
鳥居の中に飛び込むと、参道に葉介も待ち構えていた。
「ゆかりさん、こちらへっ! 山神様が教えてくれました。来てるんですよねっ」
「葉介君も逃げてぇぇ、あれはヤバイって」
ただならぬ私の慌てように葉介も一瞬ひるんだが、鳥居の前で
「ゆかりさんは神界部屋に入っててくださいっ、ここは私達が食い止めます」
「無理だって、あんなバケモノじみた奴抑えられないよ」
鳥居の先には夕闇より暗く、重い気配流れ込もうとしていたが、二匹のガード達にせき止められている。
「邪魔ダ、神罰に手出しスルナ」
「我らは神を守るのみ。神罰だろうが関係ねぇんだよ! ここから先へはいかせねぇぞ」
「ウルサい獣共ガ」
次の瞬間、佐伯だったものの頭は三倍の大きさに膨らみ、赤い肉と巨大な口だけのミヅチが本性を現していた。フッと姿がぼやけたかと思うと一瞬で鳥居の内側に入り込み、足も動かさずにゆらゆらと大きな頭を揺らしながら近づいてくる。
いきなり後ろに現れたミヅチを追って二匹のガードが飛びかかった。
しかし、ミヅチの近くで見えない壁に当たり、苦鳴をあげた。
「なんだこいつは、近づけぬぞ」
頭を振りながら体制を整える狛犬。ミヅチの前で身体を張って留めようとする獅子。
ミヅチが私に身体を向けて話し出す。
「オマエガ最後のヒトリ、ワガ神罰をウケルノダ」
「祠の事は申し訳なく思ってます! でも報いは充分受けてると思いますっ、私だって一度死んでるの! もう神罰は受けたでしょ!?」
「我の神罰は妨げラレタ」
私の神威でなにか有効な手は無いか? なにかババーンってドカーンてやっつけられないものがあればいいのにと、あたふたしていると葉介が懐から笛を取り出した。
「駄目です。話が通じません。私の式を使います」
私を庇うように前に立った葉介は手にした龍笛を唇に当てた。
美しくも鋭い笛の音が力の奔流を伴い、真っ直ぐに鳥居の先まで突き通した。
ミヅチは口を大きく開けたまま固まった。奴を食い止めているものが徐々に姿を現してゆく。
人より二回りほど大きく、仁王像のような筋肉を持つ赤い人影は、葉介の龍笛を収めた錦の金襴袋と同じ模様の羽織姿をした鬼だった。
葉介の龍笛、『鬼炎丸』はまさに鬼を宿した笛だったのだ。
鬼炎丸はミヅチの顎を掴み、力強い筋を浮き上がらせた腕で胴体を押し返している。鬼が牙を見せながら歯を食いしばり、ミヅチの胴体へ回した片腕で締め上げている。
佐伯の服を着た細い胴体がへし折れるかと思ったその時、ミヅチは身体を捨てた。
大きな口を持った頭の下には太く短い蛇の尾が付いている。佐伯の身体は砂のように崩れて消えてしまったが、ミヅチの本体は高い位置に浮いている。
鬼炎丸も手の届かぬ敵に手をこまねいているようだった。
笛を握る葉介にも焦りの色が見える。
「よよよ葉介君、どどどどーしょーーー!」
「ヤバイです。あれが本当の姿なのか……」
最後の望みが私にはまだあった。ポケットから取り出したのは夜刀神のツノだ。
「夜刀神っ! お願いっ!!」
私は空に浮いているミヅチに向かってツノを投げつけた。
ツノは空中で私の姿に変わり、着地するとミヅチの前で無防備に立ち尽くしている。
「なにっ、私の分身か! 頑張れー、やっつけろ!!」
ミヅチはぽかんとした顔で立っている私の分身を見て鳥肌が立つような笑い声を上げた。次の瞬間、ミヅチの大きな口が偽の私を頭から丸呑みにしてしまう。
「あ」
頼みの綱だった夜刀神の奥の手は一瞬で食べられてしまった。
「ひっ」
「なんとっ!」
ガード達や葉介も絶句している。
「グッハハッキキキッ。果タサレタ。白蛇山大神にオイテハ、ヌシの社にてワレを祀るベシ」
ミヅチがそう言い残し、ふっと姿を消してしまった。
後にはいつもの静かな境内で立ち尽くす私達。
「……なんだとー」
その時、頭の中に思金神の声が響いた。
“夜刀の神、
夜刀神が正式に神の位を授かっていた。
「なんでだー」
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