第38話 わけみたま
私とウカ様は八十七社神社の上空にいた。下を見ると昨日と同じように十数人の参拝者が列を作っており、例の巫女もまだそこにいるではないか。
「まだ結構いますね。それとあの巫女、人では無いみたいなんですけど、いったいなんなんですかね」
「神使の一種でしょうけど、あの穢れを神としていたんでしょ、ちょっと信じられないわね。まぁいいわ。中に入りましょう」
私達は銅葺きの屋根を通過して本殿の中に降り立った。
くすんだ寂しい雰囲気だった空っぽの本殿に宇迦之御魂神が降り立った途端、清々しい空気に入れ替わった。
「あ、なんか空気が変わりました」
本殿の扉は開いていて参道に並ぶ人が見える。風通しも良いはずなのにいまいちスッキリしなかった神の住まいは、高位である宇迦之御魂神の降臨によって神の社に生まれ変わったようだ。
「これで白蛇山大神を迎える準備ができたよ。もう新品同様の穢れなき本殿。いいでしょ~」
ウカ様はくるりと回ってかぐわしい香りを振りまく。私にもわかる。完全に初期化されたんだ。
その時、参道で参拝者の相手をしていた巫女のような者がこちらをチラチラと気にしている様子が見えた。彼女には私達が見えているのだろう。それでも気づかないふりをしているのはおそらく怖がっている。
とりあえず私達も気にしないことにして目的を果たすことにした。
「私の分霊って、どうやって出すんですか? というか分霊って私なんですか?」
「うん。人の感覚で言うとね、支社長みたいな感じかな。私も分霊のひとつだけど総本社の伏見の神霊と情報的には繋がってる。わたしがやることは伏見の本体もきっと同じ事をやるでしょうね」
「ライブ配信ですか?」
「暇があればやるに決まってるわよ。でもあっちは忙しすぎてそれどころじゃないでしょう」
「なんかちょっと自分の分身が知らないところで勝手なことをしてたら嫌だなって思ってました」
「大丈夫。神はそんなこと気にしない。勝手にやって貰えば良いのよ。そうしないと身体がいくつあっても足りない状態が解消されないでしょ」
「はぁ、今回はウカ様のお願いで分身するんですけれども」
ウカ様は私の両肩を掴んでにこにこしている。
「そこは摂社のよしみ。変な天津神に頼みたくないのよ」
「わかりました。やってみます。それでどうしたらいいんですか」
いきなり分霊を作ってと言われても、分身の術なんて方法に見当が付かない。
「そうね。最初はわたしが手を貸してあげる。荒魂よ出ておいで~」
ウカ様が肩に置いた手を引っ張り上げるように持ち上げると、私の中から私が出てきた。そうとしか言えない。私が私の中から出てきている。
「あわわわ、私がもう一人いました」
「あとは、荒魂をこう、分ける感じで、ほら、こう、こんな感じ」
「わははは、全然わかりません」
ウカ様の説明が下手なのか、当たり前すぎて言葉にするのが難しいのか身体をくねらせて意味不明な事を言っている。
「こんな、ですかね」
半身出かかっていたもう一人の私が目の前で私と対峙した。
「ゆかり、うまくいったじゃん」
「喋った。これが私の分霊か。すごい。ほんとに私がもう一人いる」
私の分身、そっくりな自分が目の前に立っていた。それでもなにか違うと感じるのは私の荒々しい部分である荒魂だからだろう。なんか凜々しい自分は私的には荒魂の顔の方がかっこいいと感じる。
「うん、そうだよ。私があんたの荒魂だ。この神社より白蛇山神社の方が気持ちいいんだけどな。まぁ、私がやらなきゃならんってこった。やってみるさ」
「少し口調が違うね。私がグレるとこうなるのか」
「グレるったぁなんだよ。私だってあんたなんだ。わかってるだろが」
荒魂の私は短気だった。
確かに自分の一面でもあるなと納得はするが、悪い部分だけの自分って性格悪そうでちょっといやだ。
「ゆかりちゃん、とりあえずここに常駐してくれれば変なものは寄りつかないと思うから頑張ってね」
「はいはい。ウカ様の頼みだからなぁ、うまいことやってみますわ。そうだ、さっそく神界部屋用意しなきゃだな」
「これ、ウカ様になんて口の利き方を! 代わりに謝ります。失礼しました」
自分の口の利き方に焦り、恐縮しながらウカ様に謝った。私ってこんなやつなんだ。怖ぇぇぇ。
「うふふ、新鮮で面白いわねぇ。それじゃ表の巫女をなんとかしますか」
ウカ様は開け放たれた本殿の扉の先に見える巫女に目を向けた。ちょうど参拝者が途切れ、巫女は本殿に駆け寄ってきた。
「すみません、あなた方は誰なんですか」
「ふーん。あなた、人だったのね。どうして巫女やってるの?」
ウカ様は巫女を見てそう言った。
「え? この巫女さんって人間なんですか?」
「うん。元は人間だった。それがここに棲み着いたものに引き寄せられて利用されたってとこかしらね。わたしは宇迦之御魂神。こちらは白蛇山大神よ。あなた、お名前は?」
「う、宇迦之御魂神! 失礼致しました!」
巫女は扉の前の床に土下座をして小さくなってしまった。
「私は白蛇山神社の白蛇山大神です。あなたのお名前は? どうしてここにいるか覚えてる?」
私はウカ様が言った元人間という言葉で、この巫女は人の幽霊のようなものだとわかった。それにしても幽霊なんて穢れの一種だと聞いたことがある。なんで宇迦之御魂神の前にいられるのだろうか。
「あっ、あの、私、神社で巫女をやっていました。美織と申します。名字は思い出せません。たぶん事故で死んだんだと思います。この近くを漂っていたら引っ張られてここの神様の一部になるはずでした。でもどうしても入れなくて」
「そっかぁ、それで人霊にしては穢れが無いわけね。それで取り込まれずに済んだのね。穢れになっていない霊魂ってことはなにか未練でもあったのかしらね。でもなんでここの巫女やっていたのかしら」
「はい、誰かわかりませんが、力のある人が来て、私にこの神社の巫女をやれって言われて。病気を治す神だから来る人を導いてやれと」
私は力のある人と聞いて、あの最期に残った人型を思い出した。
「ウカ様、ここにいた穢れが消えた後に人型がありました。私が触ったら消えちゃいましたけど。その人が仕組んだってことですよね」
「そうね。一番怪しい。でもなんの痕跡もない。人なのか、悪い神なのか」
恐縮しきりの美織を挟んで、私とウカ様は考え込んでしまった。そこへいままで黙ってみていた私(荒魂)が彼女に話し掛けた。
「美織、私の神使になれ。どうせ行くところもないんだろ。元巫女だっていうなら好都合だ。いいな、決まりだ」
自分ながらなんと強引な、と思いながらも、私ならきっとそうしていただろうという納得もあった。確かに私は私だ。
「ウカ様、そういうことでいいっすよね。美織はここの神使ってことでよろしく」
「うん、いいよ。これで懸念はすべて無くなったよ。この子、どうしようか決めかねてたのよ」
(ウカ様のことだ、きっと消し去るつもりだったに違いない)
「よーし、それじゃ今日からここは白蛇山神社二号店だ。祝い酒……はないのか。本体さ、ちょっと白蛇山神社から持ってきてくんない?」
家財道具もなにも無いここに常駐してもらうのだ。少しは面倒みてやろうと、私は酒を取りに神社へ飛んだ。
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