第26話 葉介入社

「ぎぼぢわるぅ」


「あ、起きたね。ほら、お水飲んで」


布団から体を起こした葉介は真っ青な顔色をしていた。

酷い二日酔いだった。

貰った水をがぶ飲みし、ぼんやりした頭のままあたりを見回した。


「あれ、ここは、あああっ神様っ!」


「ゆかりさんでいいってば、ここは神社の中。この部屋に人が入るのは初めてなんだよ」


葉介はしている。

布団から飛び出して私の前に正座をし、頭を深く下げる。


「いてて、申し訳ありません! 余り酒に強くないのについ呑んでしまいました。

皆様にご迷惑をおかけしたみたいで、本当にごめんなさいっ」


頭痛が残っているのか、こめかみを押さえながら必死に謝っている。


「もういいって、うちはこんなことよくあるから。

葉介くんも、だんだん呑めるようになってくるよきっと。

あ、私は無理強いしないからね」


「はい、それにしてもここが神社の中? 拝殿の奥にある部屋ですか?」


「うーん、神界部屋って言ってるけど、まぁ、神様用の部屋ってこと」


「そういう事ですか、意味がわからない」

「どっちだ」


わからないのも無理は無いだろう。

神様の部屋だぞ、素晴らしいだろうと少し自慢でもしてやろうと思っていたら、葉介に見せてはいけないものが沢山あることに気がついた。


「ここの調度品ってゆかりさんの力で作ったのですか? テレビまでありますけど」


「ギクッ」


「タブレットPCまでありますね。凄いですね、神様でもこんな複雑なものを作り出せるのか。

あー、ちゃんとWi-Fiに繋がってますね」


「ギクギクッ」


葉介がじとーっとした目で私を見る。


「買った」


「買った? お金は?」


「お賽銭……」


もうやめて私のライフが削られてゆく。


「父が言ってました。最近神社の収入ががっくり減ったって」


「でもさ、ここを繁盛させたのは神の力、神威ってやつでね、豊乳じゃなくて豊穣っていうのがあるのよ」


年下の可愛い男子に詰められるとすっごくキツイ。


「お賽銭は元々神様のものですし、神に奉納されたものですから言いづらいのですけど」


「はい」


「無駄遣いしすぎじゃないですか? 

収支を見ました。一応黒字ですが来社数から見てもお賽銭収入が異常に低いんです。

これだと税務署に目を付けられる可能性がありますよ。

うちの父がお賽銭を着服していると思われても仕方ない状況です」


「あっ、そうか」


それもそうだ。お賽銭はブラックボックスだ。

いくら入ったかなんてわからないが、それが異様に少ないとなれば、神隠しが本当なのだけれど、宮司が疑われる。


「お賽銭には法人税はかかりませんが、会計報告にゆがみが出てきます。

税務調査が入ればそういうところをつついてきますよ。

父の法人格が取り消しされるかもしれないのですから、これからは買いものしたときには領収書を貰ってきてくださいね」


「宮司さんの宗教法人格を使っていたのか。しらなかった」


「さすがに神様にそんな世俗的な報告はしないでしょう。

ふふっ、ふふふっ、祝詞で神様に、会計報告とか、ふふふふふ」


なにかツボに嵌まったようだ。


お金のことなんて神社の神が気にすることではないと思っていたが、現金を使う神となると色々問題があったようだ。


「わかった。迷惑掛けないようにちゃんと領収書は貰うようにするね」


「くっふふ、お願いしますね。大きい物を買うときは相談してください」


「はぁい。稟議でも回しましょうかぁ」


「それなら決裁者は祭神様に決まってるじゃ無いですか、はははははは」


この子おもしろいやつ!

宮司さんが社会勉強させた甲斐があったね。

このウィットに富んだ会話ができるのはさぞかし良い環境で働けたのだろう。


「まぁ、これからもよろしくね。葉介くん」


「こちらこそよろしくお願いいたします。今までのように無駄遣いはさせませんからね」


葉介くんは頭のいい青年だった。少年にも見えるが私にショタ趣味は無い。

しかし、この子は面白そうだ。

しっかり者レベルがどれほどかは気になるけれど




「ほう、葉介は切れ者であったか。笛の名手だけではないと。

良いな。うむ、時々笛の音を奉納させよう。酒はこれから勉強じゃな」


山神は葉介を気に入ったようだ。

特に昨夜の龍笛での演奏は、これまで聴いたどの神楽でもあれほどの名手はいなかったと。

奏者の質、笛、姿すべてが神の領域にいる者に響くものなのだそうだ。

あとで彼に神が褒めてたよって教えてやろう。


「ゆかりさん、お部屋に男の人を入れちゃいましたけど、本当にあの人、信用していいんですか?」


巫女姿のきりは、先ほどまで葉介と私の会話を猫の姿で聞いていた。

その声は少し不満そうだ。


「うん。私は大丈夫と確信したよ。きりは心配かい?」


「うーん。わたしはゆかりさんと山神様と三人で暮らしてる方がいいな」


「かわいぃぃぃよぅ、きりたんきりたん、やきもち焼いてるんだねぇ、大丈夫だよぉ、きりたんが一番好きだからねぇぇ」


「うわぁ、う、うれしいなぁぁ、ですから人の姿の時は……ちょっ、耳かじらないでぇ」」


山神がニヤニヤしながら眺めていた。




 神社から出た葉介は朝日を眩しそうにしながら獅子の前に立って手を合わせる。


「昨夜はご迷惑をおかけしました。下まで運んでくださりありがとうございました。

これからしっかり働きますのでどうぞご助力のほどよろしくお願いいたします」


「おう、昨日のことは気にするな。これからよろしく頼む」


獅子は声だけを葉介に返した。

一礼して狛犬の前に立った葉介は手を合わせたがなかなか声が出ない。


「き、きのうは、付き合って頂いて……ありがとうございましたっ!」


「良い。手水ちょうずで顔を洗ってきなさい」


狛犬も声だけだ。

少し残念そうな葉介は手水場ちょうずばの裏にある蛇口を回して水を出し、顔を洗った。


「あっ、拭くものが無かった、ハンカチ、あれっ、持ってなかったか」


「仕方の無い奴だな」


大きな動物の尾が顔の近くをふわりと撫ぜると、水気が消えた。


葉介の視界の端には巨大で美しい白犬が背を向けて石像に戻ってゆく姿が見えた。


「ありがとうございます!」


葉介は嬉しげな声で石像に向かって頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る