第8話 信者獲得

 その夜拝殿で、人前に出る自分の姿を女神らしい服装するため、悩んでいた。

神社にいる女神様の姿がよく分からなかったのだ。


「たしかー、和服って言っても着物じゃないんだよなぁ。


基本的に神社の神様って偶像が無いからわからないんだよね」


悩みに悩んで、上は袖の長い白の貫頭衣を着て腰で縛り、下は白袴に白足袋。

勾玉をネックレスのように付けて口紅は赤。

髪を後ろで一つに結わえてできあがりというなんともお菊人形、白装束バージョンな女神ができあがった。


服装を想像するだけで身に纏えるのはさすが神様だ。


狛犬から聞いた村長の家を思い浮かべると家の映像がゆらゆらと眼前に漂い始める。

立派な鬼瓦が乗った大きなお屋敷だ。うちの神社の百倍立派。

意識を屋内に向けると壁を通り抜けると、豪華アイランド型キッチンに出てしまった。


「あ、いいなこんなキッチン。まいいや、寝室は一階の奥だよねきっと」


純和風建築であれば玄関から一番遠い場所に床の間があると思う。

一直線に壁を抜ければ早いが、わざわざ扉のある部屋を経由して屋敷の奥へ意識を移動させてゆく。


はじめてだから壁にぶつかりそうで怖いのよ。


「あった。和室だ。たぶんこの中でしょう」


ふすまを通り抜けると中は寝室で、大きなとこがあり、高そうな掛け軸が掛かっている。

クーラーをがんがんに効かせ、初老の男女が別々の高級羽毛布団で眠っていた。

ヘアキャップをかぶっていびきをかいている女性が村長の妻だろう。


夢に入るように意識すると薄暗い場所で正座をしている妻の映像が見えた。

私は祭壇を背にし、拝殿の中から中継している姿が見えるよう意識する。


――村長の妻よ。わらわは山の神。


  高天原より新しくこの村を守護するため下った。


  山の神のやしろを見よ。


  山の神を畏れよ。


  山の神をまつられよ。


  御山を守れ。


ゆめゆめうたがうことなかれ――


なるべく無表情にそれだけを伝え、夢から出る。


「うーん。実感がない。人が見てる夢なんて実感あるはず無いんだけどね。

これ、毎晩やるかぁ?」


ところが翌朝すぐに効果が現れた。


朝早く、境内に入ってきた村長の妻は、荒れ果てているはずの神社が荘厳な美しさに満ちていることに驚いた。


「あわわわわ、夢のお告げは本当だった! 山の神さまが降りられた!」


足もとがおぼつかない様子のまま、きびすを返し行ってしまった。


「こっちもおどろいた。効果あるんだねぇ。

でも参拝ぐらいしていけばいいのに」


狛犬が犬の姿で現れた。


「山の神様、これは成功とみてよろしいかと」


「おぅ、俺もそう思う。村長は奥さんに逆らえねぇんだ。きっと旦那を引っ張ってきまさぁ。

まぁ、このまま様子を見ましょう。

それにしても山の神様、昨夜のお姿は美しかった。

あんなんでいいんですよ」


「獅子ぃ~、あんなんって、結構考えたんだからね」


「いえ、とても美しゅうございました」


「狛犬も褒めてもあんな格好、毎日はできませんからね!」


そう言いつつ、この場所に生前の普段着っていうのも似つかわしくないよね。

神様らしい姿っていうのもそれっぽくていいかもと少しだけ思った。




 午前中に七人の若い男達が押しかけてきた。

村の青年団だ。手にはほうきやちりとり、ぞうきんにバケツと掃除道具を持っている。


「本当だ、一体誰がこんなに掃除にしたんだ」


「よそから来る変わりモンの仕業じゃねえのか?」


「いや、ここまで徹底的にできるもんじゃねぇで」


男達はあまりに綺麗な神社の敷地に少しの怖さを感じているのか、足を止めてしまっていた。


「まぁ、なんでもいい。こんなら掃除も簡単そうだ。


村長の奥さん、とんでもねぇ大仕事押しつけてきたって思ったけどな」


「しかし、ここってこんなに清々しい場所だったけか? 

おりゃいままで怖くて近寄らなかったで」


「奥さんの言ったこと、本当だと思うか?」


「わかんねぇ、わかんねぇけどよ、まずはお参りすんべ」


「あらら、鈴が落ちてるで。これは直しとくか」


みんなが並んでお賽銭を投げ入れ、同時にかしわ手を打つ。

私は拝殿の中に居ながらその姿がよく見えた。

かしわ手って「はいはい、なんだね?」って言いたくなるような効果があるのか、私の注意をよく引いた。


すると彼らの祈っている内容が頭に入ってくる。


「彼女ができますように」


「家内安全交通安全無病息災商売繁盛……」


「頭が良くなりますように」


「就職できますようにお願いします」


「金持ちになれますように」


「会社が燃えますように」


「全世界が平和になりますように」


(わははははは、山の神になんて壮大なお願いするのよ~)


私は転げ回って大笑いしてしまった。扉を開いて突っ込みを入れたい気持ちを我慢した。


青年団は既に綺麗になっている境内の掃き掃除、鈴の取り付けやらみんなよく働いてくれた。

一時間ほどで作業は終わり、また神社に手を合わせて帰って行った。


「ほんじゃ毎週同じ時間で雨天中止なー」


「はいよー」


「そんじゃな」


「おー」


仲が良さそうな男達だった。

入れ替わりに村長夫婦がお参りに来た。


村長のお賽銭は五円、奥さんは一万円札を入れた。


「あっ! おいっ、なんでそんな大金入れるんだ、ご縁がありますように、で五円でいいんだ」


「あんた何言ってるの! 

山の神様はわたしにわざわざおいでなされたことをお伝えくださったのよ! 

私がしっかりしなきゃだめじゃないの!」


お賽銭はほんの気持ちでかまわないのだが、村長の妻はまさかの大金、一万円札を入れたのだ。

管理者がいればお金の使い道もあるだろうが、廃墟にお金入れても神が困るわ。


「そんなの信じられ……ないことも無いがそんなことあるかぁ?」


「とにかくちゃんとお参りするのよ! 


山の神様、これからもっとちゃんとお祀りしますからね」


「儂は次期村長選も当選しますように、だ」


村長は半信半疑で妻の言うことを聞いているようだ。それでも妻の主張に真っ向から反対はできない。

獅子はよく村のことを知ってた。本当に尻に敷かれていた。


その夜、また妻の夢に入り、お告げをした。


――良きおこないをしてくれました。


  この地に安寧と繁栄を授けましょう。


  それから


  参拝者を増やしなさい。


  宮司となるものを置きなさい。


  賽銭箱のお金が気になります。


ゆめゆめうたがうことなかれ――

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