第6話 この神社、やばくない?
起きたとき既に夜になっていた。
「なんてこと! どれだけ眠ってたのよ私は?」
「ゆかりさん、おはようございます。もう夜ですけど」
猫姿のきりが顔の前に座って私を見下ろしていた。
「おはよーきり。良かった、元気そうだね。やっぱり夢じゃ無かった」
いつもの朝ならば起き上がれないきりの寝床を整えて朝ごはんを食べさせて、それから自分の身支度を始めていたのだ。
「あ、ごはん! きり大丈夫? おなかすいてない?」
「大丈夫です、おなか空かないみたいですよ。ゆかりさんはいかがですか?」
「そういえば身体は絶好調だね。なんか子供時代の寝起きみたいだよ」
拝殿を見回すと、乱雑に置かれていたガラクタが綺麗に片付けてある。
埃が積もっていた祭壇もピカピカだ。
「これ、もしかしてきりが掃除した? 私が寝てる間に」
「ごめんなさい。勝手にやっちゃいました」
「うわー! ありがとうきりー! おまえ掃除もできるようになったんだねー。びっくりしたぁ。いいこだよー」
きりを胸に抱いて身体に顔を埋めた。
「神使として当然です! というか、獅子さんと狛犬さんからみんなで掃除をしようって言われて一緒にお掃除したんですよ。
そうそう、お外も見てくださいよ」
きりを抱いたまま拝殿を出てみると、雑草だらけだった境内はまるで毎日手入れされていた神社のように凜とした静けさを放つ神域らしさを見せていた。
「おっ! 山の神様、起きてきましたね。どうです。見違えたでしょう」
獅子と狛犬が獣の姿で現れ、獅子が自慢げに言う。
「すごいね。みんなありがとう。早起きして私がやろうとは思ってたんだけど、ほんと、私も掃除しなきゃって思ってはいたのよ」
狛犬は尻尾をぶんぶん振っている。
クールに見えて褒められるのが嬉しいようだ。
「前の山の神様はあまり
神使がいたら違ったのかもしれませんが」
「え、その氏子は今どうしてるの?」
「高齢化の波にのまれまして」
狛犬がうなだれて言う。
「そう。ご冥福を祈るわ」
「生きてますけどね、息子夫婦のとこに引っ越ししたんでさぁ」
獅子がちょっと悔しそうに言う。
「なぁんだ。って、え? 氏子って一人しか居なかったわけじゃないでしょ?」
「唯一のその者が
「村の人って氏子じゃ無いの?」
普通、地元の神社を氏神としてお祀りするのだが、狛犬の話では違うようだ。
「村人は隣町よりまだ先にある神社に参拝しています。彼らの神棚に我が社のお札はありません」
「それもそうか。社務所が無いからねぇ。きっと以前は宮司さんの家が社務所になってたのね」
現況を理解しヒルメの言葉を思い出した。
――古くからの氏子によって神社の体を成しているに過ぎなかった
その氏子すら一人もいないこの神社は山神の力だけで神社の体を成しているだけだということだ。
「そうか、本殿は御山で、ここは拝殿。山神様を祀る場所ってだけなのか。
古代の祭祀は野外で執り行っていたというし、御山からこの場所までが神社の全体像なのね」
「そうっすね、我らも霊獣になって石に宿る前は御山全体を住み処にしてましたからね」
「確かに。拝殿ができたのは最近の事ですね」
「いやいや、拝殿に置かれてた板書きに平安時代に作られたような事が書いてあったよ」
「よく分かりませんがそんな昔という感じはしないのです」
霊獣の狛犬達にとって時間の経過は気にするほどの物では無いようだった。
私もそんな存在になってしまうのだろうか。
「平安時代からあっても
それで村人から山の神神社とか呼ばれていたというわけか」
拝殿が建てられていたのも不思議なくらいである。
大抵、神名が分からない山の神を祀っているのは、祠だ。
それなのにこの社は拝殿にも山の神を配備し、災いを起こす神を抑える布陣にしてあるのだから、なかなかに重要拠点であったと言えよう。
しかし、今の時代に山を恐れてお
そして猟師だってこんな里山にはいない。
「ほんとここって山神様だけで保ってるってことか」
「そういうこってすよ、山神様と持ちつ持たれつの関係を続けていればずっとこの地で生き続けられますからね。山の神様はごゆっくりなさってください」
私は獅子の楽観的な言葉に全く賛同出来なかった。
この時代、いや、これからもずっとこの国は発展してゆくだろう。
私が生きている人間で、この山を買った地主だったら守ることもできるだろう。
また、昔の伝承を語り継ぐ村人がいて、聖域を大事に想う人々がいる時代ならば神社は守られる。
しかし、現代は違う。
今までたくさんの里山が切り開かれ住宅地となり、なかには神社もろともダムの底に沈んだ村だってあるのだ。
しかもそれは発展の名のもと、急速に進んでいる。
憧れのスローライフを満喫できると思っていたが、この神社を取り壊せないくらい名を上げておかなければ時代に呑み込まれて消えてしまう可能性が高い。高すぎる。
「ちょっとこれ、やばい状況じゃないの!」
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