第21話 新しい婚約者

「あ、あの」


「ディアナ。俺は最初からあきらめてしまっていた。

 俺は王族だから、公爵になった後も責任があるからと」


「アルフレード様……」


「エルの言うとおりだな。俺は俺が我慢すればいいと思っていた。

 ディアナに言っても困らせるだけだから、

 この気持ちを封じて思い出にしようとした」


そっと私の手が取られて、アルフレード様のくちびるがふれる。

指先から真っ赤になってしまいそうなほど、心が揺り動かされる。


「俺と結婚したら、苦労させてしまうだろう。

 お互いに領主としての仕事がある以上、ずっとそばにはいられない。

 だけど、俺はディアナとなら苦労してもかまわない。

 俺は、君を手に入れたい。短い時間でもいい、君にふれたい。

 こんなわがままを許されるだろうか」


目があったまま、そらせない。

こんなにも好きだと思える人、きっともうあらわれないと思っていた。


誰よりもまじめで責任感が強くて、そして優しい人。

私を困らせないように、距離を置いてくれていた。


「……私、アルフレード様が誰かと結婚したら、

 きっと泣くだろうって思っていたんです」


「それは……うぬぼれてもいいのだろうか」


「はい……ずっと、ずっとお慕いしていました。

 でも、結ばれることはないんだって……」


最後まで言わせてもらえなかった。

抱きしめられ、アルフレード様の腕の中に閉じ込められる。


「好きだ……ディアナ。

 俺の妻になってほしい」


「……はい」


私の頬にそっと手が添えられる。

アルフレード様の顔が近づいて……でも逃げる気にはならなくて……


「はい、そこまで」


「「え?」」


いつの間にかエルネスト様が部屋に戻ってきていた。

え?アルフレード様に抱きしめられているのを見られた?

恥ずかしくて、すぐにアルフレード様から離れる。


「エル……お前」


「いや、違うだろう。怒るなよ。

 お前、婚約もしてない令嬢に何をする気だったんだ」


「あ……」


「うれしくて我を忘れたのはわかるが、それはだめだ。

 ディアナ嬢のためにも、ちゃんと婚約してからにしろ」


「……そうだな。俺が悪い。止めてくれて助かった」


「おう。あ、婚約したいなら、これに署名して持って来いってさ」


差し出されたのは婚約の契約書。

もうすでに私のお父様の署名がされていた。


「どうして……」


「俺って優秀だからさ。事前の根回しとかとっくに終わってるわけ。

 これを提出したら、明日には婚約が調うと思うよ」


「エル……」


「あ。ただし、条件があった。

 俺をアルの側近にすること、だってさ」


「え?」


エルネスト様がアルフレード様の側近に?

公爵家の嫡子だったはずだけど、それは?


「お前、公爵家はどうするんだ。

 まさか継がないとか言わないよな」


「まさか。継ぐよ。

 だけど、ほら。うちの両親はまだ若いし、十年くらいはいいって。

 そのくらいあれば二人も領主として落ち着くだろうから。

 俺くらい優秀な側近がいないと、他の貴族を黙らせられないだろう?」


「……そういうことか。すまん」


「いや、謝るんじゃなくて、言うことあるだろう?」


「そうだな。これからもよろしく頼む」


「おう、任せろ!」


前例のないことをすれば、必ず反発する人が出てくる。

それを抑える役割がエルネスト様らしい。

コレッティ公爵家の次期当主が側近として仕えていれば、

公爵家が後ろ盾になっていると嫌でもわかる。


アルフレード様の署名の下に、震えないように丁寧に署名する。

ならんだ名前が、本当に婚約するのだと実感させてくれる。


「本当にすっきりした。二人ともひかれあっているのに、

 まじめだから何にも進展しないし、最初からあきらめているし。

 あの馬鹿な元婚約者のおかげでいい結果になったな」


「まぁ、そうだな……あの馬鹿な元婚約者には感謝している」


「お二人とも……」


心からの言葉なのだろう。エラルドに感謝していると。

そう言われるとそうなのかもしれないけれど、そうかな。


「あの元婚約者には、婚約解消したこと卒業後に伝えるんだろう?」


「何か言ってこないのか?」


「一度だけ手紙が来ました。

 ブリアヌ侯爵に要望を伝えたことは書いて送りました」


「あぁ、要望を伝えたことだけ、な」


「ええ。それで、学生会の仕事が忙しいので、

 卒業するまで会えないと言ってあります」


「それなら来ないか」


明日の卒業式が終われば、もう会う機会もない。

遅くなったからと二人に寮まで送ってもらって別れた。


今日のことが本当のことだったのかとふわふわして落ち着かない。

寝ようと思っても眠れなくて、明け方近くになって少し眠った。

寝不足なはずだけど、少し興奮気味なのか眠くはなかった。


朝食の後、制服に着替えて校舎に向かうと、

アルフレード様とエルネスト様が校舎の下で待っていた。


「おはようございます。どうかしたのですか?」


「おはよう、ディアナ嬢」


「おはよう、ディアナ。これを早く見せたくて」


渡されたのは一通の書類。

婚約届の受理が書かれていた。

提出したのは昨日なのに、こんなに早く受理されるなんて。


「これで、もう俺たちは婚約者だ」


「婚約者……」


「だから、もう手をとってエスコートしてもいいだろうか」


「はい。よろしくお願いします」


差し出された大きな手に、素直に手を乗せた。

アルフレード様のほうが体温が高いのか、熱を感じる。

私とアルフレード様が無言で歩くのを、

エルネスト様がにやにやと笑いながら後をついてくる。


いつもなら文句を言いそうなアルフレード様も、

エルネスト様に何か言う余裕もないようだ。


そんな感じで浮足立ったまま卒業式へと向かう。

遠くにD教室の四人が並んでいるのが見えたが、視線は合わせないようにする。

無事に卒業式も終わり、あとは教室へと荷物を取りに行くだけになる。


その前に学生会室に忘れ物がないか確認しに行こうとして、

中庭を通り過ぎようとした。


「ちょっと!ディアナ様!」


「え?」


誰かに呼びかけられたと思って足を止めた。

振り返ったら、エラルドの従妹ラーラ様だった。


青ざめた様子のラーラ様は、私へと近づいてくる。

何かされる……そう思って身構えたけれど、アルフレード様にかばわれた。


「おい、お前。ディアナに近づくな」


「邪魔しないでください!」


「話があるというなら聞いてやる。その場で話せ」


止めたのがアルフレード様だと気がついたからか、

仕方ないという感じでラーラ様は止まった。


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